Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

配架-フランス文学

ヴァレリー・セレクション 上巻

朝起きてすぐ、顔を洗ってコーヒーを湧かしたら、出勤前の時間をヴァレリーとともに過ごす、という生活を送っていた。過ごせる時間はもちろん早起きの度合いによりけりで、一時間のときもあれば三十分に満たない日もあった。そんなふうだから読書は遅々とし…

トロイ戦争は起こらない

アナトール・フランスの『舞姫タイス』を読んでいて一気に再発したユマニスム熱に応えるべく手に取ったジロドゥの作品。ジロドゥはまだ『オンディーヌ』しか読んだことがなかったものの、あの一作だけでもすでにこの作家が自分の期待に応えてくれることは明…

舞姫タイス

こいつ、マジでやりやがった。読み終えた瞬間に抱いた想いを、ざっくばらんに書くとこんな感じになる。アナトール・フランスのやつ、ほんとうにやりやがった、と。つい三十分ほど前のことで、まだ興奮が醒めていない。居ても立ってもいられなくなってしまい…

仮面の商人

小笠原豊樹の訃報が届いてから、早くも一週間が経った。一週間前、ちょうど『背骨のフルート』について書いたころであるが、わたしは自分でも驚くほど打ちのめされてしまっていて、ひどく沈んでいたものだ。自然、追悼の気持ちが高まってきて、はからずも生…

オンディーヌ

メーテルリンクの『ペレアスとメリザンド』、フーケの『水妖記』と、水の精にまつわる物語を立て続けに紹介してきたのは、じつはこの本について書きたいからであった。フーケの『水妖記』を直接参照して書かれた、20世紀の傑作戯曲。 オンディーヌ (光文社古…

赤い百合

先日の『ジョカストとやせ猫』があんまりおもしろかったので、「このノリノリな気分なら!」と、大急ぎで手に取ったアナトール・フランスの長篇小説。この本はアナトール・フランスの長篇のなかでも長い部類に入るので、どうも後回しになってしまっていたの…

ジョカストとやせ猫

ワールドカップなどを言い訳に本を手に取らない日々が長く続き、その後仕事が忙しくなってしまったため、文学とは控えめに言ってもまったく無縁な生活をしばらく送っていた。そんなある日、といっても一昨日のことだが、今すぐ小説を読まなければ自分はおか…

田園交響楽

先日の『クロイツェル・ソナタ』に引き続き、青柳いづみこの『六本指のゴルトベルク』に紹介されていて、どうしようもなく読みたくなった本。さすがは神西清、文字の大きさだけを変えつづける新潮文庫の海外文学のなかにあって、すこしも訳文が古びていない…

シルヴェストル・ボナールの罪

すでにずいぶん前のことのように思えるが、じつはほんの二ヶ月前、わたしはフランスにいた。現在住んでいる国に引っ越す前の最後のバカンス、という名目で、友人たちを訪ねまわっていたのだ。これは、そのときに携帯していた本である。読み終えたのは、パリ…

地下鉄のザジ

ほんとうにおもしろいものは、何度読んでもおもしろい。もう一度言う。ほんとうにおもしろいものは、何度読んでもおもしろい(しつこい)。初めて読んだのは生田耕作訳(ちなみに、そのときの記事。これを書いたのがかつての自分だなんて、信じたくない)、…

サリー・マーラ全集

1947年の『皆いつも女に甘すぎる』と1950年の『サリー・マーラの日記』をまとめあげた1962年版『サリー・マーラ全集』。そのときに付け加えられた「序文」と、「もっと内密なサリー」について。 サリー・マーラ全集 (レーモン・クノー・コレクション) 作者: …

サリー・マーラの日記

『皆いつも女に甘すぎる』の三年後に刊行された、サリー・マーラ名義のもうひとつの作品。 サリー・マーラ全集 (レーモン・クノー・コレクション) 作者: レーモンクノー,Raymond Queneau,中島万紀子 出版社/メーカー: 水声社 発売日: 2011/10 メディア: 単行…

皆いつも女に甘すぎる

わたしは馬鹿馬鹿しいことに真剣に取り組む人が好きだ。だから、いちばん好きな作家はいつまでたってもレーモン・クノーなのだ。 サリー・マーラ全集 (レーモン・クノー・コレクション) 作者: レーモンクノー,Raymond Queneau,中島万紀子 出版社/メーカー: …

思考の表裏

さきの『ヴァレリー詩集』と同様、『ヴァレリー文学論』が含まれている一冊。『ヴァレリー文学論』と関係があるという時点で、この本は最高評価が確定している。とはいえ、この本の魅力はそれだけではない。 思考の表裏 作者: ポォル・ヴァレリィ,アンドレ・…

ヴァレリー詩集

さきに紹介した『ヴァレリー文学論』をまるごと含んだ、ほるぷ出版「フランス詩人選」の一冊。装幀はピエール・カルダン。前半30ページに「十二詩編」を含んでいるため、別枠で紹介することにした。 ヴァレリー詩集 (1982年) 作者: 堀口大学 出版社/メーカー…

ヴァレリー文学論

本を読んでいて感嘆する一文に出会ったとき、わたしはそのページの端を折る。そして、同じページのうちにいくつもそのような輝ける一文があったときには、ページのもうひとつの端も折る。だが当然ながら、折れる端の数には限界があり、片方のページを二度も…

零度のエクリチュール

感動した。わたしはいま、猛烈に感動している。過去に二度挑戦し、二度とも読破を諦めた本を、おおいに楽しみながら読むことができたからだ。自分が成長した部分も少なくないのかもしれないが、いまならこう断言できる。それはむしろ忍耐力と内容への関心の…

剽窃の弁明

最近、ふたつの言葉の厳密な定義を知りたくて仕方がない。「剽窃」と「模倣」である。前者は悪徳として、後者は敬意の表明として扱われるものなのだろうが、うまく言葉にできない。そこで手に取った一冊。 剽窃の弁明 (エートル叢書) 作者: ジャン=リュック…

性についての探究

アンリ・カルティエ=ブレッソンのエッセイ『こころの眼』に登場したアンドレ・ブルトンの姿を見て、思い出した一冊。シュルレアリストたちが性について語り合った記録である。 性についての探究 作者: アンドレブルトン,野崎歓 出版社/メーカー: 白水社 発…

こころの眼

バルトの『明るい部屋』をきっかけに、手を伸ばした一冊。写真家の友人が、どういうわけかわたしにプレゼントしてくれた本である。しかし、あまりにも昔のことなので、その理由がどうしても思い出せない。つまりそれだけの期間、わたしは進呈された本を棚で…

明るい部屋

先日『短歌の友人』を読んで以来、細部というものの重要性が自分のなかで急上昇している。というより、重要なのは細部だけなのだ、ということに、ようやく気がついたと言うべきだろう。文学作品の「あらすじ」がなんの魅力も持たないのは、そこから細部が削…

水都幻談

先日古本屋巡りをしていたら、フランス文学者である窪田般彌のエッセイ集に出会った。『カザノヴァ回想録』を代表作とする訳者だけあって、ヴェネツィアに関するたくさんのことが語られている一冊だ。そこに、レニエの名前もあった。「お、レニエの本、たし…

エウパリノス・魂と舞踏・樹についての対話

先日『ムッシュー・テスト』と果たした喜ばしい再会を機に、手に取った一冊。プラトンを範にとった、ヴァレリーによる三篇の対話篇。 エウパリノス・魂と舞踏・樹についての対話 (岩波文庫) 作者: ポールヴァレリー,Paul Val´ery,清水徹 出版社/メーカー: 岩…

ムッシュー・テスト

友人が書いたとても短い文章に、駆りたてられるようにして読んだ一冊。じつはずいぶん前に読んで、なにひとつ、ほんとうになにひとつ理解できずに、読破を諦めた経験のある本。 ムッシュー・テスト (岩波文庫) 作者: ポールヴァレリー,Paul Val´ery,清水徹 …

書物雑感

今日、神保町古本まつりに行った。昨年はフランスに住んでいたために行けず、親しい友人たちから親しさを呪いたくなるような自慢を受けていたので、ようやく仕返しをすることができるというものだ。そのなかでも自慢に価するのは、この一冊だと思った。ポー…

書痴談義

先日紹介した『愛書狂』の三年後に刊行された、生田耕作の編訳によるもうひとつの「愛書小説」アンソロジー。 書痴談義 作者: P.ルイス,生田耕作 出版社/メーカー: 白水社 発売日: 1983/01 メディア: 単行本 この商品を含むブログ (1件) を見る ピエール・ル…

罰せられざる悪徳・読書

ちょっと大変な本を読んでしまった。うっかりページを開いてみたが最後、読み終えるまで立ちあがることもできなかった(ほんとうはトイレに立ちました、念のため)。なんだろう、この大興奮! すばらしい本に出会ってしまった。 罰せられざる悪徳・読書 (み…

愛書狂

先日の『フランスの愛書家たち』に引き続き、喜び勇んで手に取った愛書家のための書物。とはいえこちらは奢覇都館の刊行物ではなく、それよりも以前の、白水社のもの。 愛書狂 (1980年) 作者: 生田耕作 出版社/メーカー: 白水社 発売日: 1980/12 メディア: ?…

フランスの愛書家たち

ずっと以前に購入して読まずにいたのを、たまたま本棚の整理をしていたら見つけたので、嬉々として手に取ってみた。そしてあっというまに読み終えた。 愛書狂 (平凡社ライブラリー) 作者: G.フローベール,Ch.ノディエ,Ch.アスリノー,A.ラング,A.デュマ,Gusta…

消えた印刷職人

ルネサンス期のヨーロッパにおいて、印刷技術の発展がユマニスム運動の普及にもたらした影響を知りたいと思って手を伸ばした、16世紀の印刷職人物語。 消えた印刷職人―活字文化の揺籃期を生きた男の生涯 作者: ジャン・ジルモンフロワ,Jean‐Gilles Monfroy,…