Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

パリ歴史探偵術

2005年だかに講談社現代新書の装丁が変わったじゃないですか。
絶対昔のほうが良かったですよね。

愚痴から始めてごめんなさい。
今回は僕をパリへと旅立たせた本を紹介します。

パリ歴史探偵術 (講談社現代新書)

パリ歴史探偵術 (講談社現代新書)

 

宮下志朗『パリ歴史探偵術』講談社現代新書、2002年5月。


宮下志朗東京大学の教授。フランス・ルネサンスの文学と社会、書物の文化史などを研究している人で、ゾラやバルザックに精通しています。

一時期僕は猛然とフィリップ・オーギュストの研究をしようとしていて、結局のところ史料不足で諦めざるを得なかったのですが、この本はその研究対象となる「フィリップ・オーギュストの城壁」も垣間見れるもので、当時の僕はかなり気に入っていました。
以下目次。

 1 三つの壁、三つの時代
 2 パサージュを渡り歩く
 3 昔のガイドブックから
 4 まぼろしの公衆トイレを求めて
 5 記憶の場としてのマルヌ川
 6 印象派の散歩道

フィリップ・オーギュストはフィリップⅡ世、1180年から1223年まで即位していた王様で、僕は高校時代から「アルビジョア十字軍」とそれにまつわる彼の歴史を研究したいと、漠然と思っていました。
折角だからフィリップ・オーギュストがやったことを書くと、まず筆頭は城壁の建設。そして現在のルーヴル美術館の元となったルーヴル要塞の建設、さらにアルビジョア十字軍(没後も続きましたが)、ノルマンディー公国大陸領の併合など、彼の成し遂げたことは後世に伝わるものが多々あったと言えるでしょう。

もともと単なる北方の一領主であったカペー家が王権を獲得したのは、カペー家以上の勢力をもった南方諸領主たちの争いから「南仏で王家を選出しようとすると争いが激化し、多大な被害が生まれる」という諸領主の共通認識があったからでした。
傀儡として王権を得たカペー家が、本当の意味での「王家」となったのはフィリップ・オーギュストの時代だと僕は考えています。

彼は南仏で流行していたマニ教の一派「カタリ派」を討伐したいというローマ教皇の申し出を、そのまま南仏諸領主の勢力を削ぐことのために利用し、パリを確固たる首都としたのです。それが「アルビジョア十字軍」です。
カタリ派の研究を進めると、それがキリスト教の異端というよりも、むしろ完全なる「異教」であることがわかりますが、それについては深く触れません。

以上、フィリップ・オーギュストの話はこの位にして、『パリ歴史探偵術』の話に戻ります。

「でもその前に、フランソワ=ミロン通りを抜けていきたい。その一一番地と一三番地には、木組みの模様が美しい建物がひょろっと建っている。性格には一五世紀の建築物らしいのだが、とにかくパリではめったにお目にかかれない中世の家屋であることはまちがいない。この通りの四四番地には「歴史的パリ保存協会」も置かれていて、昔のパリを主題にした本をいろいろと入手することができる。」(本書、25ページ。)

この一文が僕をパリへと旅立たせました。ルーヴルから歩くこと一時間ほど(かなり迷った)で、ようやくたどり着いたその建物は、本当にちっぽけなものでした。
しかし、中に入って地下に降りるとそこには中世の「壁」がそのままの状態で保存されていて、猛烈に感動して立ち尽くしたことを覚えています。
ガイドのおばあさんが話すフランス語を聞き取る能力が足りず、悔しい思いをしたものの、「いつかフランス語をマスターして絶対にもう一度来よう」と決意させてくれた場所でもあります。

この本は他にもプルーストの『失われた時を求めて』に出てくる「公衆トイレ」を探したり、ゾラの小説を参照しながらパサージュ巡りをしたりと、歴史研究もさることながら観光ガイドとしても非常に面白い本です。

最後まで飽きさせずに向学心を刺激してくれる本でした。 

パリ歴史探偵術 (講談社現代新書)

パリ歴史探偵術 (講談社現代新書)