Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

浴室

浴室にヴァカンスを見出だす、一人の男の緩い物語。訳者あとがきを読んで初めて知ったが、彼は実はベルギー出身らしい。

浴室

浴室

 

ジャン=フィリップ・トゥーサン(野崎歓訳)『浴室』集英社、1990年。


浴室に閉じこもる男の物語というと、安部公房『箱男』のようなストーリーを想起されるかもしれない。だが主人公は浴室から一歩も出ないというわけではない。それどころか冒頭数ページ目にして、特に理由を語ることもなくあっさりと浴室を出ている。そもそも籠る理由すら語られていない。

「浴槽の縁に腰掛けて、エドモンドソンに、二十七にもなって、そのうち二十九にもなるというのに、浴槽の中に閉じこもりがちの暮らしだなんて、あんまり健康とは言えないな、と話した。目を伏せて、浴槽のエナメルを撫でながら言った、危険を冒さなきゃだめなんだ、この抽象的な暮らしの平穏さを危険に晒して、その代わりに。そこまで言って言葉に詰まってしまった」(15ページ)

とことん緩い。彼は何も語らず、登場人物の誰も彼を問い詰めない。ラストも良い。この小説に関して、これ以上の終わり方を僕は想像できない。

ページを繰る手がまだ辛うじて動く程度に疲れた時に読みたい本。

浴室

浴室