Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

空の青み

バタイユが好きだ」と書くと、自分をヒロイックに見せるような、あるいは村上龍に傾倒しているような、あるいは衒学的なような、少しばかり嫌な感覚に襲われる。でも好きだ。バタイユ

空の青み (河出文庫)

空の青み (河出文庫)

 

ジョルジュ・バタイユ(伊東守男訳)『空の青み』河出文庫、2004年。


バタイユほどのロマンチストを、私は知らない。内包されたエロティシズムが全て、単なるポーズのように思える。ロマンチスト。あまり見ない評価かもしれないが、彼は本当に、切ないほどにロマンチストだったのだろう。

「ある下卑た苦しみ以来、どうしようと陰険にも残る傲慢なるものは、再び、最初は緩慢に、だがそれから突如として一閃し、すべて理性に反して肯定された至福のうちに私を盲目たらしめ、かつ歓喜せしめたのである」(30ページ)

「私はなぜ彼女とだと不能になり、他の女とではそうならないのだろうかと考えこんでいたんだ。相手の女を侮蔑していれば、たとえば売春婦相手だとすべてがうまくゆくんだ。ただ、ダーティに対しては、いつでも足元に身を投げ出したい気持なんだ。あまりにも尊敬しすぎていたんだ。そのあまりにも尊敬しすぎていたというのは、まさに彼女が放蕩で身を持ち崩していたからなんだよ」(50ページ)

バタイユに会えて良かった。悲劇的な堂々巡りが簡潔に集約され、しかも一層悲劇的に映っている。20世紀最高の知が、恋慕の情を歌い上げている。

「今日のきみはとても好きだ。きれいだよ、グゼニー。今アンリと呼び、あんたと言ってくれたけど、嬉しかったよ」(101ページ)

「「昨日あなたから電話があったときに外出してたでしょう。ひどく悪く見えるけどそれほどではないのよ」
 彼女は微笑を浮かべたが、その微笑には人を困惑させるものがあった。
 「マルセイユまでは三等で行かなければならなかったのよ。さもなければ今晩まで待たなければ出発(たて)なかったんだから」
 「どうして、お金がなかったのかい」
 「飛行機のためにとっておかなければいけなかったじゃない」
 「汽車のおかげで病気になってしまったのかい」
 「違うわよ。病気なのはもう一ヵ月来よ。ただ汽車のゆれで痛くなったのよ。痛かったわ、ひどく痛かった。一晩中。でも……」
 彼女は両手で私の顔を抱えたが、顔をそむけると言った。
 「苦しむのがうれしかったのよ」
 こう言うと私を求めた両手を離した」(195~196ページ)

翻訳はボリス・ヴィアン『日々の泡』を紹介した時に散々こきおろした伊東守男。やはり若干読み辛さはあるものの、気になるほどではない。バタイユの描く全ての描写が、言葉を圧倒している。

「あわただしく、私たちは道を外れ、耕地の中を恋するものたちの足取りで十歩ばかり歩んだ。相変らず墓場の上方であった。ドロテアは体を開き、私は彼女を性器のところまでむき出しにした。彼女のほうも私の着ているものをはいだ。私たちはやわらかい地面に倒れこみ、私は巧みに操られた鋤が地面に押し入るように彼女の湿った体の中に押し入った。地面は、この肉体の下にあって墓穴のように開いており、彼女の裸の腹は私に向かって新墓のように開いた。私たちは、星の光る墓地の上方で交わりながらもただ呆然となっていたのだ」(218ページ)

読んだタイミングが良かった。愛のことをひどく重苦しく考えているときだったからこそ、ここまで響いたのだろう。もはや奇跡の出会いだ。

「彼女の舌が私の舌を求めて来たとき、あまりの美しさに私はもう生きていたくなかった」(225ページ)

最高でした。

空の青み (河出文庫)

空の青み (河出文庫)