卑怯者の天国
昨日神保町の小宮山書店で買った本。5000円もしたのに、もう読み終わってしまった。
生田耕作『卑怯者の天国――生田耕作発言集成』人文書院、1993年。
翻訳家が多くを語る本なんて、そうそうない。まして最近の翻訳家ではなく、あの生田耕作だ。生田耕作の生の声を聞けるというだけで、充分に価値がある。
「優れた文化が生まれる条件は孤独と瞑想ですよ。東京のように人の多い所で毎日忙しく走っていて瞑想できますか」(18ページ)
生田耕作は良くも悪くも、古い京都の人、という感じだ。狭量で、排他的で、でも美というものを知り尽くしている。気高い人だ。
「賞め過ぎは愚弄になる。しかし、愚弄されていることがわからない人ってのは多いんです」(27ページ)
「多数は間違っている。少数者だけが正しい」(32ページ)
一番最初のセリーヌの話の後は、「バイロス事件」に纏わる話が延々と続く。正直、ここまで同じことを読まされると飽きる。でも発言集成だから仕方ないのだろう。
「バイロス事件」とは、生田耕作が一人で編集顧問を務める小出版社、奢覇都館(さばとやかた、本来は「覇」にはサンズイが付く)から出版したバイロスの画集が、猥褻であるとして神奈川県警によって摘発された事件である。これをめぐって、芸術と猥褻の相違に関して生田が発した言葉が、並べ立てられており、この本の大半はそれに占められている。
芸術と猥褻の話は、途中からくだらない議論になってしまい、生田も投げ気味になってしまっているのが窺える。興味深い話ではあるが、延々と続いて面白い類のものではない。
それよりもむしろ、時折見られる出版社への批判、文壇への批判が良かった。リラダンを旧仮名遣いで訳した斎藤磯雄を「こけおどし」とこき下ろしている。遠藤周作なんかもメタクソに書かれている。岩波書店や国書刊行会への批判もある。手放しに賛成はできないが、頷ける部分も多い。
「戦後の日本の作家のものは全然知らない。知らなくてもいいんですよ。芥川賞なんか追いかけていても損するだけですもの。あんなつまらんもの。それだったら古典を何度も読み返しているほうがどれだけいいか知れない」(240ページ)
余談だが、僕は一冊だけ奢覇都館の本を持っている。ジョルジュ・バタイユの『淫らの塔』だ。装丁はベロア。愛するバタイユの作品であるが故に買ったものだが、この出版社にこんな物語が秘められているとは思いもしなかった。奢覇都館の刊行物を集めるのを、ライフワークにでもしようかと思う。初版1000部の希書だから、それ位の時間はかかるだろう。白水社から出ている『生田耕作コレクション』も買わねば。
- 作者: セリーヌ,Louis‐Ferdinand C´eline,生田耕作
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2003/12
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