Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

マルセル・エメ傑作短編集

過去に福武文庫から『クールな男』という題で出ていたものを、タイトルを変更した上で新たに中公文庫から発売したもの。しかし、2005年に出たのに2008年末の時点で既に版元品切れ。何のために復刊したんだ。

マルセル・エメ傑作短編集 (中公文庫)

マルセル・エメ傑作短編集 (中公文庫)

 

マルセル・エイメ(露崎俊和訳)『マルセル・エメ傑作短編集』中公文庫、2005年。


先日『第二の顔』を紹介した時に触れた通り、マルセル・エイメは江戸川乱歩によって熱烈に支持されている作家である。私が読んだ『探偵小説の謎』に紹介されていたのは『第二の顔』と、乱歩が紹介した当時未訳だった「頭に突然後光が射した男の話」であり、タイトルのわからない後者を見つけ出すために、少ない邦訳を虱潰しにしていくことにした。

以下、収録作品。
★☆☆「こびと」
☆☆☆「エヴァンジル通り」
★★☆「クールな男」
★★☆「パリ横断」
★☆☆「ぶりかえし」
☆☆☆「われらが人生の犬たち」
☆☆☆「後退」

結論から言って、探していた作品はなかった。だが期待していた通りに、エイメの作品ではおかしなことが次々に起こる。「こびと」はサーカスに出ていた身長1メートル足らずの男が突然成長を始める話だし、「ぶりかえし」は1年を24ヶ月とする法律が制定された途端に人々の年齢がちょうど半分になる話だ。突如30代後半に戻ったおばあちゃんのはしゃぎっぷりと、それを冷ややかに見つめる9歳の私の対比が絶妙。まったくもって変な作家である。

「人間の連帯などいかに嘘っぱちかを暴力的なまでの明白さにおいてとらえるためには、二十歳の頃に一度浮浪者になってみることが必要だ」(「クールな男」より、72ページ)

「クールな男」の主人公が本当に格好良くて笑える。エイメは常に、こちらの想像を越えてくる。「パリ横断」はこの中では一番長い作品で、恐ろしく技巧的だった。読んでいて、自分が誰に同情していたのかわからなくなってしまう。

「思い出ってのは葡萄酒みたいなもんだ。古ければ古いほど美味しいってわけだ。思い出が生々しいうちは、まあたいがい、気がふさいじまう。ちがうかい?」(「パリ横断」より、92~93ページ)

「あんた、何を考えてるのよ? 情熱たっぷりの男なんて、その気になったら掃いて捨てるほどいるわ」(「パリ横断」より、130ページ)

ゾラの『居酒屋』、エイメの『第二の顔』と「パリ横断」を読んでいて気付いたが、最近やけにモンマルトルを小説の中で見かけることが多い。2008年3月にパリに行った時、一週間ほどモンマルトルの安宿をとっていたので、何だか嬉しい。クーリャンクールやテルトル広場、グラン・ブールヴァールなど、知っている地名が出てきて風景を思い描くことができる。また行きたいな、と思った。

マルセル・エメ傑作短編集 (中公文庫)

マルセル・エメ傑作短編集 (中公文庫)

 

 

<読みたくなった本>
マルセル・エイメ『マルタン君物語』

マルタン君物語 (ちくま文庫)

マルタン君物語 (ちくま文庫)

 

マルセル・エイメ『壁抜け男』
→タイトルのわからない「頭に突然後光が射した男の話」を求めて。

壁抜け男 (角川文庫)

壁抜け男 (角川文庫)

 

鹿島茂『文学的パリガイド』
→モンマルトルに思いを馳せるために。

文学的パリガイド (中公文庫)

文学的パリガイド (中公文庫)