Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

スナーク狩り

ルイス・キャロルによる、『鏡の国のアリス』よりも更にマイナーな、詩のような小説のような文学作品。

スナーク狩り

スナーク狩り

 

ルイス・キャロル(高橋康也訳)『スナーク狩り』新書館、2007年。


最高にぶっ飛んでいる。ストーリーも登場人物もノンセンス(意味の不在)の塊である。ところどころ、わけがわからないのは『不思議の国のアリス』や『鏡の国のアリス』と同じだが、ノンセンスにかけて、こちらはより徹底している。誰も突っ込まないのに、ボケだけが延々と続くような感覚だ。

「アリスという現実的センスの持主の闖入によって非現実的ノンセンスが対象化されるという構造がここにはない。すべてはノンセンス、それものびやかな自在さを欠いて奇妙に硬直したノンセンスの大気に浸されている」(「訳者解題」より、115ページ)

では具体的にどんなノンセンスが現れるのか。これは八つの章(歌?)からなる作品だが、その中の「第六の歌」を丸々引用しよう。

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第六の発作/歌
バリスターの夢

一同は指ぬきと注意を駆使し
フォークと希望をもって探した
鉄道の株で命をおどし
微笑と石鹸で金縛りにした

さてバリスターは ビーバーのレース編みの不法性を
証明しようとの空しい努力に疲れ果てて
眠りに落ちた そして夢の中でまざまざと見たのだった
長らくその面影を空想してきたかの生きものを

その夢とは――ほの暗い法廷で
スナークが片眼に眼鏡をかけ
ガウン 垂れ襟 鬘のいでたちで
豚小屋脱走の罪に問われた豚を弁護していた

証人たちの証言には錯誤も不備もなかった
すなわち豚小屋は誰もいない状態で発見されたのだ
判事が法律的事態を説明しつづける声は
もの柔らかで 低く響いた

だが起訴の内容が明示されていないので
スナークが語り始めてから三時間もたつのに
豚がいったい何をやったとされているのか
誰にも推測もつかぬさまであった

陪審員はそれぞれ違った意見をすでに固めていた
(それも起訴状がまったく読み上げられないうちに)
それからみな一斉に発言したので だれひとり
ほかの人が言う一言たりとてわからなかった

「ご存じのように――」と判事が言うと スナークが
「くだらん! あの法律はもう古い!
皆さんに申しあげたい 本件はつまるところ
大昔の荘園権にもとづいているのであります

叛逆という点に関して述べるならば 豚は
幇助したと見えるにせよ 煽動はしておりません
支払い不能の咎は 被告の<借財なし>との
申し立てを認めて下さるならば 成り立ちません

脱走の事実については あえて抗弁いたしますまい
ただしその罪状も わたしの信ずるところでは
(この訴訟の費用に関するかぎりにおいて)
立証されたアリバイにより免除されるはずです

哀れな被告の運命は皆さんの票にかかっています」
そう言ってスナークは席に座り
判事に メモを参照して
手短かに訴訟事実を総括するよう要求した

ところが判事は自分には訴訟総括の経験がないと言った
そこでスナークが代わって引き受けた
それはいいのだが その総括ぶりがあまり見事なので
証人の語った分量をはるかに上廻ってしまった

評決が求められると 陪審員たちは拒否した
評決という語の綴りがむずかしいというのだ
彼らは代案として恐る恐る申し出た よろしければ
スナークにこの役目も代わってもらえないか

そこでスナークは 今日はもう疲れ果てたと
言いながらも 評決を下した
「有罪!」の一語がその口から発せられたとき
陪審員たちは呻いた 失神した者もいた

ついでスナークは刑の宣告も引き受けた
判事が興奮して口もきけなくなったからだ
スナークが立ち上がると 夜のごとき沈黙が法廷を支配した
針が一本落ちても聞こえたであろう

「終身追放」――これがその判決だった スナークはつづけて
「しかるのちに四十ポンドの罰金を科す」と言い放った
陪審員たちは揃って歓声をあげたが
判事は 判決文が法的に有効か否か 疑義を呈した

そのとき 陪審員たちの狂喜に急に水を差すように
看守が涙ながらに報告した
このような判決はなんの効力もありますまい
なぜなら豚は数年前に死亡しているのです と

判事は憮然たる表情で退廷したが
スナークは 本件の弁護を依頼された弁護士としては
いささか拍子抜けを隠さなかったが
それでもへこたれることなく声高に怒号しつづけた

――という夢を見ていたバリスターは
怒号の声がだんだん鋭くなるのを感じていたが
ついに狂おしいベルの音に目がさめた
ベルマンが耳元でベルを振り鳴らしていたのだ

(62~68ページ)
―――――――――

鏡の国のアリス』に見られた「ジャバウォッキー」も、この作品の理解を助けるために併収されている。時に現れる見覚えのない言葉の多くは「ジャバウォッキー」で初めて紹介されたキャロル語だ。

「たとえば、「おそろしき」と「おどろおどろしき」という二つの言葉があったとします。両方の言葉を同時に言おうとして、しかも、どちらを先に言うかは決めないでおいてごらんなさい。そして口を開いて、言ってみるのです。もし気持ちがほんの少しでも「おそろしき」のほうに傾いていたら、「おそろしき、おどろおどろしき」と言うでしょう。もし髪の毛一本分でも「おどろおどろしき」のほうに気持ちが傾いていたら、「おどろおどろしき、おそろしき」と言うでしょう。でも、もし世にも稀なる才能、すなわち完璧にバランスのとれた心をお持ちなら、こう言うでしょう――「おどろしき」と」(「ルイス・キャロルによる序文」より、11ページ)

このような言葉は「カバン語」と呼ばれる。詳しい解説は『鏡の国のアリス』の中で、ハンプティ・ダンプティがしてくれている。合わせて読むと、非常に楽しい。

キャロルは自分の作品の中で、一つの世界を作り上げている。それも、ノンセンスによってである。一度迷い込んだら、なかなか抜け出せない。世界中にキャロリアンが広がっているのも納得できる。

キャロルを読むなら、この順序が良いのだろう。即ち、『不思議の国のアリス』、『鏡の国のアリス』、そして『スナーク狩り』。次は『シルヴィーとブルーノ』なのだろうか。私も完全に、迷い込んでしまった。

スナーク狩り

スナーク狩り

 

追記(2014年10月1日):トーベ・ヤンソン挿絵、穂村弘の翻訳(!)という異様な版がまもなく刊行される。

スナーク狩り

スナーク狩り

 

 

<読みたくなった本>
キャロル『シルヴィーとブルーノ』

シルヴィーとブルーノ (ちくま文庫)

シルヴィーとブルーノ (ちくま文庫)

 

エンデ『スナーク狩り』
→エンデ全集第11巻。キャロリアンであったミヒャエル・エンデによる、『スナーク狩り』の変奏。

エンデ全集〈11〉スナーク狩り―L・キャロルの原詩による変奏

エンデ全集〈11〉スナーク狩り―L・キャロルの原詩による変奏