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「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

ゴドーを待ちながら

ミヒャエル・エンデによってルイス・キャロル『スナーク狩り』との関連性が指摘された、20世紀の戯曲上、最大の問題作。

ゴドーを待ちながら (ベスト・オブ・ベケット)

ゴドーを待ちながら (ベスト・オブ・ベケット)

 

サミュエル・ベケット(安堂信也・高橋康也訳)『ゴドーを待ちながら白水社、2009年。


ほとんどの人がタイトルは知っているけれど、どんな話なのかは知らない、という類いの本だ。有名なのだが、なかなか読まれない。今年この新装版が出たのは、一つの転機になるかもしれない。

名作に数えられている分、読む前には身構えていた。苦行としての読書を覚悟していたのに、導入からあまりにも取っつきやすくて仰天した。

ヴラジーミル:ゴゴ……
 エストラゴン:なんだ?
 ヴラジーミル:悔い改めることにしたらどうかな?
 エストラゴン:何をさ?
 ヴラジーミル:そうだな……(捜す)そんな細かいことはどうでもよかろう。
 エストラゴン:生まれたことをか?」(11ページ)

エストラゴンとヴラジーミルの二人は路上生活者だ。彼らはゴドーを待っている。ゴドーを待ちながら、退屈な時間を消化するのに必死になっている。そして、この人物が彼らに何をもたらしてくれるのかは、全く語られない。ゴドーさえ現れれば、何かが変わる。それを信じて、彼らは待ち続ける。

ヴラジーミル:さて、どうしよう?
 エストラゴン:待つのさ。
 ヴラジーミル:うん、だが、そのあいだだよ。
 エストラゴン:首をつってみようか?」(21~22ページ)

セリーヌでも読んでいそうな連中だ。ひねくれていて、妙に学がある。解説によると、ある批評家がベケットに「この浮浪者たちは博士号を持っているみたいな口をきく」と言った。それに対して、ベケットは答えた。「彼らが博士号を持ってないっていう証拠はありませんよ」(「注:第二幕37」より、188ページ)。

ヴラジーミル:笑わせるねえ、笑えるものなら。
 エストラゴン:なくしちまったのか、その権利は?
 ヴラジーミル:(はっきりと)安売りしちまったんだよ」(26ページ)

動きと台詞はあるのに、物語が無い。彼らは何かを待っているだけ。おしゃべりで空白を埋めようと必死になっている。

「世界の涙の総量は不変だ。誰か一人が泣きだすたびに、どこかで、誰かが泣きやんでいる」(50ページ)

終いには歌を歌い出す。終わりのない歌を。

「犬が一匹、腸詰を
 パクリとひとつやったので
 肉屋は大匙ふりあげた
 あわれな犬はこまぎれに

 それを見ていたほかの犬
 せっせ、せっせと、墓づくり
 白木づくりの十字架に
 目につくようにこう書いた

 犬が一匹、腸詰を
 パクリとひとつやったので
 肉屋は大匙ふりあげた
 あわれな犬はこまぎれに

 それを見ていたほかの犬
 せっせ、せっせと、墓づくり……」(94~95ページ)

いくらでも解釈可能な作品であって、尚且どんな読み方もできる。セリーヌブコウスキーのような反骨精神を汲み取ることもできれば、聖書の文言を引き出すこともできて、シュール過ぎる喜劇として観ることもできるだろう。変幻自在、解釈不能。文章が難解なのではなく、読み終えても何が言いたかったのか、ぴったりと言い当てることができないのだ。テーマが把握できない。文章はこの上なく平易なのに、全体として見るとわからなくなる。

「なんとかすべきだ。機会をのがさず! 誰かがわたしたちを必要とするのは毎日ってわけじゃないんだ。実のところ、今だって、正確にいえば、わたしたちが必要なんじゃない。ほかの人間だって、この仕事はやってのけるに違いない。わたしたちよりうまいかどうか、そりゃ別としてもだ。われわれの聞いた呼び声は、むしろ、人類全体に向けられているわけだ。ただ、今日ただいま、この場では、人類はすなわちわれわれ二人だ、これは、われわれが好むと好まざるとにかかわらない。この立場は、手おくれにならないうちに利用すべきだ。運悪く人類に生まれついたからには、せめて一度ぐらいはりっぱにこの生物を代表すべきだ。どうだね?」(139~140ページ)

何より驚きなのが、これが戯曲だということである。物語がなく、観客よりも登場人物の方が遥かに退屈しているのに。エストラゴンやヴラジーミルを演じる俳優は大変だ。脱力し切った役柄を、意気揚々と演じられるだろうか。

「人はみな生まれたときは気違いよ。そのまま変わらぬばかもある」(141ページ)

どんな解釈でもできる、というのは、『スナーク狩り』の解説に書いてあったことだ。その時に挙げられていたのは『スナーク狩り』、『ゴドーを待ちながら』、そして『ハムレット』である。次に読むべき本は、とっくに決まっている。

ゴドーを待ちながら (ベスト・オブ・ベケット)

ゴドーを待ちながら (ベスト・オブ・ベケット)

 

 追記(2014年10月2日):白水uブックスになっていた。

ゴドーを待ちながら (白水Uブックス)

ゴドーを待ちながら (白水Uブックス)

 

 

<読みたくなった本>
シェイクスピア『ハムレット』
→前述した理由に依る。

ベケット『初恋/メルシエとカミエ』
→戯曲ではなく、小説。後者は『ゴドーを待ちながら』と関連があるらしい。

初恋/メルシエとカミエ

初恋/メルシエとカミエ