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「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

私のギリシャ神話

小説家の阿刀田高が語る、予備知識ゼロから楽しめるギリシャ神話。語り口があまりに軽妙過ぎて発売当初に一度読んでいるのに、面白くあっという間に再読できた。

私のギリシャ神話 (集英社文庫)

私のギリシャ神話 (集英社文庫)

 

阿刀田高『私のギリシャ神話』集英社文庫、2002年。


著者自身が選んだ興味深いエピソードを順々に語り、広大なギリシャ神話の世界を俯瞰しつつ重要な神や英雄についても学ぶことができる、まさに「いいとこどり」な一冊である。

わかりやすい語り口もさることながら、この本の魅力は豪華な挿絵にある。文庫本ながらフルカラーで、紙質からして普通じゃない。その上に挿絵として飾られているのは、何と世界の名画である。例えばアプロディテを語るときにはボッティチェリの『ビーナスの誕生』、ハデスやアポロンの項ではベルニーニの彫刻といった具合で、非常に贅沢だ。ギリシャ神話の様々なエピソードが後世の芸術にどれだけの影響を与えたか、手に取るようにわかる。

以下、目次を列挙。
括弧内は登場する神や人、その下は章内で語られている系譜、さらに矢印は紹介されている文献である。

第1章:プロメテウス
(プロメテウス、ゼウス、パンドラ、エピメテウス、テティス)
テティスペレウスアキレウス
アイスキュロス『縛られたプロメテウス』
ホメロス『イリアス』

第2章:ゼウス
(ゼウス、クロノス、ポセイドン、ハデス、エウロペ、ダナエ、レダ)
クロノス+レイア=ヘスティアデメテル、ヘラ、ハデス、ポセイドン、ゼウス
ゼウス+ヘラ=アレス、ヘパイストス
ゼウス+レト=アルテミス、アポロン
ゼウス+マイア=ヘルメス(ヘルメイアス)
アプロディテ+ヘパイストス=エロス
ゼウス+エウロペ=ミノス
ゼウス+ダナエ=ペルセウス
ゼウス+レダ=ヘレネ

第3章:アルクメネ
(アルクメネ、アムピトリュオン、エレクトリュオン)
ゼウス+アルクメネ=ヘラクレス
→プラウトゥス『アムピトリュオ』
モリエールアンフィトリオン
→ジロドゥ『アンフィトリオン38』

第4章:ヘラクレス
(ヘラクレス、エウリュステウス)

第5章:アプロディテ(アプロディテ、エロス、プシュケ)
ウラノス+ガイア=ティタン一族、クロノス

第6章:ヘレネ
(パリス、ヘレネヘクトル、メネラオスアガメムノンオデュッセウスアキレウスアイネイアス)
プリアモス+ヘカベ=ヘクトル、パリス、カッサンドラ
ホメロス『イリアス』
ホメロス『オデュッセイア』
ウェルギリウスアエネーイス
アイスキュロスアガメムノン
シュリーマン『古代への情熱』

第7章:ハデス
(ハデス、ペルセポネ、デメテル、オルペウス、エウリュディケ)
ホメロス『オデュッセイア』
→『古事記

第8章:アポロン
(アポロン、ダプネ、コロニス、ケイロン、アスクレピオスカッサンドラ)
アポロン+コロニス=アスクレピオス

第9章:ペルセウス
(ペルセウス、ダナエ、アルゴス王、メドゥサ、カシオペイア、アンドロメダ)

第10章:アリアドネ
(ミノス、パシパエ、ミノタウロスダイダロステセウス、イカロス、ディオニュソス、パイドラ、ヒッポリュトス)
ミノス+パシパエ=アリアドネ
パシパエ+雄牛=ミノタウロス
エウリピデス『ヒッポリュトス』

第11章:メディア
(イアソン、ペリアス、アイエテス、ヘラクレス、オルペウス、リュンケウス、アスクレピオスアルゴス、メディア)
エウリピデス『メディア』
→アポロニオス『アルゴナウティカ』
阿刀田高『新トロイア物語』

第12章:オイディプス
(オイディプス、ライオス、イオカステ、クレオン、ポリュネイケス、エテオクレス、アンティゴネ)
オイディプス+イオカステ=ポリュネイケス、エテオクレス、アンティゴネ
ソフォクレス『オイディプス』
ソフォクレス『アンティゴネ』
→呉茂一『ギリシア神話
→ロバート・グレイヴス『ギリシア神話

第13章:イピゲネイア
(アガメムノンクリュタイムネストラ、イピゲネイア、オレステス、ピュラデス、エレクトラ)
アガメムノンクリュタイムネストラ=イピゲネイア、エレクトラオレステス
アイスキュロスアガメムノン
エウリピデス『アウリスのイピゲネイア』
エウリピデス『タウリスのイピゲネイア』
ラシーヌ『イフィジェニー』
ゲーテ『タウリス島のイフィゲーニェ』
→ジロドゥ『エレクトル』
サルトル『蠅』

第14章:シシュポス
(タンタロス、シシュポス)
カミュ『シーシュポスの神話』

第15章:ミダス
(ミダス、ディオニュソスアポロン)
ニーチェ『悲劇の誕生』

第16章:ピュグマリオン
(ピュグマリオン、アプロディテ、パポス、キニュラス)
オウィディウス『変身物語』
バーナード・ショーピュグマリオン

第17章:ナルキッソス
(エコー、ナルキッソス、アドニス、ヒュアキントス)

第18章:オリオン
(オリオン、メロペー、エオス)

ご覧の通り、紹介されている文献が非常に多いのが嬉しい。軽妙な語り口で紹介しながらも、もっと知りたいと思わせてくれる。

「たとえば“マラソン選手がアキレス腱を切り、モルヒネで激痛を抑えたが、ついにオリンピックへの出場は断念した”という短文で、四つの片仮名語はすべて古代ギリシャと関わっている」(7~8ページ)

ギリシャ神話の魅力は、それぞれの神や人に確固たるキャラクターが設定されていて、異なる文献からも同じ神々の、同じ人々の物語を読めることだ。つまり、全てがギリシャ神話という一つの作品のサイドストーリーとして読むことができて、その系図は現代の文学まで続いている。一度入り込んでしまった故、中々抜け出せそうにもない。

私のギリシャ神話 (集英社文庫)

私のギリシャ神話 (集英社文庫)