Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

ルリユールおじさん

バラバラになってしまった大切な本を修復する職人、ルリユール。

ルリユールおじさん

ルリユールおじさん

 

いせひでこルリユールおじさん理論社、2006年。


絵本である。普段なら絵本の紹介はしないのだが、この本だけは特別だ。紹介せずにはいられなかった。

手製本が盛んなフランスでしか発展し得なかった職業、ルリユール。日本にこの文化がないのは寂しい限りだ。近年アートの一つとしてルリユールが日本でも行われるようになったが、広く知れ渡っているとは言い難い。装幀にこだわる人なら誰でも知っているが、一般的な言葉ではないだろう。自分の大切な本に好みの表紙を付けるのが当たり前の社会に生まれていたら、どんなに素敵だろうと考えてしまう。

「本やさんにはあたらしい植物図鑑がいっぱいあった。
 でもこの本をなおしたいの」(8ページ)

手垢にまみれた一冊の本がバラバラになってしまったら、ただ買い直せばいい、というわけにはいかない。フランスでは本を大切に想う気持ちの行き着く先に、ルリユールがあった。それがどんな職業か、この絵本は審らかに語ってくれる。

「本には大事な知識や物語や人生や歴史がいっぱいつまっている。
 それらをわすれないように、未来にむかって伝えていくのがルリユールの仕事なんだ」(45ページ)

水彩画がたまらなく良い。少女ソフィーに青い服を着せた時点で、この絵本は成功を約束されている。フランスの街の風景が素晴らしく、いくら眺めていても飽きない。酒井駒子が好きな人なら、絶対に好きだ。いわさきちひろ好きにも勧めたい。何より内容が良い。

パリの景色が眼前に浮かび上がってくる。郵便局の黄色い看板を見ていたら、ラマルク・クーリャンクールの駅前を思い出した。モンマルトル近辺に多く見られるような広場もあり、またレーモン・クノー『地下鉄のザジ』が掲げられている路傍の本屋の裏にはセーヌ河が流れている気がしてならない。狭いパサージュの脇にある青い看板のホテルは、サン・ドニ門近くのオテル・デ・ブールヴァールそっくりだ。フランス文学を読んでフランスに行きたくなるのは当たり前だが、まさか絵本がここまで旅感を刺激するとは思わなかった。

文章も絵も最高です。本が好きな人は、走って買いに行って下さい。

 

ルリユールおじさん

ルリユールおじさん

 

 追記(2014年10月5日):理論社の解散に伴い、現在は講談社から刊行されている。

ルリユールおじさん (講談社の創作絵本)

ルリユールおじさん (講談社の創作絵本)