Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

プレヴェール詩集

足繁く通っていた古本屋が閉店する。その悲しい知らせを受けて行った閉店セールの中で見つけた本。

プレヴェール詩集

プレヴェール詩集

 

ジャック・プレヴェール(小笠原豊樹訳)『プレヴェール詩集』マガジンハウス、1991年。


たかだか十数年前の本なのに、Amazonでは恐ろしい高値がついていた。もちろん出品しているのは個人だ。こういう商売は嫌だね、と思いながら、十分の一以下の値段でこの本を買ったことを喜んでいる。

―――――――――
われらの父よ


天にましますわれらの父よ
天にとどまりたまえ
われらは地上にのこります
地上はときどきうつくしい
ニューヨークの不思議
それからパリの不思議
三位一体も顔負けで
ウルクのちっちゃな運河
万里の長城
モルレーの小川
カンブレーの薄荷菓子
それから太平洋
チュイルリーの二つの泉
いい人たちとわるいやつら
この世のすべてのすばらしさは
地上にあります
あっさりと地上にあります
あらゆる人にあけっぱなしで
めったやたらに使われて
こんなすばらしさに自分でうっとりして
しかもそれを認めたがらない
裸をはずかしがるきれいな娘みたいに
してまたおそろしいこの世のふしあわせ
それは軍隊
その軍人
その拷問係
この世のボスどもと
その牧師 その裏切者 その古狸
それから春夏秋冬
それから年月
きれいな娘と いやな野郎
大砲の鋼のなかで腐ってゆく貧乏の藁。

(13~15ページ)
―――――――――

ジャック・プレヴェールの詩は、明るくてわかりやすい。難しい言葉は全く出てこない。翻訳者も最高だ。小笠原豊樹チェーホフ『かわいい女・犬を連れた奥さん』と、ブラッドベリ『火星年代記』を訳している。つまり、ハズレがない。気になっていた詩人と大好きな翻訳者。これほど魅力的な組み合わせが他にあるだろうか。

―――――――――
葬式に行くカタツムリの唄


死んだ葉っぱの葬式に
二匹のカタツムリが出かける
黒い殻をかぶり
角には喪章を巻いて
くらがりのなかへ出かける
とてもきれいな秋の夕方
けれども残念 着いたときは
もう春だ
死んでいた葉っぱは
みんなよみがえる
二匹のカタツムリは
ひどくがっかり
でもそのときおひさまが
カタツムリたちに話しかける
どうぞ どうぞ
おすわりなさい
よろしかったら
ビールをお飲みなさい
お気が向いたら
パリ行きの観光バスにお乗りなさい
出発は今夜です
ほうぼう見物できますよ
でもわるいことは言わないから
喪服だけはお脱ぎなさい
喪服は白目を黒ずませるし
故人の思い出を
汚します
それは悲しいこと 美しくないこと
色ものに着替えなさい
いのちの色に
するとあらゆるけだものたちが
樹木たちが 植物たちが
いっせいに歌い出す
声を限りに歌い出す
ほんものの生きてる唄を
夏の唄を
そしてみんなはお酒を飲み
そしてみんなは乾杯し
とてもきれいな夕方になる
きれいな夏の夕方
やがて二匹のカタツムリは
自分の家へ帰って行く
たいそう感激し
たいそう幸福なきもちで帰る
お酒をたくさん飲んだから
足はちょっぴりふらつくが
空の高い所では
お月さまが見守っている。

(27~30ページ)
―――――――――

彼は小説のような詩を書く。てらいなどは欠片もなく、小難しく考えずに読みながら、時にはっとさせられる。ちょうど谷川俊太郎と同じように読める。

―――――――――
夜のパリ


三本のマッチ 一本ずつ擦る 夜のなかで
はじめのはきみの顔を隈なく見るため
つぎのはきみの目をみるため
最後のはきみのくちびるを見るため
残りのくらやみは今のすべてを想い出すため
きみを抱きしめながら。

(77ページ)
―――――――――

「夜のパリ」は凄い。一番最初に挙げた「われらの父よ」も衝撃的だが、これを読むともう、ただ驚いてしまう。「残りのくらやみは今のすべてを想い出すため」という箇所がすごい。小笠原訳の良さも際立っている。「思い出す」のではなく「想い出す」のだ。この本に入っている他の詩では「思い出す」と書いているのに、ここは「想い出す」。言葉の魔力を感じる。

―――――――――
なくした時間


工場の門の前
労働者がふと立ちどまる
いいお天気に上衣を引っ張られて
労働者はふりむき
太陽をみる
まっか まんまる
ふかい空にほほえむ太陽
労働者はなれなれしく
ウインクして
なあ 太陽くん
じっさいくだらねえと
思わんかい
こんないい一日をまるまる
経営者にくれちまうのがさ。

(84~85ページ)
―――――――――

気持ちを明るくしてくれる詩が多い。読んでいてウキウキする。もっと読みたいと思わせる。

―――――――――
燈台守は鳥が好きで好きで


鳥が何千羽もあかりにむかって飛ぶ
何千羽も墜ちる 何千羽もぶつかりあう
何千羽も目がくらみ 何千羽も撃ち落とされ
何千羽も死ぬ

燈台守は鳥が好きで好きで……だから
こういうことが我慢できない そこで言う
しかたがない やっちまえ!
そしてあかりをすっかり消す

遠くで貨物船が難破する
遠くの島から来た貨物船
その積荷は鳥
遠くの島から来た何千羽もの鳥が
溺れる。

(164~165ページ)
―――――――――

プレヴェールがあまりにも良かった分、あの古本屋が無くなってしまうのが、今、ひどく悲しい。

プレヴェール詩集

プレヴェール詩集