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Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

幻・方法

1959年に刊行された吉野弘の第二詩集の復刻版。第二、とは言っても第一詩集の『消息』は少部数の自費出版本で、この詩集『幻・方法』にその三分の二が再録されている。

幻・方法 (愛蔵版詩集シリーズ)

幻・方法 (愛蔵版詩集シリーズ)

 

吉野弘『幻・方法』日本図書センター、2006年。


詩人吉野弘のスタート地点を垣間見れる詩集だ。解説によると、平易な言葉で表現する彼の書き方を、堀口大學が「折り目正しい日本語」と評していたらしい。さすが、堀口大學はどこにでも現れる。

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名付けようのない季節


「たそがれの国」という詩の中で
D・H・ロレンスが言っている。
「アメリカよ
どうして ぼくの魂をもだまさないのか」と。

人間の手や足や 智識や服従心
利用することはやさしい。
人間の全部を用いることがむずかしいのだ。
人間の全部を用いる力が
アメリカにはないことを
ロレンスは見抜いて悲しんだのだ。

さて 廿世紀の後半に生きるぼくらは
何に 悔いなく魂をやっていいのか。

冬枯れのこずえに うっすらと緑が走り
樹木がそのすべてを
少しのためらいもなく
春にゆだねようとしているのを見ると
そのすばらしさに胸をうたれる。
そして気付く。ぼくらの季節が
あまりにも樹木の季節と違うことに。


(39~40ページ)
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ハルキ文庫にも収められていた「夕焼け」や「I was born」、「奈々子に」も後半に入っている。何度読んでも素晴らしい。ここまで有名でなくとも、吉野弘は良い詩を沢山書いている。全部読んでみたい。『吉野弘全詩集』が欲しくなる。

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あまりに明るく
すべてが見えすぎる昼。
かえって
みずからを無みするものが
空にはある。

有能であるよりほかに
ありようのない
サラリーマンの一人は
職場で
心を
無用な心を
昼の星のようにかくして
一日を耐える。


(67~68ページ)
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日常の中に埋もれている小さな、とるにたらないものの数々を、彼は叙情を込めて語ることができる。小さくなった消しゴムに対しても、愛情を持つことができる。

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小さな旅


丸く小さく
ころがり易くなった
消しゴムがひとつ
見えなくなった。

消しゴムの消し屑となって
忘れ去られた言葉は
幸いなるかな。

成就され
忘れ去られた言葉は
幸いなるかな。

言葉に成就された私の一部は
幸いなるかな。

いまだ書かれず
成就されない私の部分を
消しゴムは消すことが出来ぬ。

いまだ書かれず
成就されない私を辿って
やせにやせた
消しゴムの
旅。

冷酷で臆病で
淫蕩で用心深い私が
消しゴムに許したのはわずかだ。

あれでもない
これでもないと
やせてゆく消しゴムの歌を
私はじっと聞いていた。

あれでもない
これでもないと
やせてゆく消しゴムの白さを
私はじっと見ていた。

その消しゴムが
追われたように
或日
見えなくなった。


(83~86ページ)
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フランシス・ジャムは堀口大學による訳業が有名なフランスの詩人だ。「フランシス・ジャム先生」を読むと、この人が一体どんな詩を書いているのか、気になって仕方ない。

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フランシス・ジャム先生


一日の終り。
小屋につながれた驢馬。

驢馬は気の毒な程
沢山の仕事をした。

驢馬は燕麦を食べなかった。
飼主が貧しいので。

敷藁の上に膝を折り驢馬はゆっくり
縄の手綱をしゃぶる。

通りかかって
小屋をのぞいたジャム先生が
胸をうたれて言うことには
「ああわかるんだね 縄の味が!」

ジャム先生も縄をしゃぶる。
神さまとの緊縛をしゃぶる。

古い縄で
大方かえりみられない味だが。


(104~105ページ)
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愛情に溢れたユーモアが心地良い。こんな風に世界を見ていたい、と思う。ずっと読んでいたくなる。全詩集が欲しくなった。

幻・方法 (愛蔵版詩集シリーズ)

幻・方法 (愛蔵版詩集シリーズ)

 


<読みたくなった本>
吉野弘吉野弘全詩集』

吉野弘全詩集 増補新版

吉野弘全詩集 増補新版

 

フランシス・ジャム(堀口大學訳)『ジャム詩集』

ジャム詩集 (新潮文庫)

ジャム詩集 (新潮文庫)

 

黒田三郎の詩集
鮎川信夫が解説で共通点を語っていた。

黒田三郎詩集 (現代詩文庫 第 1期6)

黒田三郎詩集 (現代詩文庫 第 1期6)