Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

超男性

ミッシェル・カルージュの『独身者の機械』がまるで見つからないので、溜飲を下げるつもりで手に取った一冊。『澁澤龍彦文学館 独身者の箱』にも収められた、元々は「小説のシュルレアリスム」シリーズとして刊行されていたアルフレッド・ジャリ

超男性 (白水Uブックス)

超男性 (白水Uブックス)

 

アルフレッド・ジャリ(澁澤龍彦訳)『超男性』白水uブックス、1989年。


恐ろしく奇妙な小説だった。『超男性』というタイトルが示唆する性的な雰囲気がストーリーの根幹を表していることは間違いないのだが、予見の一切を越える展開が待っていたのだ。とにかく以下の一節をご覧頂きたい。

「「その自転車乗りのチームは、何と競走するのですか?」とマルクイユがきいた。
 「汽車と競走するのです」とアーサー・ゴフが答えた、「しかも私に言わせてもらえば、わが機関車は、これまで何ぴとも信じられなかったほどのスピードを出すはずなのです。」
 「ふうん、そしてコースは長いのですか?」とマルクイユがきいた。
 「一万マイルです」とアーサー・ゴフが答えた」(15~16ページ)

汽車と自転車の一万マイル競走である。「パリからウラディオストックまで行っても、まだ正確には一万マイルに満たない」ほどの距離を、五人乗り自転車が滑走する。挙句の果てに、死人まで出るのだ。具体的には前から四番目の走者が、レースの最中に腐敗臭を立て始める。しかしその死者がまた物凄いことを起こすのだ。ここまで書いてしまったとしても、更に先の展開を予想することは絶対にできない。あなたの予測は完全に外れるだろうと明言できてしまうほど、ジャリは我々を振り切っているのだ。

「車で動く物体は、十分な速度によって勢づけられると飛びあがり、たとえ地面への粘着力があったにしても、これを除き去りさえすれば、速度によって滑空することが可能となるのである。確固たる支点もなく、物体を推進させるに必要な装置も備えていなければ、やがてふたたび落下するのは止むを得ないけれども」(88ページ)

自転車の速度は時速三百キロを突破する。五日間に渡って繰り広げられる、人間と機械との闘いである。

「実際のところ、世界チャンピオンであるサミー・ホワイトにせよ、私にせよ、あるいは私たち五人のチームにせよ、これらの連中がそうそう簡単に打ち破ることのできない記録は、たった一つしかないのである。つまり光の記録だ。そして私は、私たちのうしろでアセチレン燈が点じられたとき、光の無敵の強さをまざまざと見たのである」(94ページ)

しかも、この「一万マイル競走」は全体の一部に過ぎない。話はギリシャ神話や『コーラン』、『千一夜物語』などに論拠を求めながら、一日に何回の性交が可能であるか、という冒頭の議論に立ち戻る。そしてテオフラストスに基づき、インド人によって打ち立てられたとされる一日に七十回の記録に挑むのである。

「「医学上の真理によりますと、処女と情交することは、かなり困難かつ苦痛にみちたものなので、これを何度も繰り返したいという欲望あるいは可能性は、男の側から失せてしまうのです。」
 「わが純潔なるお友達には、そこまで考え及ばなかったのじゃろう」と将軍が言った。
 「反論は簡単です」とマルクイユが言った。「歴史上の――あるいはあなたのお好きなように呼ぶとすれば神話上の――例をとれば、明らかに私たちが認めなければならないことは、ヘラクレスがその身体全体において、人一倍すぐれているということ……さあ何と言ったらよいか?……寸法においても太さにおいても……」
 「口径と言えばよい」と将軍が言った、「ここには御婦人はいないし、これは兵器の用語なんだからね。」」(43ページ)

この記録を破る者、それが「超男性」である。機械との闘い、そして限界の突破が、1902年に刊行されたこの作品に通底していることは疑いようがない。ダダや未来派、シュルレアリスムの黎明を待たずして、ジャリは未来の後輩たちを振り切って走っていたのだ。

「あの男は人間ではない、一種の機械ですよ」(186ページ)

巖谷國士が解説している通り、構成が大変凝った作品である。一つの章と平行して隣り合うもう一つの章が進行しているという、同時発生的な時間の描き方が非常に面白い。難解な部分も少なくないが、読み終えてすぐにもう一度最初から読みたいと思わせてくれる稀有な小説である。そしてまたこの隠し立てもしない変態っぷりが気持ち良い。いやらしさの欠片もない変態ほど、たちの悪いものがあるだろうか。伝記も読んでみたいと思った。

超男性 (白水Uブックス)

超男性 (白水Uブックス)

 


<読みたくなった本>
ジャリ『ユビュ王』
→もう一つの代表作。

ユビュ王

ユビュ王

 

ラシルド夫人『超男性ジャリ』
→伝記。解説によるとジャリの私生活は、彼の小説にも劣らないほど奇異なものだったそうだ。

超男性ジャリ

超男性ジャリ

 

ビュルガー『ほらふき男爵の冒険』
→ミュンヒハウゼン男爵が出てくる。

ほらふき男爵の冒険 (岩波文庫)

ほらふき男爵の冒険 (岩波文庫)

 

ル・サージュ『ジル・ブラース』
→作中でも名前の挙がる藪医者の代名詞、サングラドの登場する小説。

ジル・ブラース物語 1 (岩波文庫 赤 520-1)

ジル・ブラース物語 1 (岩波文庫 赤 520-1)

 
ジル・ブラース物語 2 (岩波文庫 赤 520-2)

ジル・ブラース物語 2 (岩波文庫 赤 520-2)

 
ジル・ブラース物語 3 (岩波文庫 赤 520-3)

ジル・ブラース物語 3 (岩波文庫 赤 520-3)

 
ジル・ブラース物語 4 (岩波文庫 赤 520-4)

ジル・ブラース物語 4 (岩波文庫 赤 520-4)