雑記:2009年ニナ文藝賞
今年読んだ本のベストを決める試み。
その年に刊行された書籍ではなく、
その年に自分が出会った傑作を紹介するためのもの。
今までは別の場所で公表していたものを、
今年からはこの読書ブログに掲載する。
ちなみに去年のベストはバタイユの『空の青み』、
一昨年のベストはアンドレイ・クルコフの『ペンギンの憂鬱』でした。
選考の基準は例年通り、記憶が鮮明か否か。
鮮明、ということにかけて、
この本に勝るものは何一つ思い出せなかった。
長いこと古本屋巡りを続けていると、
なかなか欲しい本リストの上の方が片付かないものだ。
これはそのリストの最上段を占めていた本で、
今振り返っても、奇跡のような出会いだったと思える。
毎日携帯電話で「日本の古本屋」の検索をかけながら、
入荷する店が日本国内のどこかにないか調べていたのだ。
入荷情報を聞きつけて、
ワードローブでも何でもない千駄木まで行ったことを思い出す。
ある日荻窪の古本屋巡りをしながら最早日課となった検索をした時、
吉祥寺の「百年」に入荷したと情報が入っていたのだ。
8400円とあった。僕にとっては一冊の本にかけられる最高級の価格だ。
走って電車に乗り込んだ時には、
中央線に乗っている人たちが全員この本を探しているようにさえ感じた。
最も読みたい時に手に入れることができたのが嬉しかった。
入手してから一週間というもの、
残業など全くせずに職場から喫茶店に直行し、
毎日陶酔状態で続きを読むのを今か今かと待ち構えていた。
専用の読書ノートを作ってメモを取りながら読み、
名前が挙げられる文献は全て読みたいと思った。今でも思っている。
というわけで、今年のニナ文藝賞は、
ミッシェル・カルージュの『独身者の機械』に捧げられる。
ミッシェル・カルージュ(高山宏・森永徹共訳)『独身者の機械 未来のイヴ、さえも……』ありな書房、1991年。
厳密に言えば文学ではなく文芸評論なのだが、
そんなことは大して重要ではないだろう。
毎年繰り返している賞の中にこういう作品が入ってくるのも面白い。
出会った時の感動や、読んでいる時の環境が大切なのだ。
アルベルト・マングェルが『図書館』において語っている通り、
書物はどのような環境で読むのかによって、
その内容まで変わってしまうものなのである。
そもそもの始まりはレーモン・ルーセルの『ロクス・ソルス』と、
アドルフォ・ビオイ=カサーレスの『モレルの発明』である。
この二つの小説を題材とした映画、
『ピアノチューナー・オブ・アースクエイク』を観て、
これらの作品に連関性を認めるようになった。
そしてこの問題は既にカルージュによって語られていたのである。
現代における新たな神話としての「独身者の機械」が、
ルーセルやカサーレス、カフカやヴェルヌやポーまでをも繋げていたのは、
この本を紹介したときに書いた通りである(2009年10月24日)。
文学から出発したこの新たな神話を模索する試みは、
来年には神話学一般に広がり、やがて再び文学へと立ち戻っていくことだろう。
読みたい本が数え切れないほど増える評論なのだ。
この本を読んだことによって、新しい種が自分の中に蒔かれた。
この種が育つか否かは、来年次第である。
以下は候補に残った作品の数々。
どれも最高級の文学作品として、
今後も魅力を放ち続けることは間違いない。
フランスに偏っているのはいつものことだ。
<候補作品一覧>
レーモン・クノー『イカロスの飛行』
→新しい文学形式を目指した限りなく前衛的な小説。
- 作者: レーモン・クノー,Raymond Queneau,滝田文彦
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
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レーモン・クノー『あなたまかせのお話』
→クノーの活動の広範さを知るにはうってつけの一冊。
- 作者: レーモンクノー,Raymond Queneau,塩塚秀一郎
- 出版社/メーカー: 国書刊行会
- 発売日: 2008/10
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レーモン・ルーセル『ロクス・ソルス』
→自分では意識しないままに恐ろしいものを書いてしまった。
- 作者: レーモンルーセル,Raymond Roussel,岡谷公二
- 出版社/メーカー: 平凡社
- 発売日: 2004/08
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アドルフォ・ビオイ=カサーレス『モレルの発明』
→チェスタトンやスティーヴンスンの流れを汲む怪奇小説。
- 作者: アドルフォビオイ・カサーレス,清水徹,牛島信明
- 出版社/メーカー: 書肆風の薔薇
- 発売日: 1990/09
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吉野弘『吉野弘詩集』
→恐ろしい至近距離で語りかけてくる親密な詩人。
ルイス・キャロル『スナーク狩り』
→ルイス・キャロルの隠れた最高傑作。隠しておいた方が良い。
- 作者: ルイスキャロル,河合祥一郎,ヘンリーホリデイ,Lewis Carroll,Henry Holiday,高橋康也
- 出版社/メーカー: 新書館
- 発売日: 2007/07
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E・M・フォースター『天使も踏むを恐れるところ』
→最高の作家と最高の翻訳者の素晴らしいタッグ。
ジャンニ・ロダーリ『二度生きたランベルト』
→ユーモラスなだけじゃない。機知に富んだ傑作。
稲垣足穂『ちくま日本文学016 稲垣足穂』
→たちの悪い宮沢賢治。
以上、最近更新が滞っている理由は年明けには明かせるはずです。
それでは皆様よいお年を。