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Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

Stupeur et tremblements

配架-ベルギー文学 評価-★★☆☆☆(好き) 言語-フランス語の本

 大学の教授に「この本についてあなたと意見交換がしたい!」と言われ手に取った本。1999年初版刊行、ベルギー出身の作家アメリ・ノトンによる日本の企業社会を風刺した一冊。

Stupeur Et Tremblements

Stupeur Et Tremblements

 

Amélie Nothomb, Stupeur et tremblements, Éditions Stock, Le Livre de Poche n°15071, 2001.


 今時女性蔑視もないだろうに、ここのところ女流作家の本をまるで読んでいなかったことに気がつき、驚いた。最後に読んだのは一体いつのことだろう? 思い出されるのは山田詠美『学問』か、デュ=モーリアの『鳥』くらいだ。海外文学の、それも古典を愛好していれば仕方がないことなのかもしれないが、なんだかとてももったいないことをしている気持ちになり、どうにか改めたいと思った。

 さて、アメリ・ノトンである。今やフランス語圏の現代作家として確実な地位を手にしている彼女は、調べてみたところ、実は神戸生まれ。外交官の娘として生まれたときから世界各地を転々とし、成人してから舞い戻った日本での就職体験を綴ったのがこの『Stupeur et tremblements』である。翻訳もあるようで、邦題は「畏れ慄いて」となっている。

「Son teint à la fois blanc et mat était celui dont parle si bien Tanizaki. Fubuki incarnait à la perfection la beauté nippone, à la stupéfiante exception de sa taille. Son visage l'apparentait à « l'oeillet du vieux Japon », symbole de la noble fille du temps jadis : posé sur cette silhouette immense, il était destiné à dominer le monde.」(p.15)
「白く不透明な彼女の顔色は谷崎が語ったそれと同じものだった。フブキはその驚くべき身長を除くと日本女性の美しさを完璧に具現化していて、この巨大な輪郭に乗せられた彼女の表情は、古き時代の良家の娘を象徴する「大和撫子」と縁続きになった、社会に君臨することを運命づけられた表情だった」

 二十二歳の「アメリさん」はその語学力を買われ、日本の大企業「ユミモト商事」に入社するも、毎日「お茶くみ」と「コピーとり」しかやらせてもらえない。だが、直属の上司である美しい女性フブキの存在は、彼女を会社に留まらせるのに十分なものだった。そんななか、乳製品部門ベルギーの企業との接触が必要になっていることを知り、彼女は自分の力を役立てたいと思うが、会計課に属する彼女にはできることがない。乳製品部門の上司は彼女と接触するも、何者かによる副社長への密告によって彼らの行く手は徹底的に阻まれてしまう。密告をしたのは、アメリが唯一心を許していたフブキだった。

「Ainsi, en consignant les factures, je relevais souvent la tête pour rêver en admirant le si beau visage de ma dénonciatrice.」(p.59)
「こんなふうに勘定書を記録しながら、私は自分を告発した女のあまりにも美しい表情に耽るため、たびたび顔を上げてみるのだった」

 フブキの密告は直属の上司の許可もなくアメリがとった勝手な行動に対する警告、そして何より彼女の出世を阻むためのものだった。アメリは会計課に幽閉され、学んだことのない簿記会計を延々とやらされることになる。

「Mon tonneau des Danaïdes ne cessait de se remplir de chiffres que mon cerveau percé laissait fuir. J'étais le Sisyphe de la comptabilité et, tel le héros mythique, je ne me désespérais jamais, je recommençais les opérations inexorables pour la centième fois, la millième fois.」(pp.78-79)
「ダナイデスの樽は私の穴のあいた脳からあふれ出た数字で満たされつづけ、私は帳簿のシジフォスと化していた。そして神話の中の英雄のように決して絶望することなく、私はこの容赦ない任務を百回も千回も繰り返すのだった」

 この「ダナイデスの樽」という表現はギリシャ神話のエピソードに由来していて、日本では「ダナオスの50人の娘たち」という名前で知られている。彼女たちは生前に自らの夫を殺した罰で、冥府において底に穴の開いた樽に水を満たすという労役に従事した。「シジフォス」はご存じ「シーシュポス」。簿記会計とはまるで相性の合わない比喩をわざわざ使っているのが可笑しい。

「Monsieur Saito venait de devenir père d'un deuxième enfant, un garçon. L'une des merveilles de la langue japonaise est que l'on peut créer des prénoms à l'infini, à partir de toutes les catégories du discours.」(p.103)
「サイトーさんは二人目のお子さん、男の子の父親になったばかりだった。日本語の素晴らしいところの一つは、あらゆる品詞を用いて名前を果てしなく作ることができるところにある」

 簿記会計の任も解かれた彼女は、終いにはトイレ掃除を延々とやらされることになる。ちなみに上記の「サイトーさんの二人目のお子さん」、その名は「Tsutomeru」と書かれていることから、おそらく「ツトム」という名前を付けられたのだろう。「Et s'il devenait chômeur?(失業したらどうするのかしら?)」という的確な突っ込みも紹介せずにはいられない(p.104)。

「Le Japon est le pays où le taux de suicide est le plus élevé, comme chacun sait. Pour ma part, ce qui m'étonne, c'est que le suicide n'y soit pas plus fréquent.」(p.163)
「誰もが知っているとおり、日本は世界で最も自殺率が高い国である。私にしてみれば、もっと頻繁になっていないことのほうが驚きだ」

 確かに彼女の言葉通り、日本の企業社会における上下関係は外国、特にフランスのような国の視点に立ってみると異常なものとしか映らない。誇張にすぎる部分もまったくないわけではないが、日本人が当たり前だと思っていることでも、ひとたび視点をずらせばあまりにも理不尽なことで、彼女の書いていることは正しい。会社の社長連中に読ませてみたら面白そうだ。

「Dans l'ancien protocole impérial nippon, il est stipulé que l'on s'adressera à l'Empereur avec « stupeur et tremblements ». J'ai toujours adoré cette formule qui correspond si bien au jeu des acteurs dans les films de samouraïs, quand ils s'adressent à leur chef, la voix traumatisée par un respect surhumain.」(p.172)
天皇制の古いしきたりよって、人びとは天皇に言葉をかける際には「畏れ慄いて」いなければならなかった。私はこの時代劇の役者たちを思い出させる表現が大好きで、彼らは自分たちの主人に、超人的な尊敬によってすさまじく動揺した声で話しかけるのだ」

 この『Stupeur et tremblements』というタイトルは、日本人の持つ表面的な敬意の滑稽なほどの大きさ、そしてその下に隠されているほとんど人権を無視した苛烈な労働状況を暗示していて、アメリ・ノトンは日本で働く外国人の視点からそれを描いた。外国人だから、と終わらせるよりは、日本人に対しても同じことが往々にして起こっていることを、もっと掘り下げて書いて欲しかったと思う。

 彼女の書くフランス語はこれまで紹介してきたいくつかの書籍とはまるで異なり、物語のための時制「passé simple(単純過去)」も出てくれば語彙の数も段違いに豊富で、正直かなり苦戦した。日本語で文章を書くときでも同じ単語を何度も繰り返すのを避けるように、同じ意味の言葉がかたちを変えて押し寄せてくる。慣れるまで大変だった。

 私は今フランスの大学に身を置いている。そして友人たちに、日本で既に三年ほど会社勤めをしていたと語ると「日本人はバカンスを取らないというのは本当か?」と、よく聞かれる。バカンスを取らないどころの話ではない。日本の労働環境が海外ではほとんど冗談の種になっていることを、日本人はもう少し知ってもいいはずだ。

Stupeur Et Tremblements

Stupeur Et Tremblements

 

追記(2014年10月28日):邦訳はこちら。

畏れ慄いて

畏れ慄いて