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Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

痴愚神礼讃

 フランスの大学で歴史の授業を受けていたときに、教授がぽつりと言った。「デカルト、ルソー、ヴォルテールといった、フランス革命を思想的に準備した思想家たち全員に、多大な影響を与えた人物がいた」。それが、エラスムスだった。

痴愚神礼讃 (中公クラシックス)

痴愚神礼讃 (中公クラシックス)

 

デジデリウス・エラスムス渡辺一夫・二宮敬訳)『痴愚神礼讃』中公クラシックス、2006年。


 大学からの帰り道、当然のように書店に寄った。『痴愚神礼讃』(教科書に載っていた記憶の訳題だと『愚神礼讃』)は、フランス語では「L'Éloge de la Folie」だ。「Éloge」は「賞讃」や「礼讃」を意味する名詞なので邦題どおりなのだが、問題はその対象「Folie」である。これは「狂気」を意味する単語なのだ。このフランス語題を知って、私はもう俄然この本を読んでみたくなった。「狂気の礼讃」などという、タイトルの本が、哲学の古典として扱われているなんて! と思ったものだ。アンドレ・ブルトン『シュルレアリスム宣言』のなかで放った、「狂人たちの打明け話、これをさそいだすためなら、一生をついやしてもいいくらいだ」という言葉も自然に思い出されてきた。フランス語で読めるかどうかも深く考えずに、慌てて購入したことを覚えている。

 だが、もちろん一筋縄でいくものではなかった。「ユマニスム(人文主義)」という言葉を知るためには必要不可欠な、ギリシャ・ローマ文化の知識が、圧倒的に不足していたのだ。ホメロスも読んではいるし、プラトンだって少しはかじっていたので、大方の人よりはギリシャ神話に通じていると思ってはいたものの、その程度の知識でどうなるものでもなかった。そもそも、日本で一般的に通っている神々の名前はギリシャ読みのことが多く、他言語でその知識を援用しようとするには、壮大な下準備が必要になってしまうのだ。たとえば『イリアス』であれほど親しんだアキレウスですら、フランス語では「Achille(アシーユ)」となり、急に出てくるとだれのことだかさっぱりわからない、というように。

「ユマニスト(人文主義者)は、古典古代の学知との交わりにより、ということは、なによりも書物との対話を通じて、自己への省察を深めていった。そのための優れて私的な空間が「書斎」という装置であって、少なくとも世俗の人間に関するかぎり、この「書斎」もまた、ルネサンスの発明といえるのではないのか。閉じられた部屋で古典と対峙することが、むしろ彼らユマニストの世界観を広めることとなった。「孤立した場所にいることが、むしろ私を外部に拡張するのだ」(『エセー』三・三)という、モンテーニュの絶妙な表現を思い出そう」(宮下志朗「愚かなわたしが、愚かさについて語ること」より、2ページ)

 先ほど「Folie」の訳語が「狂気」であると断言したが、それもこの単語が一般的な文脈で用いられた場合のことに過ぎない。頭文字が大文字になっていることすら、私は忘れていた。この「Folie」は固有名詞、すなわち邦題のとおり、「痴愚神」を表していたのだ。それにやっとのことで気がついて、私は本を閉じた。自分にはユマニスムを把握できるだけのフランス語力がまるで足りない、と痛感したのだ。それ以来、日本語訳を読める日を心待ちにしていた。そして、とうとう手に取ったのである。

「旅とは、外に、世界に向かって自己を開示すること。だが、それが自己の探究となってはね返ってくる。モンテーニュは、「旅行はわたしには有益な訓練であるように思われる。魂は未知のもの、新奇なものを見て、絶えず実習するのだ」(『エセー』三・九)と述べた」(宮下志朗「愚かなわたしが、愚かさについて語ること」より、6ページ)

 中公クラシックス版のこの翻訳では、宮下志朗による「まえがき」のような文章、「愚かなわたしが、愚かさについて語ること」が収められている。これを読むためだけでも購入する価値があると断言したくなるほど、すばらしい文章だ。知的好奇心が恐ろしいまでに掻き立てられ、モンテーニュラブレーが読みたくてたまらなくなる。

「中世末、従来の死の主題と並んで狂気という主題が姿をあらわした。とはいえ当初のうちは、狂気とは外在するもの、悪徳の階層秩序にかっちりと組みこまれたものにすぎなかった。たとえばバーゼル大学教授ブラントの著した『愚者の船』(1494年)、これは現世の愚かさの告発ではあっても、狂気・愚かさが、「語る主体」の属性をなしているわけではない。あくまでも人文主義者ブラントという知識人が作者として外部にいて、そこから世直しの説教をしているという体裁にとどまる。ところがエラスムスの痴愚女神(フール)を契機として、狂気は人間存在のなかに深くもぐりこんだ。それは「人間が自分自身と取りむすぶ微妙な関係」(フーコー『狂気の歴史』)となり、ここにアイロニカルな自己認識が浮上した。こうしてルネサンスは、狂気の弁証法に特権的な地位を付与したことになる」(宮下志朗「愚かなわたしが、愚かさについて語ること」より、17~18ページ)

 エラスムスによる『痴愚神礼讃』は、痴愚女神自身による、長大な自画自賛、という形式を採っている。ところで、語り手は痴愚「女」神なのだ。「女神に仕立てあげたのはエラスムスの独創」(「ロッテルダムエラスムスよりその親しき友トマス・モアに捧ぐ」の訳注より、9ページ)と書かれているが、フランス語の「Folie」は女性名詞である。理解するための足がかりさえ見つけられない、と思っていたフランス語訳の読書体験のなかで、それでもしっかりと、この語り手が女であることをイメージしていたので、なんだか嬉しくなった。

「たとえばモンテーニュは、判断のためしとしての天秤というコンセプトを思いつくことで、自己愛をたくみに迂回した。とはいえ自己認識と表現という大きな枠組みから見た場合、彼もまたエラスムスの痴愚狂気の後継者ということになる。エラスムスの狂った「わたし」なしに、「われ思うゆえにわれあり」(デカルト)は考えられないのではないのか。パスカルにしても、またセルバンテスシェイクスピアにしても、さらにはドイツロマン派やキルケゴール――「皮肉において、主体は否定的に自由なのだ」とは彼のことば――にしても、さらにいうならばベケットやイヨネスコの戯曲の主人公たちにしても、「自家撞着(オクシモロン)」的な人間存在としてのワイズフールの相続人なのである」(宮下志朗「愚かなわたしが、愚かさについて語ること」より、18~19ページ)

 モンテーニュ引きすぎだろ! と思わず声を上げたくなってしまうが、これで読みたくてたまらなくなるのだから、ぐうの音も出ない。それからもちろん、ラブレーも。まだ本文にさえ触れられていないが、先回りして書いてしまうと、本文の訳注に「ラブレーが同じことを書いている」という記載があまりにも頻繁に見受けられたので、とても驚いた。デカルトが受けた影響も、早くも証明されている。セルバンテスからイヨネスコまで、エラスムスの痴愚狂気から逃れ得た者などいないのだ! これはもう、フランス革命を思想的に準備した、どころの騒ぎではない。ドイツロマン派が挙がっていることからも、オットー・ランクが『分身』で描いたような狂気をはらんだ作家たち、すなわちシャミッソーやホフマン、ドストエフスキーなどが、同様にここに含まれているのは明らかだ。それまでは「おとぎばなし」のような心理描写を排した文学形態が主流であったのに対して、ルネサンス以降の文学はどうだろう。狂気がその内部に取り込まれることによって、小説という芸術は一気に花開いた、と言っても、言い過ぎではないだろう。

「まったく、まじめなことを軽々しく論じるぐらい、ばかげたことはありませんが、つまらぬことをつまらぬことだとはとても思えないように論じることぐらい、愉快なことはありますまい。私自身はどうなのか、それは世間様におまかせしますが、しかし、自惚れ心で目がくらんでいないかぎり、私は、痴愚女神をば、愚劣きわまるとは言いきれないやりかたで礼讃したと信じています」(「ロッテルダムエラスムスよりその親しき友トマス・モアに捧ぐ」より、6~7ページ)

 さて、前置きがとんでもなく長くなってしまったが、いよいよ本文である。ちなみにページ数がリセットされているのでわかりにくいかもしれないが、この本は宮下志朗による文章のあとに「ロッテルダムエラスムスよりその親しき友トマス・モアに捧ぐ」がつづいており、それから本文となっている。

 エラスムスがこの本を発表したのは1511年、つまり、ルターが「95ヶ条の論題」をカトリック教会に提出する1517年の直前、まさに宗教改革前夜のことだった。当時の教会がどれほどの頽廃を呈していたかは歴史が語るとおりで、エラスムスもこの状況を憂えていた。それが特に顕著になってくるのは後半部で、当時の教会に対する大変辛辣な批判と読むことができる。ルターがエラスムスの熱心な読者であったことも知られているが、だがそれでも、エラスムスの核心は教会を淘汰することにあったのではない。彼の狙いはもっと一般的なことであり、そうでなければ、この本が単なる歴史学者たちの重要文献ではなく、現代にも通用する第一級の思想書として愛読されることはなかっただろう。エラスムスはまず、世に溢れる「賢人」たちに批判を加えている。

「こういう手合いは、蛭のように二枚の舌を使って、自分が神様にでもなったつもりになり、そのラテン語の演説のほうぼうに、ギリシア語の単語をちょっぴりはさみこめば、たとえそれが場違いであっても、すばらしいものになると思っているのですね。外国語の種が尽きると、腐れきった羊皮紙から四つか五つぐらい古くさい言いかたをがりがり削りとってきて、これで読者に目つぶしを食わせるのですが、その言いかたの意味のわかる人たちは得意になってそり身になるし、わからない人たちはわからないなりに、いよいよ感嘆するということになるのです」(23ページ)

 これを読んで、現代の「知識人」を標榜する連中が書いた文章を思い出さずにいることができるはずもない。専門以外のことはなにも知らない「専門家」、意味も必要性もわからない「専門用語」に溢れた奇妙な学術書など、数えあげたらまったく切りがない。エラスムスのこの平易な言葉づかいこそが、「知識人」を標榜するうえでの最低条件なのではないか、と思う。学者の仕事というのは、わけのわからない概念を作りあげることではなく、それを理解できるように一般読者に説明することのはずなのに、それをできていない「知識人」があまりにも多すぎるではないか。中世からなにも変わっていないのでは、エラスムスも報われない。

ユピテルにかけて、あのご連中に言わせたいものですね! 快楽が添えられなかった、つまり、痴愚女神の味つけがなかったとして、もの悲しくなく、退屈でもなく、あじけなくもなく、不愉快でもないというときが、いったいこの人生のどこにあるかを、ね。私は、ここで、いくら褒め讃えても褒めたりないあのソポクレスの、みごとな賞讃の辞を援用させてもらいましょう。私のことをこう申しました。「賢さが少なければ少ないほど、それにつれていよいよ幸いとなる」と」(36ページ)

 衒学趣味に攻撃するうえでの方法論が、徹底的に学を衒うことだというのも面白い。固有名詞の問題からフランス語で読むのは断念したものの、ご覧のとおり、エラスムスの書く文章は大変読みやすいのだ。訳文もすばらしい。それをわざわざ、現代的には注釈が不可欠なギリシャ・ローマの単語を引っぱってきて説明しているのだから、これはもうとんでもない皮肉である。「賢人」を自称する人びとが得意になって使うのと同じ言葉で、彼らを批判しているのだから。

「人生にたいする完全な経験を加えるに、それに負けない精神力や透徹した判断力を持っているような老人を、だれががまんして友人にできましょうか? また仲良しになれましょう? むしろ老人は、どうか、わけのわからぬたわごとを言っていていただきたいもの。そのかわりこういうたわごとが、賢人をさいなむ苦しみから老人を解放してくれ、ときにはなかなかりっぱな酒飲み友だちにもなります」(38ページ)

「老人たちは童子どもを熱愛いたしますし、童子たちのほうでも老人に夢中になりますが、つまりは「類は友を呼ぶ」からなのですよ。両方の違うところは、一方が皺と齢の数が多いということだけです。頭髪の色の薄い点といい、歯のない口といい、ひょろひょろした体といい、乳が好きなことといい、もごもご言う点といい、片言をしゃべる点といい、物覚えが悪い点といい、不注意な点といい、両方ともよく似ていますね。この類似はくっきりと出てきまして、老人は、ついに童子のように、人生を愛惜することも死を感ずることもなしに、この世をおさらばすることになるのです」(39~40ページ)

 あちこちに配されたギリシャ・ローマの知識も、とても面白い。「なんとかイスム」という語にいちいち拒否反応が起こるので、「ユマニスム」という言葉でなにかが語れるとは思いたくないが、ギリシャ・ローマの文化は好きだ。スコラ学に対抗するための手段と思えば、それほど眉をひそめる必要もない。「鰐三段論法」という言葉にこんな訳注が付されていて、ときめいた。

「子どもを捕えた鰐が子どもの母に向かい、自分が子どもをどうするつもりかあてたら子どもを返そうという。母親は、「お前は、子どもを返す気がない」と言う。事実鰐は返さぬ。母親は、「早く返せ。お前の気持をあてたではないか?」と責める。鰐は、「いやだめだ。もし返したらお前のほうが、あたらなかったことになるから」と答える。一種の詭弁である」(59ページ)

 なんだか『ドン・キホーテ』の後篇に出てくる、サンチョ・パンサの裁判のようだ。こういうのは読んでいて楽しい。

 哲人がいかに役に立たないかという話は、どんどんつづく。

「今最後に述べた手合いは、人生ではなにひとつしでかすことができないのですよ。その証拠は、絶世の賢人ソクラテス自身でしてね、アポロン神託で無類の賢人だということにはなったのですが、選りに選ってその日は、アポロン自身も知恵を欠いていたというものです」(67ページ)

「だれか賢人なるものを食事に招いてごらんなさいな。やつは、陰気臭く黙りこむなり、退屈なご談義をやらかすなりして、とんだ興醒ましになってしまいます。舞踏にでも誘ってごらんなさい。まるで駱駝が踊ってるようだ、とおっしゃることでしょう。見世物へつれて行ってごらんなさい。やつが顔を出すなり、打ち興じていた人々も興醒めてしまいますから、むりやりにでも小屋から退場させられますね。どうしてもしかめっ面をせずにはいられなかったために、賢人カトーがそうした目に会わされたのと、同じことになります」(71ページ)

 ユーモアを解する知識人が好きだ。ユーモアのためだけに知識を身に着けているのか、と思えるような人なら、大好きだ。レーモン・クノーはその筆頭。ペレックだと、ちょっと真面目すぎる。ルーボーもいい。知識は無駄遣いするためにある、と宣言しているような小説ばかり書いている。そういえば『麗しのオルタンス』に出てくるシヌール神父の口の悪さは、痴愚女神とつながる点も多い。彼らもエラスムスを愛しているのだろうな、と思った。先日挙げた、クノーによる「理想の書斎のために」のラインナップが、ギリシャ・ローマに偏ったものだったのも思い出される。リスト自体には、どういうわけかエラスムスは含まれていなかったが。

「思慮分別が経験にもとづくものだとしたら、その名誉の称号はどちらにぴったりするでしょうか? 謙遜なためもあり性格が臆病なせいもありましょうが、なにもやろうとしない賢人などに与えられるべきでしょうか? それとも、危険というものも知らず謙遜さも持ち合わせない以上、なにものにも引きとめられない愚者に与えられるべきでしょうか? 賢人は古代の書物のなかへ逃げこんで、そこから学びとるものはたんなる屁理屈だけ。愚者のほうは、現実や危険に接していって、私の考え違いでなければ、ほんとうの分別というものを身につけます。ホメロスは目が見えなかったのに、よくこのことを見抜いていましたからこそ、こう申したのです。「愚者は自分で賄ってものを覚える」とね。二つの主な障害が、物事を知ることを妨げるのですが、その一つは、心を暗くする恥辱感、もう一つは、危険信号を発して行動させないようにする危惧というものです。ところが痴愚の女神は、いとも巧みにこの二つを追い払ってしまいますよ。それにしても、断じて躊躇せずに、なんでもかでも敢行する場合には、えらい大きな利得が生ずるということを理解できる人は、じつに少ないものですね」(78~79ページ)

「なにがおもしろいと申しても、地獄から戻ってきたのではないかと思われるような屍同然の梅干し婆さんたちが、口を開けば、「人生は楽しいわ!」などと繰り返すのを拝見することくらいおもしろいことはありません。こういう婆様連中は、牝犬同様にほかほかしておられまして、ギリシア人たちがよく申すとおり、「山羊の匂い」がいたしますよ」(88~89ページ)

 老人たちに対して、ちょっと厳しすぎるのではないかと思われるが、この口の悪さがたまらなく楽しい。この中公クラシックス版にはハンス・ホルバインによる魅力的な版画が、挿絵として随所に挿入されているのだが、それを見せることができないのが残念でならない。この「梅干し婆さん」を描いた版画、その名も「ほかほか婆さん」は、抱腹絶倒の一枚である。ぜひともご確認頂きたいものだ。

「黄金時代の素朴な人々は、なんの学芸も身につけていませんでした。ただ、自然の本能だけに導かれて暮らしていたのです。当時は、あらゆる人々にとって言語は同一であり、ことばは、要するにお互いに理解し合うことだけに役だっていればよかったのですから、なんで文法など必要でしたろうか? 反対の意見があって争論が起こるなどということは全然なかったのですから、どうして論証法などが必要になりましょう? 訴訟などというものはまったくなかったのですから、修辞学などあっても、なんの役にたちましょう? 悪い風俗も発生していませんでしたから、法律学などもなんの役にたったでしょうか? 善い法律というものは、疑う余地もなく悪い風俗があってこそ生まれるものなのですからね」(93ページ)

 ルソーやホッブズも、この文章を読んだに違いないと思うと、わくわくしてくる。そういえば原初言語の謎に迫ったという、ディエゴ・マラーニの『通訳』という小説があった。同じ文脈から、マーク・トウェインの『アダムとイヴの日記』も思い出される。この、読みたい本が無尽蔵に増えるというのは、良書を通じてしか得られない稀有な感覚だ。

「いちばん幸福な人間は、学芸などにはいっさい関係を持たずに、自然だけを主人とすることのできる人々なのです。我々が人間という分限から出ようとしないかぎり、自然は、どこにだってちゃんといてくれるものです。自然は人工を憎みますし、人工によって瀆されていないものは繁栄に繁栄を重ねるのです」(95ページ)

「南瓜を女だと思う男は狂人扱いにされますが、それは、こういう思い違いをする人間がごくわずかだからですね。ところが、自分の細君がたくさんの情夫を持っているのに、自分は幸福な思いこみから、わが妻こそペネロペの貞淑さを凌駕すると信じこみ、鼻高々になるような男は、だれからも錯乱者とは呼ばれませんね。つまり、こういう精神状態は、多くのご亭主たちに共通なものだからですよ」(108ページ)

 狂気というものの相対性がはっきりと宣言されるのを眺めていると、やはりさまざまな方向に、思考が飛躍していく。カフカルーセルを読んでいるときの感覚を思い出した。おかしなことが書いてあるのは間違いないのだけれど、物語の前提自体が狂っていて、どこが間違っているのかもわからなくなってしまうような感覚のことだ。そうなると、読んでいる自分が間違っているとしか思えなくなることもある。書きながら、もっとわかりやすい例も思いついた。『不思議の国のアリス』だ。「意味が意味にならない世界」では、読者が持っていると信じる判断材料さえもが、ふるいにかけられている。一節ごとに立ち止まって意味を探っていては、気が狂ってしまう。

「だまされるというのは不幸なことだ、と人は言うでしょう。とんでもない! だまされないほうがずっとひどい不幸なのですよ。事物そのもののなかに人間の幸福があるとするのは、たいへんな誤りなのです。幸福とは、事物そのものについて人間が抱く意見しだいなのです」(126ページ)

 この一節に、すべてが要約されていると言ってもいいだろう。

 先述のとおり、残りのページ数が少なくなってきたころに、教会への攻撃が激しくなってくる。しかし、ルターから寄せられる敬意や執心にもかかわらず、エラスムスはけっして教会の分裂を望んでいたわけではなかったのである。だが、ルターの疑心の論拠を形成したとも言える『痴愚神礼讃』は、やがて反カトリックの文脈で利用されるようになり、結果として禁書目録に加えられることになってしまった。

「このめんどうなうえにもめんどうな彼らの道具立ては、数限りもないスコラ学派の流派のおかげで、もっと霊妙でしちめんどう臭いことになっていますから、実在論者や唯名論者やトマス派やアルベルトゥス派やオッカム派やスコトゥス派など、私は主なものの名前しか申しませんが、こういう多くの学派の羊の腸のようにくねくね曲がった道よりも、むしろ迷路から抜け出すほうが、皆さんにとってはやさしいことでしょう。どの学派の先生も、その博識はじつに複雑怪奇でして、使徒たちでも、これら新式の神学者先生を相手に今申したような問題で争うとしたら、別な聖霊を授けていただかねばならぬことになりましょうよ」(158ページ)

 エラスムスが求めていたのは教会の分裂ではなく、一致であった。やがてルターとの決裂が決定的なものとなると、ルター派はこぞって批判を浴びせてきた。そしてエラスムスは1536年に死に、それからしばらく経った1558年に、カトリック教会によって「第一級の異端者」の烙印を押され、全著作を禁書とされてしまった。サイードは『知識人とは何か』のなかで、「知識人とは亡命者にして周辺的存在であり、またアマチュアであり、さらには権力に対して真実を語ろうとする言葉の使い手である」と書いている。「知識人」という言葉に括弧が付くようになったのは二十世紀以降のことなのかもしれないが、中世にも適用されるなら、エラスムスほどこの定義に合致する人物もいないだろう。

「知恵は、人間を臆病にします。ですから、どこへ行ってみましても、賢人たちは、貧困、飢餓、空しい夢幻のなかにおりまして、世のなかからは忘れられ、なんの栄誉も与えられず、同情も受けずに暮らしております。それとは逆に、阿呆瘋癲は、ありあまるほどの金持となり、国家の舵を握り、要するにあらゆる方面で栄えていきます。もしも、幸福とは王公のお気に入りになり、宝石で飾りたてた神々のお仲間入りをさせていただくことだとしたら、知恵くらい無用なものがあるでしょうか? それどころか、こういう人々のあいだで、これくらい評判の悪いものがほかにあるでしょうか?」(201ページ)

「広く世の人々に認められている箴言で、「持たざるときは、持てるふうを装うをよしとす」というのがございますが、それから次のような句が、子どもたちのために引き出されました。「大賢は大愚と見せるにあり」とね」(204ページ)

 須賀敦子『ユルスナールの靴』のなかでこんなことを書いていたのを思い出した。「求道がないところに異端がないのは当然かもしれないが、精神の働きのないところにも異端は育ちえないという事実を、私たちはあまりにもなおざりにしてきたのではなかったか」。たしかにエラスムスカトリック教会によって否定されたが、その精神はラブレーデカルトなど、数え切れないほどたくさんの作家や思想家を経て、現代まで連綿とつづいている。

「人生は痴愚女神の戯れにすぎない」(208ページ)

「人は正気を失うとしばしばもっともなことを語る」(243ページ)

 エラスムスは明快な言葉で、複雑きわまりないと思えることを紐解いてみせる。これこそが求めていた思想書のあるべき姿である。2011年から数えると、きっかり500年前に刊行された書物が、これほど現代的な内容だというのは奇跡めいている。この奇跡を、ぜひとも体感してほしい。

痴愚神礼讃 (中公クラシックス)

痴愚神礼讃 (中公クラシックス)

 

追記(2014年11月13日):ラテン語原典から翻訳された新訳が文庫になりました。


<読みたくなった本>
ギリシャ・ローマ関連≫
プラトン『プロタゴラス』

プロタゴラス―あるソフィストとの対話 (光文社古典新訳文庫)

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ホラティウス『詩論』

詩学 (岩波文庫)

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プルタルコス『英雄伝(対比列伝)』

英雄伝〈1〉 (西洋古典叢書)

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シェイクスピアジュリアス・シーザー

ソフォクレス『アイアス』

ギリシア悲劇〈2〉ソポクレス (ちくま文庫)

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アポロニオス『アルゴナウティカ』

アルゴナウティカ―アルゴ船物語 (講談社文芸文庫)

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ルキアノス『本当の話』

本当の話―ルキアノス短篇集 (ちくま文庫)

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ルキアノス『神々の対話』

神々の対話―他六篇 (岩波文庫 赤 111-1)

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ルキアノス『遊女の対話』

遊女の対話―他三篇 (岩波文庫 赤 111-2)

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≪ユマニスム関連≫
ペトラルカ『無知について』

ペトラルカ 無知について (岩波文庫)

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トマス・モア『ユートピア

ユートピア (中公文庫)

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モンテーニュ『エセー』

エセー〈1〉

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ラブレー『ガルガンチュアとパンタグリュエル』

ガルガンチュア―ガルガンチュアとパンタグリュエル〈1〉 (ちくま文庫)

ガルガンチュア―ガルガンチュアとパンタグリュエル〈1〉 (ちくま文庫)

 


≪中世について≫
アラン・ド・リベラ『中世知識人の肖像』

中世知識人の肖像

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ユルスナール『黒の過程』

黒の過程

黒の過程