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Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

日常礼讃

テーマ-絵画 評価-★★★☆☆(満足) テーマ-ユマニスム

 先日ピーテル・デ・ホーホのことを書いて思い出した、以前フランス語で読んだ美術批評。わたしが「以前フランス語で読んだ」とわざわざ書いている本は、たいてい、そのため十分に理解できなかった本である。

日常礼讃―フェルメールの時代のオランダ風俗画

日常礼讃―フェルメールの時代のオランダ風俗画

 

ツヴェタン・トドロフ(塚本昌則訳)『日常礼讃 フェルメールの時代のオランダ風俗画』白水社、2002年。


 トドロフの関心の広さには、感嘆するばかりだ。これは彼の初めての美術批評だが、ブルガリア生まれのこの知識人は、文芸批評を本職としながらも、歴史や哲学など、あらゆる分野にわたって書物を著している。じっさいこの人物は、その膨大な著作群によって、従来別の分野と見なされてきた学問の知識が、他の分野にも十分に援用できる経験であるということを示しているのだ。さらには、学者たちが後生大事にしているそもそもの分野わけなどというものが、たいした意味のないものだったのではないか、ということを訴えているようにさえ思える。仲良くなりたい。

 この本の書き出しは印象的だ。とてもいい。

「ヨーロッパや北アメリカの主要都市を訪れると、美術館見学のために進んで半日を空けておく人たちが多い。そして、特別な動機がないかぎり、順路にしたがって古代芸術から始め、コンテンポラリー・アートを最後にまわして各部屋を通り抜ける。しまいには好奇心が衰え、古代ローマの彫像はあらゆる方向からじっくり鑑賞したのに、最後の部屋になると、腰が痛くなり、急ぎ足で駆け抜けることになるのがわかっていても。そんなふうに全部の部屋をざっと観てゆくと、画題とスタイルのいくつかの断絶に出会うことになる。そうした断絶のひとつの前で立ち止まってみよう。突然、歴史、神話、宗教上の人物を描いた厳かな絵画に代わり、子供のシラミを取る母、縫いかけの服の上に身をかがめた仕立屋、手紙を読んだり、チェンバロを弾いたりする娘たちの絵があらわれる。間違いない。われわれは十七世紀オランダ絵画、「風俗画」とも呼ばれる、日常生活を描いた絵画の部屋にいるのだ」(5ページ)

 批評という、大体において学術的な書物を、さあ読もう、と気負っている読者は、ここで大いなる肩すかしを食らうことになる。トドロフはこういう、読者を夢中にさせる導入、というものを見事に心得ている。たしか、『文学が脅かされている』でも似たような軽さの、ロラン・バルトやジェラール・ジュネットとの出会いから始めていた。さながらエッセイのように始まるのである。ただ、二歩も三歩も進んでみると、これがエッセイほど軽い読み物ではないことを、読者はすぐに再確認することになる。

「十六世紀以降、こうした新しい諸ジャンル――肖像画、風景画、静物画、風俗画――が、しだいに存在権を主張し、それぞれに固有の尊厳を獲得するようになる。描かれた情景の背景であった風景画は、完全にひとつの独立した主題となる。日用品、花々、果物が、人物たちに伴う付随的なものではなくなり、さまざまな静物画の題材となる。マルローの名言によれば、「オランダは皿の上に置かれた一尾の魚を絵にすることを考えついたのではなく、魚をもはや使徒たちの食べ物にしないことを考えついた」のである」(8ページ)

 フランドル派を分析しようとするには、まず、それまでの絵画史との断絶を考慮しなければならない。それまでの絵画の中心的な画題は、上にもあるように、歴史、神話、そしてなにより宗教だった。ルネサンス、という運動それ自体が、ユマニスム(人間主義)とは切っても切れない、ギリシャ・ローマの古典復興を基礎に据えていたことからも、これらの画題が中心を占めていたということが容易に納得できる。だが、フランドル派はそうではない。十七世紀オランダの画家たちが描いたのは、歴史でも神話でも宗教でもなく、日常だったのである。

 その黎明期における絵画の、後世における評価が混乱に満ちたものだったことは、レンブラントによる一枚の絵、それに付されたタイトルからも浮かびあがってくる。「ぼんやり照らされた室内に、子供に乳を与えている女性と、その様子をじっと見つめている年老いた女性(祖母?)の姿が見える。その少しわきで、ひとりの男が木を細工している」(12ページ)。そして、この絵には時代によって異なる二つのタイトルが冠せられていた。≪聖家族≫、あるいは≪指物師の所帯≫である。前者は明らかにフランドル派以前の宗教画、そして後者は、フランドル派そのものとも言える風俗画に付せられるべきタイトルなのだ。

「いまわれわれにとって重要なのは、この二つの解釈のうちいずれが正しいかを知ることではない(風俗画そのものには興味を示さず、しかもこの同じ情景を何度も描いているという、レンブラントの作品全体の文脈を考えれば、答えはおのずから明らかだ。≪指物師の所帯≫という第二のタイトルがこの絵に与えられたのは、十八世紀、風俗画がオランダからフランスへと移動した時のことである)。ひとつのタイトル、ということは本来の意味での絵画とは無関係な何ものかがありさえすれば、解釈がまったく異なった道に入り込むという事実を確認することこそ重要なのだ。この状況は絵だけに固有のものではない。同様にして、われわれはある物語を本当のことと思うか、それとも虚構と思うかで、その物語を同じようには読まない。こうした指示の横暴さに憤激することはできても、それを無視することはできないのだ」(12~13ページ)

 歴史や神話や宗教を扱ったフランドル派以前の絵画と、風景や静物や風俗を扱ったフランドル派の絵画との対比を、トドロフは文学作品の主題とも照らし合わせている。

「数多くの点において、この二つのタイプの絵画のあいだの差異は、十八世紀のリアリズム小説、デフォー、リチャードソン、そしてフィールディングの小説と、それ以前の物語を対立させる差異と比較することができる。叙事詩は、それ以前の時代の悲劇と同様、観客や聴衆がすでに知っているある特定の歴史=物語に基づいていた。詩人の貢献は、主題の独創的な取り扱い方にあるのであって、新たな主題の発明にあるのではなかった。伝統的社会、つまりさまざまな伝統を尊重する社会において、もろもろの物語は共通の材料である。それに対して、新しい個人主義的社会においては、画家たち、詩人たちは、自分たちが物語る歴史の選択を自らおこなうようになり、伝統的主題に頭を悩ませる必要がなくなる。小説(ロマン)は、「ノヴェル」(目新しい、珍奇なもの)となる。同時に、騎士道にかなったさまざまな美徳や、類いまれな情熱に専念する代わりに、ありふれた人びとの振る舞いに注意が向けられるようになる」(18ページ)

 さらに、どうしてオランダという土地において、このような新形式が生じたかということも、当然考察の対象となる。オランダはエラスムスの出身地である。コスモポリタニストの代名詞であった彼に、特定の国の属性を与えようとするのはあまり適切なこととも思われないが、彼の地に受けつがれた伝統があるとすれば、この考え方も理に適ったものとなるだろう。ちょっと斜に構えながら読んでみたい。

「オランダ・プロテスタント教会の二つの特徴が、この国における絵画芸術の開花を準備する。第一の特徴は、逆説的なことに、聖像破壊運動の高まりであり、そのおかげで絵画を宗教に従属させる鎖を断ち切ることができた。宗教は聖像なしですませなければならず、そのため絵画が俗世間を扱うことが可能となったのである。第二の特徴はさらに重要だ。それは人間社会の=中での=生活(「世界内」生活)、つまり世俗の生活に価値を認めるということだ。それは精神を軽視した肉体礼讃ではなく、どちらかといえば精神と肉体の相互浸透の礼讃である。というのも、再びヘーゲルが指摘しているように、「プロテスタント教会は、信者たちを世俗的な生活から切り離さず、日常生活がまったく自由に発展することを可能とする唯一の宗教である」からだ。それにまた、エラスムスの伝統にしっかりと根ざした確信、信心は普段の生活のありふれた諸状況のなかでも実践できるし、修道士や苦行者が行なっているような日常生活の拒否から始める必要はないという確信がある。神はいたるところにおわします、とエラスムスは言う。修道院のなかだけではありません。「あらゆるキリスト教世界をただ一軒の家、さらにはいわばひとつの修道院とみなし、あらゆる人間のうちに、参事会員や同じ修道会の兄弟たちをみることが、どれほどキリストの考えにより適っていることか!」 物質的生活と霊的生活を対立させるよりむしろ、エラスムスは両者の融合を企てるのだが、それはまた日常生活の地位向上を図ることともなる」(29~30ページ)

 知ってのとおり、エラスムス宗教改革(とりわけルター)に対しては、好意的な態度はほとんど採っていなかった。どちらかというとマックス・ヴェーバーを思い出させる、このプロテスタンティズムがもたらした日常生活の発展、というものが、エラスムス一人に還元されるべきではないことは『痴愚神礼讃』の経験から見てとれる。エラスムスは従来の教会制度にかなりの反発を示していたものの、それでもプロテスタントと呼ばれることになった新派を打ちたてる試みには、常に否定的だったのだ。引用中の言葉も、それを証明している。彼が目指していたのは宗派間の対立による群雄割拠ではなく、統一のほうなのだ。ただ、問題なのは宗教観などではない。問題、というかわたしの関心は、ユマニスムという思想のほうにある。

「政治あるいは道徳に奉仕する芸術という観念をトレは放棄しているが、それでも彼は十七世紀の写実主義絵画と、オランダに君臨する「宗教的・政治的自由」とのあいだに緊密な関係を見いだしている。人間主義(ユマニスム)はこの芸術、さらにこの国の政治に暗黙裡にふくまれる哲学なのだ。トレが自らの同時代人に推奨するのも、オランダの巨匠たちに霊感を受けた芸術である。「かつて人びとは神々と王侯たちのために芸術を創造してきた。おそらく人間のために芸術を創造する時代が来たのだ。」」(42ページ)

 ここまでのトドロフの主張をまとめると、エラスムスに代表されるユマニスム、さらにはプロテスタンティズムの受容によって、オランダという土地には「新しい個人主義的社会」が誕生し、それが日常生活を題材とすることを許すだけの、世俗の生活の価値向上に貢献した、というのだ。ただ、わたしの気にかかって仕方がないのが、ユマニスム、という思想が、元来ギリシャ・ローマの古典復興を目指していたということである。ユマニスムはルネサンス(=イタリア絵画、歴史・神話・宗教画)の発展に貢献することがあっても、ほとんど対立概念として扱われる、フランドル派絵画の誕生を促しはしないのではないだろうか、と思えてならないのだ。ユマニスムを含むのではなく、プロテスタンティズムのみであれば、トドロフの主張は全面的に賛成できる。ルターによるエラスムスへの心酔ぶりは周知のことで、このユマニストが宗教改革に多大な影響を及ぼしたことは疑いようもないのだが、だからといってエラスムスその人が「個人主義的社会」を思想的に準備したとも思えないのだ。

 いや、些末な議論なのかもしれない。そもそもわたしのユマニスムの定義はかなり曖昧なものなので、トドロフのほうが圧倒的に正しいのかもしれない。受容のされかた自体が、エラスムス本人の意図にそぐわないものであった可能性も大いにあり得る。もっとこの思想のことを学ばなければならないな、と思った。デフォーらの名前が挙がっているとおり、文学作品の発展にまで寄与している可能性が高いのだから、なおさらである。

 そんなことよりフランドル派絵画である。トドロフによれば、フランドル派絵画を分析する試みには、大きく分けて二つの視点が存在する。まずは図像学の経験に基づく方法だ。

「問題となっている意味は、主として死と愛という、間違いなく広大な二つの領域に関係している。たとえば、現世の生活の虚しさという観念を表わす図が数多くある。頭蓋骨、鏡、贅沢な品々、それにシャボン玉。肉欲は、牡蠣やアルコール飲料といった催淫作用があると考えられていた食物の摂取によって、あるいは犬や猿といった性的に飽くことを知らないとみなされていた動物たちによって、型通りに喚起される。鳥たちも、それを性交に結びつける言葉遊びのおかげで、同じ目的に役立つことがある。猟の獲物をある貴婦人に差しだしている狩人は、メツーの絵に頻繁に現われる画題だが、その狩人は自分が実際にはひとつの交換を提案していることを隠そうともしていない。男と女の関係は、外と内の関係、さらには二匹の犬の関係によってさえ増幅されている。鳥を籠の外に出そうとすることは、セックスへの自らの欲望を表現している。音楽や手紙のある情景は、数多くの絵が証言しているように、基本的に恋愛関係に関わっている。それにトランプ遊びの象徴学もある」(51ページ)

 細密描写の圧倒的な技術で広く知られるフランドル派絵画のなかには、いくつもの細々とした物が描かれている。図像学というのはつまり、それらの物が持つ特定の意味を抜き出し、そこから画家の意図を探ろうとする試みだ。牡蠣を食べている女がいれば、彼女は肉欲を象徴している、などといった。なんだか詩を解釈しようとする文学者たちの試みに酷似しているような気がする。ときには参考になるが、中心に据えてしまうにはためらわれるような解釈の手法だ。

「こうした現代の読み直しは、それ自体には言語道断な部分はまったくないし、それどころか三百五十年前に描かれた絵がいまでも生命を保っていることを示している。それだけではなく、絵のこのもうひとつの解釈は、たとえ同時代人たちが言葉で言い表わせなかったとしても、彼らのなかにすでに見いだせるのではないかと考えることは、不当なことではない。オランダ絵画のなかにちりばめられた、寓意によってコード化された意味は、最終的な意味ではまったくないのだ。それは到着点というよりは、出発点といったほうがはるかに適切だ。絵のなかのひとつひとつの要素の解釈だけにとどまるより、絵をその全体において捉えなければならないのである」(56ページ)

 もう一つの視点は、絵画のなかに描かれた細々したものよりも、絵の全体を占める画題そのものに注意を払うものだ。たとえば、画題が子どもの頭のシラミを取っている母親であれば、道徳への称賛が意図されている、といったような。反対に、どんちゃん騒ぎをしている男女であれば、悪徳が非難されているとも言える。教訓的なものを絵全体から引き出そうとする試みだ。トドロフはそれを文学の場合と照らし合わせて、とても興味深い絵画の特性を教えてくれている。

「こうした道徳的な意味の存在を認めても、絵を見ることで感じる喜びが少しも損なわれないことが――幾分の驚きをともなって――理解されるだろう。ペテン師を非難し、貞節な母親を称賛しなければならないとしても、だからといってこれらの絵はうんざりするものとはならない。それが驚きなのは、同じことが文学では難しいからだ。現代の感性にとって、あからさまな教訓の意図は、文学の質の高さとは相容れない。もっとも、そもそも二つの表象形式は、根本的に異なっている。道徳的教訓の存在は、必ずしも絵を変質させず、そのまま絵に積み重ねられるだけだが、それに対して文学作品の場合、教訓はそこで用いられる言葉という素材と同じ素材でできているために、文学作品を内側から変えてしまう。画家がどれほど信心深かろうと、キリスト教のメッセージは絵に接ぎ木されるだけだが、その同じメッセージが、テクストの場合、全体に浸透するのだ。絵の場合、現代人の観客はその寓意的・道徳的意味をたいした苦労もせずに無視できるが、読者となるときにはその操作が不可能となる。そもそも、意味生産の様式が、文学と絵画においては同じではないのだ。たしかに、ある虚構作品の著者が、そのなかで書かれた内容に責任をもっているかどうかは決してわからない。しかし、画家について言えば、彼は見せかけの主張さえ産みださない。画家は断言しないまま示すのであり、彼の統辞法には主題を示す主部はあっても、その主部がどうなのかを示す述部がふくまれていないのである」(63~64ページ)

 ただ、その教訓めいた要素を「無視できる」ということからは、それがそもそもの画家の狙いではなかったということも示唆される。ここから、トドロフは画家を個別に紹介しながら、図像学的な経験と教訓という視点をともに考慮したうえで、それぞれの作品に光を当てていく。ピーテル・デ・ホーホの分析には、第一と第二の視点を超越する、第三の視点が垣間見えている。

「デ・ホーホは、外をまるで家の中のように描いた最初の画家である。彼はそのために、まさしく中間的な空間、家と世界をつなぐ中庭を選んだ。外と内のこの光あふれる綜合には、その後、匹敵するオランダ絵画があらわれていない。デ・ホーホの絵画に関するあらゆる発見をすばやく吸収したフェルメールでさえ、彼が示したこの道はたどっていない。この精神にもっとも近いフェルメールの絵≪小路≫は、あくまでもある都市の風景にとどまっていて、外に持ちだされた室内ではない」(97ページ)

「デ・ホーホは、確実に、家庭の価値と幸福を称賛している。しかしその幸福は、生活の中でのごくありふれた行為のおかげで得られるものだ。こうした高潔な主題の純粋さと高揚にかなった描き方の発見から始めたデ・ホーホは、次に(あるいは同時に)その描き方を日常生活全体に広げる。デルフトで生活していた時代、彼の作品は日々の生活のおだやかな称揚だった。したがって、因果関係は逆転する。絵がある主題を賛美するのは、その主題が高貴だからではない。デ・ホーホの絵が世界と生命の美しさを明らかにしているからこそ、われわれは世界と生命が大いにすばらしいものだと思う気持ちになるのである」(103ページ)

 さらに、ヘーラルト・テル・ボルフという画家を見てみると、これまでの二つの視点の正当性が、音を立てて崩れる。この不可解な画家についてはトドロフもかなりの紙幅を割いて分析を試みている。彼の絵が不可解である理由が詰めこまれた一枚の絵、トドロフも熱心に語っている一枚の絵を挙げてみよう。

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テル・ボルフ《至急便》(1658-59)


 この絵のタイトルは≪至急便≫。まず、図像学的な経験から見れば、性欲の象徴である犬と、さらにはご丁寧に一枚のトランプ、ハートのエースまで落ちていることから、この絵のテーマが愛であることは一目瞭然である。そもそも手紙という小道具もまた愛を高らかに宣言するものなので、称賛や非難という第二の観点から観ても、この作品が訴えていることは愛、しかもその肉欲に対する非難である、ということを定義することができる。だが、ほんとうにそうなのだろうか。だとすれば、手紙を書く士官と犬とトランプだけで、この絵は完成されているべきだ。それなのに、ここにはもう一人の人物、これから書きあげられるであろう手紙を届けるはずの人物、使者がいる。しかも、絵画の構図のなかでも観客が真っ先に視線を向ける先に、最大の光を浴びながら、この愛という画題とはまったく無関係なはずの人物が、画家によって最大の注意とともに描かれているのだ。そのうえ使者の視線は、彼を見つめようとする観客たちを、あらかじめ射貫いているではないか。この目立ちすぎている人物、研究家にしてみれば画題に対する不協和音としかならない人物は、いったいなんだというのか。

「テル・ボルフの絵において、もっとも興味深い人物は証人であって、当事者ではない。手紙を書いている士官の精神状態は、比較的明らかである。その集中している様子から、彼が最愛の人にきわめて重要な書簡をしたためていることが暗示されている。この絵の魅力を生みだしているのは、使者の眼差しの曖昧さである。この若者は、何を考えているのか? おなじように遠くに離れている、あるいは浮気を恐れている自分の恋人のことか? 彼が伝言を運ぼうとしている女性の美しさのことか? 士官より彼自身のほうがその愛によりふさわしいと感じて、おそらく彼はすでにその女性に恋をしているのではないか? もちろん、無駄な詮索というものだ。テル・ボルフはわれわれが謎を完全に解決することではなく、この若者の眼差しをめぐってわれわれが夢みることを願っているのである。充分に明るく照らされた二人の顔は注意を大いに惹きつけるが、しかしその謎はいつまでも解明されないままだ」(109~110ページ)

「テル・ボルフは英雄的な行為をこれ見よがしに否定する。その否定は兵士たちがいることで反論されるどころか、ますます強調される。彼は優しさ、慎み深さ、暗示、言外のほのめかしのほうを好むのだ。本当のところ、彼はただひとつの主題しかもっていないのだが、その主題は無限である。つまり愛が彼のテーマなのだ。彼は自分の描く人物たちを完全には服従させず、純然たる機能的な態度に還元することもない。それぞれの人物が自分の流儀で伸びやかに振る舞うがままにさせるのだ。彼の伝記作家ヒュードロウソンが指摘しているのだが、彼の絵では犬さえも、人間的な態度、つまり自律した態度をとっている。テル・ボルフはどのような宗教的感情も伝えないし、したがって完璧な調和の表象にぜひとも向かおうとはしていない。人間世界だけが唯一存在しているのだが、この世界においては不和、不満足、未完成が支配している。しかし、物事がそうであることは悪いことではない。テル・ボルフは狂信者でもなければ、悲観論者でもない。人間の矛盾に向けられた彼の眼差しは、むしろ覚めた共感、幻想のない好奇心の眼差しである」(152~153ページ)

 この不可解な画家はあまりにも顕著な例だが、それ以外の画家の場合を鑑みても、紋切り型の定義をすんなりと受け入れてくれるような絵は、じっさいのところほとんどない。図像学的な小道具があからさまな意図を持って描かれていることが明らかだとしても、それが一元的な解釈を許してくれるわけではぜんぜんないのだ。

「さまざまな道徳的理由が、日常生活の仕草にふくまれる美徳を発見させる。そこで画家は、その美徳を見事な絵に仕立てあげる。イメージの歴史という視点から、この仕草のもつ革命的な力を過小評価してはならない。蕪の皮をこそぎとり、リンゴの皮をむくことが、はじめて、君主の戴冠式や女神の恋と同じ資格で、絵の中央に置かれるのにふさわしいものとなったのである。家事をしている女性たちが、古代の聖人たちや英雄たちのように賛美される。子供のシラミを取る母親や、糸車をもった男を描くことに、驚くべきことは何もない。当時優勢となった道徳が、こうした仕草は感嘆に値するものだと決定したのだ。ここまでは、絵画における新たな領域の獲得は芸術そのものではなく、道徳に起源をもっている。しかしながら、この突破口を通して、日常生活の無限に多様な世界が絵画の王国に迎え入れられ――以前には、それが美しいと思われることはなかった――、平凡な人びとのありふれた生活が、称賛の対象となるだろう」(122~123ページ)

 ここまでは冒頭で述べられていたこととほとんど同じことである。だが、これまでの考察を踏まえ、トドロフはさらなる一歩を進める。

「しかし、ある序列の転覆が、おそらくはそれを引き起こした人びとさえ知らないうちに、オランダ絵画のなかで起こったように思われる。画家は、どんな取るに足らない物のうちにも、どんな平凡な仕草のうちにも、画家自身がそのあらゆる美点を把握しさえすれば美が宿りえることを知った。そして、自分自身のうちに思いもかけない力を発見する。自らの絵筆の魅力によって、事物が美的側面からだけではなく、倫理的側面からも感嘆されるにふさわしいものとなることを、画家は示すことができるのだ。日常生活の表象を可能としていた、最初にあった道徳上の承認は、背景に退く。画家たちは美を発見した後で、今度は美徳の立法者となる。絵はもはや美の鏡ではなくなり、美を照らしだす光の源となったのだ」(123ページ)

 絵画そのものの意味が、変容しているのだ。なにか寓意的なものを伝えるために描かれているのではなく、ただそれを描くために描かれている。美しい対象が描かれているのではなく、描かれている対象が美しいのだ。こうなると図像学も称賛も非難も出る幕はなく、副次的なものに成り下がっている。その鍵はフェルメールが握っていた。

フェルメールの絵はあまりにも完璧なので、描かれた情景を単なる出発点とみなすことはできない。フェルメールによって、歴史画と、風俗画、肖像画、風景画、さらには静物画との区別がほとんど重要ではなくなる。これらの絵の意図は、心理的なものでも道徳的なものでもなく――その意図は人間関係の世界とは結びついていない――、絵画的なものである。マルローによれば、世界に「根本的な価値として絵画そのもの」をあたえるのは画家である。この点においてフェルメールは自分の時代の芸術を超え、二百年後にようやく花咲くことになる絵にたいする考え方を告げているのである」(143ページ)

 そして二百年後、画家たちはフェルメールを自分たちの仲間として受け入れることになる。フランドル派の絵画を読み解くうえでの根本的な知識とされていた図像学その他は、二百年後の絵画においてはすっかりその有効性を失い、それが消え去ったころの画家たちの試みが、フェルメールを、さらにはフランドル派のほかの画家たちをも、理解する助けとなるのだ。

「十九世紀後半に現代の画家たちとオランダ人たちとの断絶をまたしても際立たせる出来事が起こる(当時、オランダの画家たちは、ますます尊敬されるようになっていたのだが)。新しい革命は、もはやジャンルにも、解釈の様式にも、スタイルにも関連していない。それはイメージの地位そのものに関係している。一言で言えば、絵画は物の形をかたどったものでありつづけながら、ひとつの表象(ルプレザンタシオン)であることをやめ、ひとつの掲示(プレザンタシオン)、ひとつの存在(プレザンス)にすぎなくなったのである。マネとドガ、印象派の画家たち、後期印象派の画家たちは、具象派にとどまっている。彼らは人びと、物、風景を描きつづけ、のちの抽象画家たちのように、色と線を並置することに満足しなかった。しかし、彼らは、自分たちの絵に表象としての地位を認めていない。したがって観る者もまた、人物たちの心理状態、さらには彼らの過去の行動、あるいはこれからなそうとしている行動について、もはや考えようという気持ちにはならない。ドガは、テル・ボルフのスタイルの要素をいくつか借用しているが無駄であり、彼の描く踊り子たちは誰もその生涯を思い描くよう誘いはしない。絵画によって表象される世界は、その価値を失ってしまった。そうした世界に関係するあらゆることは逸話的なものと感じられ、芸術の純粋性の名のもとに拒絶される。絵はひとつの形象でありつづけるが、それがもっている次元のひとつ、われわれが表象された世界のなかに住まうことを可能としていた次元が除外されてしまった。今後は絵をあるがままのものとして、つまり別の場所にむけて出発するように駆りたてたりはしない、純然たる存在(プレザンス)として見なければならないのだ」(166ページ)

「なぜフェルメールが、自分の時代を幾分越えることができたようにわれわれに思えるのか、そしてなぜ二百年後、数多くの芸術家たちや作家たちが彼のうちに自分たちの仲間のひとりを見たのかが、いまや理解される。個人的な天分によって、フェルメールは自分が学んだ画法、つまり風俗画をあまりにも完璧に描いたので、われわれはもはや絵の彼方にあるはずの表象された世界に入り込むことができない。われわれは、織物、家具、身ごなしの美しさの前で、まるで茫然自失の状態に陥ったようになったままそこから抜け出せないのだ。フェルメールは外観の力強さによって表象を無効にする。その点で彼は「現代派(モデルヌ)」なのだ」(167ページ)

 以前から、フランドル派の絵画が好きで好きで仕方がなかった。2004年に東京都美術館で実施された「栄光のオランダ・フランドル絵画展」で衝撃を受けて以来、この派に属する画家たちの細密描写における圧倒的な技術には、いつも驚嘆させられていたものだ。じっさい、そのあまりの技巧には、寓意を読もうとする試みを受けつけないストイックさがある。この本で紹介されていたのは不特定の人物が描かれた風俗画がほとんどだったが、ヤン・ブリューゲル(父)の花卉画のような静物画、ヤン・ファン・ライスダールの風景画など、ほかにも目を見張る技術がふんだんに盛り込まれた絵がいくつもある。これらの絵を眺めていると、もうほとんど茫然自失となって、解釈を与えようとする試みの一切が馬鹿らしくなってしまうのだ。トドロフの言葉のすべてを理解できたとは言い難いが、この結論には大満足である。

 一文を読むたびに、あらゆる方向へ思考が飛躍していってしまって、まともにページを繰ることもままならない一冊だった。ただ、残念なことに、この翻訳では愚かしいことに、絵がモノクロ印刷にされてしまっている。といっても、わたしが以前に読んだフランス語版のポッシュ版(文庫版)も、モノクロ印刷だったのだが。そのため、パリの古書店をさんざん回って、この本の単行本版、画集と同じくらい大きな豪華本を探し歩いたことを覚えている。80ユーロ(約1万円)までなら出すつもりでいたことさえ覚えている。だが、そもそもの刷り部数が少ないのか、結局見つけることはできなかった(ちなみに続編である『個の礼讃』のほうは見つかった。が、高すぎて買えなかった)。その分、翻訳でさえモノクロに我慢しなければならないことが残念でならない。せっかくフランス語版よりもはるかに良質な紙を使っていて、造本もよほど丁寧なのだから、あと1000円単価が高くなってでもカラーにしてもらいたかったなあ、と思う。フランドル派の細密描写の真骨頂とも言うべき「画中画(読んで字のごとし、絵のなかの壁にかかった絵)」は、ほとんどどれも真っ黒になってしまっていて、判別さえできなかった。返す返すも、もったいない。

日常礼讃―フェルメールの時代のオランダ風俗画

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<読みたくなった本>
ヘーゲル『美学講義』

ヘーゲル美学講義〈上〉

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ヘーゲル美学講義〈中〉

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ヘーゲル美学講義〈下巻〉

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フロマンタン『昔の巨匠たち』

昔の巨匠たち―ベルギーとオランダの絵画

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馬淵明子『美のヤヌス テオフィール・トレと十九世紀美術批評』

美のヤヌス―テオフィール・トレと19世紀美術批評

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スヴェトラーナ・アルパース『描写の芸術 十七世紀オランダ絵画』

描写の芸術―一七世紀のオランダ絵画

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Cesare Ripa, Iconologia

Iconologia, Or, Moral Emblems - Primary Source Edition

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スピノザ『エチカ』

エティカ (中公クラシックス)

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ポール・クローデル『眼は聴く』

眼は聴く

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 最後に、この本で初めて知ったハーブリエル・メツーの二枚の絵。≪手紙を書く男≫と≪手紙を読む女≫。とても良い。

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メツー《手紙を書く男》と《手紙を読む女》(1662-66)