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Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

書物の敵

 ラングの『書斎』のなかで何度も言及されていて、読みたくなった本。ずいぶん昔に購入したのにずっと手をつけずにいたので、今がチャンス、とばかりに手に取ってみた。

書物の敵

書物の敵

 

ウィリアム・ブレイズ(髙橋勇訳、髙宮和行監修)『書物の敵』八坂書房、2004年。


 タイトルのとおり、さまざまな「書物の敵」とその脅威に対する防御策を説いた本である。第一章は「火」、第二章は「水」、つづいて「ガスと熱気」、さらには「埃と粗略」などなど、ほんとうに題名どおりの内容を持った本なのだ。原書刊行当時の図版がたくさん載せられていて、眺めているだけでも楽しい。紹介できないのが残念でならないが、愛書家を戦慄させる挿絵、とりわけ「図書館内で衣服の埃を払う用務員」や「キャクストン版『カンタベリー物語』を暖炉の焚きつけに使う掃除婦」など、機会があったらぜひのぞいてみて欲しい。

 この本は1880年に初版が刊行されて以来好評を博し、1888年にはとりわけ重要な増補改訂版が刊行されたそうで、訳者はもちろんこちらの改訂版を底本にしている。初版刊行後に読者や友人から寄せられたエピソードも盛り込んだ版、ということで、そのために内容が豊富になった部分ももちろんあるのだろうが、正直なところ、それぞれの章があまりにもぶつ切りなエピソードの集まりとなっているような印象も覚えた。話に連続性がない分、200ページほどの薄い本であるにもかかわらず、なかなかすいすいとは読ませてくれない。これから読もうという人には、ちょうど日記や書簡集を読むつもりで、ゆっくりと味わうことを薦めたい。

 火や水の脅威に関してもおもしろい話がたくさんあったのだが、とりわけ印象的だったのは「紙魚(しみ)」の生態研究だ。そういえばラングも、この「謎の虫」を語る文脈のなかでウィリアム・ブレイズの名前を挙げていたのだった。表紙にもこの虫の肖像が載せられているくらいなので、この『書物の敵』はやはり紙魚研究の書として人口に膾炙しているものらしい。

「だが一般に、詳細な伝記よりも肖像画のほうが先に出回るもので、好奇心の強い読者諸賢は、昔から様々な人間を悩ませてきたこの「大胆不敵な生きもの」とはそもいかなる形をしているのか知りたいと望まれるかもしれない。ところがいざ始めてみると、深刻でしかもカメレオンのように変幻自在な困難が待ちうけているのだ。もし著述家の言を真に受けるなら、その書き手の数ほど多種多様な、大きさも形もそれぞれ異なる紙魚が存在することになってしまうからだ」(92~93ページ)

 とはいえ、紙魚、と言われても、現代の読者としてはあまり実感がわかない。戦前古書もほとんど持っていないし、パリの国立図書館に通っていたときですら、あきらかな虫喰いの被害で判読不可能になってしまったような本は見たことがない。19世紀以前の愛書家たちをこれほどまでに戦慄させた脅威は、今では影をひそめてしまったのだろうか?

「今世紀には虫の食糧に適した本が少ない、ということは前に述べた。現代の紙は混ぜ物がとても多いため、結果として紙魚が手を出さなくなっている。紙の繊維によく混ぜられている陶土や漂白剤、パリの石膏、重晶石から採れる硫酸塩といったものについては、本能がそれを口にするのを禁じているようで、今までのところ古き学問について語る博識のページ諸君は、時の魔の手を逃れんとする競争においては現代のゴミのような書物に対してきわめて分が悪い」(110~111ページ)

 とはいえ、ブレイズの筆からほとばしり出る危機感は現代読者をも恐怖で凍りつかせるのに十分なものだ。「ガスと熱気」について語られた章も、電気が当たり前であるからといって、まったく無視できるというものではない。だが、この脅威を味わうことはそうそうできないだろうな、と思うものもある。製本屋の脅威だ。

「人間と同様に、書物にも魂と肉体がある。魂の部分、つまり内容については取りあえずここでは関わりがないものとしよう。肉体――外形あるいは装丁からなり、これがなければ本の中身も使いようがない――が製本屋のもっぱら取りあつかう分野となっている。いわば、彼がそれを生み出すのだ。形と装飾を決め、病気になったり衰弱した際には治療をほどこし、死後に検死解剖をするのもまれではない」(124ページ)

「書物によっては装丁に記されたタイトルのために忍びがたい恥辱を蒙っている。ゴシック体で印刷された十五世紀の騎士道に関する四つ折版が、「訓話集」などと題されていたらどうだろう。あるいはウェルギリウスの翻訳が「説教集」と名づけられていたとしたら! キャクストン印行の『トロイ歴史集成』は、いまだに背表紙に「ヘラクレス」とやられたまま現存している。この名前が書物の始めの方に幾度か現れ、そして製本屋は誰かに内容について尋ねるのを潔しとしなかったからだ。「雑録」とか「古文書」とかいった単語は、製本屋がタイトル付けに困ったときに使用されることがある。同様の例は他にもたくさん挙げられよう」(131ページ)

 ギリシア語やラテン語で書かれた古典作品が、どれもかなり直球なネーミングとなっている理由は、ひょっとするとここにあるのかもしれない、と思った。『何々について』というタイトルの本が、あの時代にはなんと多いことだろう!

 それから、ラングの名前を挙げたので、以下の文章も紹介しておきたい。

「最高の装丁がされた本を保管するにはガラス戸つきの書棚が適している、と考えるのもまた誤りだ。湿気を帯びた空気は必ず侵入するし、空気が入れ替わらないためにカビが発生しやすいから、開架式の書棚に置くよりも書物にとっては環境が悪い。防犯を目的とするならば、なんとしてでもガラス戸はやめて、代わりに真鍮の装飾枠を取りつけるべきだ。昔の料理本の著者たちは特別レシピに「自身の経験による」との証明の印を捺したものだが、同様に私もこう言おう。「以上証明済」と」(43ページ)

 この一節に対して、ラングが以下のような反論をしていたことは記憶に新しい。

「ウィリアム・ブレーズ氏は、その著『書物の敵』(トリュブナー書房、1880年刊)の中で、ガラス戸棚をけなしておられる、――<通風の欠如が黴の発生を助ける>として。しかしルーヴェイル氏はこう勧めている、晴れた日には空気が入れ換わるよう、戸を開き、そして、蛾が入り込んで、宝物のあいだに卵を産みつけないよう、夕刻には閉じるようにすればよいと。それにブレーズ氏のご意見も一理はあるが、ガラス戸棚は埃を締め出すのに役立つように思われる」(アンドルー・ラング生田耕作訳)『書斎』白水社、1982年、57ページ)

 ところが、である。『書物の敵』の、先に挙げた文章の訳注に、とんでもないことが書かれていたのだ。

「しかし興味深いことに、現在ロンドンのセント・ブライド印刷図書館で使用されているブレイズ自身の書棚はガラス戸が取りつけられた形式のものである」(訳注、43ページ)

 ガラス戸、使ってるじゃん! ラングが知ったら手を叩いて喜んだにちがいないエピソードである。つまり、長いこと締めきったままにしなければ、ガラス戸はやはり有効な書物保管の手段なのだ。以上証明済。

 紹介したいエピソードはほかにもたくさんある。まず、死者となってからも蔵書を他人の自由にはさせまいと心に誓った人びと。これなんてまさに、オクターヴ・ユザンヌの短篇小説『愛書家鑑』を生んだ源である。

「自分の宝物を来世まで持っていかれないからといって、この世での使用をあらゆる手段で妨害しようとするたぐいの書物狂・用心深すぎる所有者なども、私としては「敵」の一味に含めたいところだ。かの著名な日記作者サミュエル・ピープス老の、とても興味深い蔵書の使用許可を取りつけるのがどんなに困難であることか! この蔵書はピープス本人によって用意された同型の書架に収められ、ケンブリッジ大学モードリン学寮に保管されている。だがしかし、この学寮の研究員二人を同伴しない限り、なんぴとたりとも入館の許しを得ることができない。もし本が一冊でも失われたなら、全蔵書はただちに近隣の他学寮に移管されてしまうからだ。どう考えたって、いかに感謝の念を示すのにやぶさかでない、むしろ望むところであったとしても、二人もの研究員の時間(忍耐力とまではいわないけれども)を自分のために擦りへらしてもらってまで蔵書を利用しようなどとは誰も思うまい。ハールレムのテイラー博物館でも似たような規制が幅を利かせており、その所蔵する数多くの宝を終身禁固刑に処している」(148~149ページ)

 それから、女性が書物の敵であるというのは、ラングに先立ってブレイズも書いていることだった。ラングのように例外をたくさん挙げたりはしていないので、ブレイズは愛書家の女性たちには嫌われることだろう。とはいえその筆致も、公然と糾弾する、というようなものではなく、ラングと同様、おそるおそる、という感じである。女って怖いもんね。

「なぜに女という輩は(神よ、われを許したまえ!)男の書庫の中身を、そして掃除が必要かどうかをやたらと気にするのだろう。私の息子たちの遊び部屋は、大工用の作業台や旋盤、果てしないほどのごみくずで散らかっているのに、整頓されたことはついぞない。(もしかすると整頓が不可能であるか、あるいは子供たちの若々しい活力はそんなことに耐えられないのかもしれないけれども。)だというのに、私の仕事部屋の方はなんとしても毎日掃除する必要があるのだと、「本や書類を動かしたら必ず元の場所に戻すから」との空約束までして主張するのである。こういう扱いが続くことにより惹きおこされる損害は測りしれない。時期によってはこの約束がより誠実に守られることもある。だが書物愛好家であれば、独身であれ既婚であれ、三月十五日には注意する必要があろう。二月が終わって去るやいなや、主婦はなにやら落ち着かぬ気分に取りつかれる。これは日に日に強まっていき、三月の半ばにもなるとついには支配的になる。このころ、貴兄が家を一日二日留守にしまいか、ちらちらと質問が投げかけられる。気をつけられよ! 「春の大掃除」なる熱病が進行中なのだ。しっかと立っていなければきっと後悔なさることだろう。もし運命の女神がそう命ずるのであればやむを得ない、外出なさるがよい。だが貴兄の領地の鍵は身につけていくように」(154~155ページ)

 それから子どもについて。ブレイズは愛書家の友人から寄せられた恐るべきエピソードを紹介しているのだが、そのまえにこんなことも書いているので挙げておきたい。

「書物の健康を維持するためにもっともよい方法は、自分の子供のように取り扱うことだ。空気が不浄であったり、暑すぎたり寒すぎたり、あるいはじめじめしていたり乾きすぎたりしている場所に子供を閉じこめておいたら、その子は当然のように病気になるだろう。学問の子たる書物についても、それはまったく同じなのである」(50ページ)

 きっとブレイズは子煩悩な父親だったのだろう。じっさいほかの箇所でも、病気にかかった娘に図版の豊富な一冊を与え、無残な姿に変えられたという話をしながら、それでも彼女を責めるべきではない、と擁護さえしている。だが、以下のような子どもは、さすがに彼も守ってはやれないにちがいない。

「ある夏の日、彼は長年海外に出ていた知己と街で会った。相手の古書好きが昔と変わっていないのが分かったので、彼は友人を自宅に招待し、「十五世紀もの」やその他の書物からなる精神のためのご馳走を振舞い、夕食の席でのいま少し品の悪い慰みの前座にしようと考えた。彼の「自宅」はロンドン郊外にある古い邸宅で、建物自体が黒字体や羊皮紙を連想させる。やんぬるかな! 天候は雨であった。家に近づくにつれ、高らかな笑声が二人の耳に届く。彼の息子たちが幾人かの年若い友人を招いて誕生会を開いているところだったのである。雨のために外で遊ぶことが全くできないなか、勝手に過ごすようにと放っておかれたために、彼らはついに書斎への侵入を果たしていた。折しもバラクラヴァの戦い直後のことで、その激戦地における兵士たちの勇猛ぶりを国中の誰もが称えていたものだ。かくして腕白小悪魔どもはイギリス軍とロシア軍の二陣営に分かれていた。ロシア側は室内を占め、書棚の下のほうから引っ張り出した古い二つ折本、四つ折本でおよそ四フィートもの高さの塁壁を築いて、その後ろに陣取っている。それは教父たち、十五世紀の年代記、地方史、チョーサー、リドゲイトなどなどからなる胸壁であった。数ヤード離れたところはイギリス軍の陣地で、小さな本を砲弾として積み上げ、それをば敵陣に向かって雨あられと打ち込み続けていた。この情景を思い描いてみるといい! 二人の初老の紳士は慌てて部屋に入っていったのだが、家長は――決して故意に投げつけられたのではないけれども――『失楽園』の初版の一撃をみぞおちに受け、客人のほうは四つ折版『ハムレット』と人生でこれまでなかったほど親密な関係を築くのをかろうじて回避する羽目になった。終幕はといえば――大いなる怒りが爆発し、兵士たちは迅速に撤退、そして多くの負傷者(本)が戦場に置き去りにされたのだった」(162~165ページ)

 この文章のあいだに載せられた挿絵、「書斎で大暴れする子供たち」も、一見の価値がある。友人に子どもが産まれたら、そいつと縁を切ろう、とさえ思った。

「自分の祖先の記念碑をまるで気にかけないような人々、あるいは馬のこと、ホップの値段のことを話しているときのほかは心がまるで高揚しないような人々がいるが、そうした感性の欠如を羨ましいとは私は思わない。こういう輩にとっては、孤独とはすなわち退屈を意味し、どんな相手であれ同伴者がいるほうが独りよりもずっと好ましいのだ。静けさの喜び、心の活力の回復といったことを、彼らはほとんど知らない。もし愛書家となったならば、大金持ちですらその労苦を軽減し、寿命をいくらか延ばし、そして日々の喜びを倍にすることができよう。いっぽう書物を愛する実業家にとっては、たとえ彼が一日じゅう生活のために戦い抜き、挫折や心配事にいらいらしたとしても、ひとたびおのれの聖域に戻れば――全てのものが自分に歓迎の挨拶を送り、全ての書物が自分の友人であるような、そんな聖域に戻ったときには――喜ばしい休息の聖なるひとときがその眼前に開けることになるのだ!」(172~173ページ)

 この訳書にはどういうわけか「監修者」なる人物がいて、「訳者あとがき」のさらにあとに、その髙宮和行氏がちょっとした文章を寄せている。最近の興味深い事例などが報告されていて、これもとてもおもしろかった。

「ブレイズは蒐集家の身勝手の中に、貴重書は蒐集するものの購入して我が家に届いた書物には目もくれないトマス・フィリップス卿などを挙げているが、この批判は少し酷だと思われる。彼の蒐集によって救われた中世写本の断片も多いからだ。わたしなら、書物を身勝手に扱った蒐集家として、同じヴィクトリア朝の著名な美術評論家ジョン・ラスキンを槍玉に挙げたいと思う。なぜなら、環境保護主義の元祖でもあったラスキンは、大きすぎて書棚に入らないからといって、書物の天と地をのこぎりで切り落としていたのだ」(髙宮和行「書物の敵あれこれ(監修者のあとがき)」より、213ページ)

 ラスキン、なにしてんだよ! プルーストラスキンの熱烈な愛読者だったのは有名な話だが、まさかこんなところまで規範としていたらどうしよう、と思う。

「さて、今日における書物の最大の敵とは何だろう。ひょっとすると「第二の文盲」、これこそ最大の敵かもしれない。地球上に何千万と存在する文盲は国際的な大問題である。しかし、文字が読めても書物を読まない「第二の文盲」の人口は、世界的に増大しているのではないか。コンピュータ・ゲームにはまり、「ケータイ」にはまり、書物を読まない層が書物の最大の敵となるのは、時間の問題かもしれない。その前に何か手を打たなければならない時が来ている」(髙宮和行「書物の敵あれこれ(監修者のあとがき)」より、218ページ)

 ところで、これがおもしろい本であることはまちがいないと断言したうえで、膨大な注釈については文句を言っておきたい。この本の性格について、髙宮氏は以下のように書いている。

ヴィクトリア朝の独特の英語で書かれ、イギリスの同時代人にしか思い出せない、今となってはマイナーな人物や出来事への言及が多い本書の完訳は、今まで世に出なかった」(髙宮和行「書物の敵あれこれ(監修者のあとがき)」より、203ページ)

 だが、正直なところ、研究者でもない一般読者にとっては「マイナーな人物」の略歴などはあまり興味がない。つまり、まったく必要のない注がかなり多いように思えたのだ。いや、そう思うのなら注釈を飛ばせばいいのだけれど、一般読者というものは、言い換えればわたしは、そんなに器用ではない。というか、原著者も訳者も監修者も、良くも悪くも研究者気質のかなり強い人たちなのだ。ユザンヌほどとは言わないまでも、せめてラング程度には、ユーモラスに書いて欲しかったものだ。ほとんどの読者にしてみれば網羅的である必要などないのだから、膨大な注釈は必要最低限な情報に抑えて、割注などにしても良かったのではないか、と思う(書き忘れていたが、本書は本文と注釈で上下二段組みになっている)。それだと薄くなりすぎてしまうかもしれないけれど。

 とはいえ、そんな文句も些事にすぎない。研究者の使用にも耐える訳書を、と考えるのは、学者にとっては自然なことだろう。一般読者を徹底的に寄せ付けないというわけではぜんぜんないので、蔵書の保存状態が気になる人には一読を薦めたい。目から鱗、とまでは言わないまでも、背筋が凍る体験をたくさん味わえるだろう。またときどき読み返したい。

書物の敵

書物の敵

 


<読みたくなった本>
リチャード・ド・ベリー『フィロビブロン』

フィロビブロン―書物への愛 (講談社学術文庫)

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ルチャーノ・カンフォラ『アレクサンドリア図書館の謎』

アレクサンドリア図書館の謎―古代の知の宝庫を読み解く

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