Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

雑記:ペレックが死ぬまでにしたい50のこと

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 以前フランスの大学に通っていたときに、教授から奇妙な紙を渡されたことがあった。「好きでしょ?」と言われながら。最上部に「Georges Pérec : Cinquante choses que je voudrais faire avant de mourir」とある。つまり、「ジョルジュ・ペレック:死ぬまでにしたい50のこと」と書かれていたのだ。すぐに読み、げらげら笑って、翌日には感想を伝えた。自分が持っているどの本にも掲載されていなかったので、教授に出典を尋ねてみたのだが、わからないという。「じゃあペレックの作品だという保証はないの?」と訊くと、「うん、まあ。でも、ペレックしか書きそうもないよね」という答え。たしかに、と思った。まさしくペレックしか書きそうもないようなリストなのだ。

 先日、あるきっかけ(ヘンリー・ジェイムズを薦めて頂いたこと)から、このリストのことを思い出した。ペレックについて、いまさらなにかを説明する必要はないだろう。それに、彼がどんなひとだったか、というのは、このリストに集約されているように思える。出典不明の小品とはいえ、とてもおもしろい作品なので、いつもどおり誤訳にびくびくしながら訳出してみた。原文も付したので、もっといい訳文を思いつかれた方には、どんどんご指摘頂きたい(きっといくらでもあることでしょう)。


ジョルジュ・ペレック:死ぬまでにしたい50のこと≫
Georges Pérec : Cinquante choses que je voudrais faire avant de mourir

1. バトー・ムーシュに乗りたい。
Je voudrais monter en bateau mouche.
注:「バトー・ムーシュ」とはセーヌ川を走る、パリの観光遊覧船のこと。ヴェネツィア人がゴンドラに乗りたがる、もしくは東京に住んでいるひとが東京タワーに行きたがるようなもの。

2. どうして持ち続けているのかもわからずに持っているたくさんのものを、捨てる決心がしたい。
Me décider à jeter un certain nombre de choses que je garde sans savoir pourquoi je les garde.

3. 一度でいいから、きっちり書斎を整理したい。
Ranger ma bibliothèque une bonne fois pour toutes.

4. いくつかの家電製品を買ってみたい。たとえば洗濯機。使ってみたら、すばらしく便利だった。
Faire l’acquisition de divers appareils électroménagers. Une machine à laver le linge par exemple. J’ai essayé, c’est très commode.

5. 医者にこう言われるまえに、煙草をやめたい。「おわかりでしょう……」
M’arrêter de fumer avant qu’un médecin : vous savez…

6. いつもとちがう服装をしてみたい。チョッキも付いた三つ揃いのスーツを仕立ててもらいたい。
M’habiller de façon différente, me faire confectionner un costume trois pièces avec un gilet.

7. ホテル暮らし。
Aller vivre à l’hôtel.

8. 田舎暮らし。
Vivre à la campagne.

9. 外国の大都市で長期間暮らしてみたい。たとえばロンドンで。とはいえ、きっとこれはほんとうにやる。
Aller vivre assez longtemps dans une grande ville étrangère, à Londres, par exemple. Mais ça, je le ferai sans doute.

10. 時間と空間に関する夢もある。たとえば赤道と日付変更線とが交わるところを、正午に通る。
Je fais aussi des rêves de temps et d’espace comme par exemple : passer par l’intersection de l’équateur et la ligne de changement de date. Y passer à midi.

11. あの世、もしくは、せめて極圏まで行ってみたい。
Aller au-delà ou au moins jusqu’au cercle polaire.

12. 時間を超越した体験をしてみたい。時間がなく、時間を示すものもないような。
Vivre une expérience hors du temps. Sans heure, sans point de repère temporel.
注:「hors du temps」は、慣用句的に意訳すれば「浮世離れした」となる。

13. 潜水艦で旅行。
Faire un voyage en sous-marin.

14. 大型船で長い旅行。
Faire un long voyage sur un navire.

15. 気球で旅行。飛行船でもいい。
Faire un voyage en ballon, en dirigeable.

16. ケルゲレン諸島へ行く。その名前、距離、孤立性に惹かれるし、岩だらけの海山なのもいい。もしくは、トリスタン・ダ・クーニャに行く。
Aller aux îles Kerguelen. A cause du nom, de la distance, de l’éloignement, et parce que c’est un piton rocheux. Ou à Tristan da Cunha.
注:ケルゲレン諸島は南極付近の島々。フランス領。何度か定住が試みられてはいるが、ひとが住める環境ではないらしい。トリスタン・ダ・クーニャは南太平洋に浮かぶイギリス領の火山島。「世界一孤立した有人島」で、ギネスブックにも登録されているとのこと。

17. モロッコからはじめて、トンブクトゥまで行きたい。52日間かけて、ラクダの背に乗って。
Aller au Maroc, à Tombouctou, à dos de chameau en 52 jours.

18. 時間をかけて、しっかり究明してみたいことがいくつかある。アルデンヌ山地にも行きたいし、バイロイトにも、プラハにも、ウィーンやプラドにも行ってみたい。
Il y a des choses que je voudrais avoir le temps de bien découvrir : aller dans les Ardennes. Aller à Bayreuth. Aller à Prague, à Vienne ou au Prado.

19. ラム酒を飲みたい。海の底から発見された、1650年産のラム酒を。
Boire du rhum trouvé au fond de la mer, du rhum de 1650.

20. ヘンリー・ジェイムズを読む時間が欲しい。
Avoir le temps de lire Henry James.

21. 運河を航行してみたい。艀(はしけ)や、平底船で。
Voyager sur des canaux. En chaland, en péniche.

22. 習得したいこともいくつかある。たとえばルービック・キューブの解法。それにクラリネットの奏法、ジャズのやり方も。外国語も覚えてみたい。自分にはイタリア語がいちばん簡単だろう。印刷術も習得したい。
Il y aussi les choses que j’aimerais apprendre : Trouver la solution du cube hongrois. Apprendre à jouer de la clarinette, faire du jazz. Apprendre une langue étrangère, l’italien serait pour moi le plus simple. Apprendre le métier d’imprimeur.

23. 絵を描きたい。しかも、これこそがいちばん最初にやってみたいことだ。
Faire de la peinture. C’est d’ailleurs ce que je voulais faire au départ.

24. もちろん、作家という仕事と関係が深い、いくつかの計画もある。
Il y a bien sûr les choses liées à mon travail d’écrivain, des projets :

25. 生後六ヶ月から四歳までの、まだ読むことを知らない、ごくごく小さな子どもたちのために書いてみたい。
Ecrire pour les tout petits enfants entre six mois et quatre ans, ceux qui ne savent pas lire.

26. SF小説も書いてみたい。
Ecrire un roman de science-fiction.

27. 5000人のキルギス人たちが草原を走りまわる、アドベンチャー映画のシナリオも書いてみたい。壮大なやつを。
Ecrire un scénario de film d’aventures avec 5000 kirghizes cavalant dans la steppe. Faire un film grandiose.

28. ほんとうの連載小説を書いてみたい。原稿を毎日提出するやつ。ちょうど新聞の一部を占領しつづけた、シムノンのように。
Ecrire un vrai roman-feuilleton. Fournir ma copie tous les jours. Comme Simenon qui s’installait dans le hall de son journal et qui écrivait là.

29. バンド=デシネ作家といっしょに仕事をしてみたい。
Travailler avec un dessinateur de BD.
注:「バンド=デシネ(BD, bande dessinée)」はフランスの漫画。

30. シャンソンを書いてみたい。アンナ・プリュクナルのために。
Ecrire des chansons. Pour Anna Prucnal.
注:アンナ・プリュクナル(1940-)はフランスの女優・歌手。ポーランド出身。

31. 木を植えたい。その生長の様子を見るために。
Planter un arbre pour le regarder pousser.

32. それから、やりたかったけれどもう不可能なこともある。たとえば、マルコム・ラウリーと酔っぱらうとか。ウラジーミル・ナボコフと知り合うとか。
Et puis il y a les choses impossibles que j’aurais aimé faire, comme me saouler avec Malcolm Lowry. Ou faire la connaissance de Vladimir Nabokov.
注:マルコム・ラウリー(1909-1957)はイギリスの詩人・小説家で、『火山の下』の著者。ナボコフの没年は1977年。

33. まだ37個しか挙げてないけど、もう十分でしょう!
Ca fait trente-sept choses seulement, mais ça suffit !
注:原文の改行どおりなら、まだ33個です。

 以上、おもしろさが伝わっていれば嬉しい。

 ところで、またしてもしつこく調べてみたところ、とうとう、おそらくこれで間違いないだろうと思える出典を発見した。これは1981年11月に放送されたFrance Culture局のテレビ番組、そのインタビューに対するペレックの回答だったのだ。紙媒体としてはその後『テレラマ誌』の1989年9月13日号に掲載され、放送の模様は映画『エリス島物語』と併せて、2007年にINA社からDVD化もされているらしい。しかも、わたしが教授からもらった紙とは、テキストの異同があるようだ。そちらの版では、挙げられている「願望」の数は36だという(とはいえそれでも、ペレックの計算では37。ペレックはいつも、素数に異常なこだわりを抱いている)。興味のあるかたは、こちらのホームページを参照してみてほしい。