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Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

Aristotle and Dante Discover the Secrets of the Universe

 職場の同僚であるスリランカ人とパレスチナ人の女の子たちから、同時に薦められた本。英語の本を読むのはじつに久しぶりで、正直不安でいっぱいだったのだが、意外にもすんなり読み進められてちょっと興奮した。メキシコ系アメリカ人の書いた、アメリカでは四つもの文学賞を受賞し、現在進行形で大変よく売れている作品。

ARISTOTLE AND DANTE DISCOVER THE SECRETS OF THE UNIVERSE

ARISTOTLE AND DANTE DISCOVER THE SECRETS OF THE UNIVERSE

 

Benjamin Alire Sáenz, Aristotle and Dante Discover the Secrets of the Universe, Simon & Schuster, 2014.


 英文書の書店の棚での分類は和書とはかなり異なっていて、これは「ヤングアダルト(Young-adult)」に配架される類いの本だ。この「ヤングアダルト」という単語がまたくせ者で、一概に「児童文学」と訳す気にはなれない。そもそも「児童文学」は「Juvenile Literature」であるはずだし、わたしが日本語で「児童文学」と言うとき、とりわけそれが海外の作品である場合、そこには常に石井桃子の影があり、『たのしい川べ』や『ドリトル先生アフリカゆき』といった、とりわけ岩波少年文庫のラインナップが浮かぶのである(『ドリトル先生アフリカゆき』は井伏鱒二の訳業だが、ご存じのとおり背後には彼女の推薦が潜んでいる)。だが、現在の「ヤングアダルト」の趨勢は、これらの作品とは雰囲気がまるで異なっている。『トワイライト』であったり『ハンガー・ゲーム』であったりに代表されるこの書棚は、もはや日本のライトノベルに近いとさえ思う。なんというか、執筆の段階で著者の映像化への期待が見て取れ、文学作品の勘所であるはずの文章、とりわけ地の文と呼ばれる部分の輝き、けっして映像化することのできない部分が、疎かにされているように思えてならないのだ。

 この口ぶりからも、わたしがこの分野を完全に舐めてかかっていることがはっきり察せられると思うが、それでも今回この本を手に取ったのは、わたしのような人間と本の話をしてくれる数少ない友人が、これを薦めてくれたからにほかならない。タイトルが良いではないか。「アリストテレスとダンテが宇宙の神秘を暴く」とある。薦められてすぐさま、「ヨースタイン・ゴルデルの『ソフィーの世界』みたいな本?」と質問したのだが、彼女らは『ソフィーの世界』を読んではいなかった。わたしは哲学について子ども向けに書かれた本かと思ったのだ。ちなみに、彼女らはわたしよりも十歳ほど若いので、わたしが彼女たちよりも多くの冊数を読んでいるのは当然のことである。「ええい、ままよ」と、哲学的な示唆を期待して読み始めたのだが、アリストテレスとダンテというのは、主人公たちの名前であることがすぐに判明した。

「I kind of liked his voice. He sounded like he had a cold, you know, like he was about to lose his voice. "You talk funny," I said.
 "Allergies," he said.
 "What are you allergic to?"
 "The air," he said.
 That made me laugh.
 "My name's Dante," he said.
 That made me laugh harder. "Sorry," I said.
 "It's okay. People laugh at my name."
 "No, no," I said. "See, it's just that my name's Aristotle."
 His eyes lit up. I mean, the guy was ready to listen to every word I said.
 "Aristotle," I repeated.
 Then we both kind of went a little crazy. Laughing.」(pp.17-18)
「彼の声が気に入った。風邪でもひいてるみたいで、なんかこう、今にも声が出なくなりそうなんだ。「変な喋り方をするね」と言った。
 「アレルギーなんだ」と彼。
 「なんのアレルギー?」
 「空気」と彼が言った。
 ぼくは笑った。
 「ダンテっていうんだ」と彼。
 ぼくはますます笑った。「ごめん」
 「いいよ。みんな、ぼくの名前を聞くと笑うんだ」
 「いや、ちがうんだ」とぼく。「じつはぼくの名前、アリストテレスっていうんだ」
 彼の目がぱっと明るくなった。つまり、一言一句聞き漏らすまいという感じだった。
 「アリストテレス」ぼくは繰り返した。
 二人ともちょっとおかしくなったみたいだった。二人して笑った」

 語り手でもある主人公の名前「Aristotle」を、ギリシア語の発音を模した日本で通常知られている「アリストテレス」と訳してはいるが、英語風にはもちろん「アリストートル」だ。おまけに、彼ら二人の主人公はメキシコ系アメリカ人なので、スペイン語風に発音するべきなのかもしれない。その場合は、「アリストートレ」となるのだろうか。ちなみに彼のもうひとつの名前は「Angel」で、天使の「エンジェル」、すなわちスペイン語では一般的な名前「アンヘル」でもある。

「Angel Aristotle Mendoza. I hated the name Angel and I'd never let anybody call me that. Every guy I knew who was named Angel was a real asshole. I didn't care for Aristotle either. And even though I knew I was named after my grandfather, I also knew I had inherited the name of the world's most famous philosopher. I hated that. Everyone expected something from me. Something I just couldn't give.」(pp.83-84)
アンヘル・アリストートレ・メンドーサ。アンヘルという名前が大嫌いで、だれにもそう呼ばせたことはなかった。アンヘルって名前の知り合いは、だれもかれもクソったればかりだった。アリストートレのほうも好きじゃなかった。おじいちゃんの名前にあやかって名付けられたのだと知ってはいても、同時に、世界でいちばん有名な哲学者の名前を受け継いだのだということもわかっていた。最悪なことだった。だれもがぼくに、なにかを期待した。ぼくにはけっして与えることのできないなにかを」

 彼はその大仰な名前に嫌気が指しており、人びとには自分のことを「アリ」と呼ばせている。15歳の少年がダンテという、同じく大仰な名前を持つ友人と出会い、いまだ理解できない人生の意味や目的を、彼との交流を通じて模索していくという話である。

「I had a rule that it was better to be bored by yourself than to be bored with someone else. I pretty much lived by that rule. Maybe that's why I didn't have any friend.」(p.17)
「ぼくはだれかといっしょに退屈するよりは一人で退屈しているほうがマシだと信じてきた。ずっとそうやって生きてきた。たぶん、だから友だちがいなかったんだろう」

 語り口はちょうど『キャッチャー・イン・ザ・ライ』のような一人称で(ただしあそこまで口汚くはない)、終始普段話しているような言葉で話が進むため、辞書を開く必要もほとんどなかったほどだ。友だちのいないアリの世界に突如として現れた少年ダンテは、彼の人生を大きく揺さぶる。

「"There is nothing in your room."
 "There's a bed, a clock radio, a rocking chair, a bookcase, some books. That's not nothing."
 "Nothing on the walls."
 "I took down my posters."
 "Why?"
 "Didn't like them."
 "You're like a monk."
 "Yeah. Aristotle the monk."
 "Don't you have hobbies?"
 "Sure. Staring at the blank walls."
 "Maybe you'll be a priest."
 "You have to believe in God to be a priest."
 "You don't believe in God? Not even a little?"
 "Maybe a little. But not a lot."
 "So you're an agnostic?"
 "Sure. A Catholic agnostic."
 That really made Dante laugh.
 "I didn't say it to be funny."
 "I know. But it is funny."
 "Do you think it's bad—to doubt?"
 "No. I think it's smart."
 "I don't think I'm so smart. Not like you, Dante."
 "You are smart, Ari. Very smart. And anyway, being smart isn't everything. People just make fun of you. My dad says it's all right if people make fun of you. You know what he said to me? He said, 'Dante, you're an intellectual. That's who you are. Don't be ashamed of that.'"
 I noticed his smile was little sad. Maybe everyone was a little sad. Maybe so.
 "Ari, I'm trying not to be ashamed."
 I knew what it was like to be ashamed. Only, Dante knew why. And I didn't.
 Dante. I really liked him. I really, really liked him.」(pp.34-35)
「「きみの部屋、なんにもないんだな」
 「ベッドも、目覚ましラジオも、揺り椅子も、本棚も、ちょっとばかりの本もある。なんにもないってわけじゃないよ」
 「壁になんにも掛かってない」
 「ポスター、はがしたんだ」
 「なんで?」
 「好きじゃなかったから」
 「まるで僧侶みたいだね」
 「うん。僧侶アリストテレスだ」
 「趣味ってもんはないの?」
 「もちろんあるさ。なにも掛かってない壁を見つめることとか」
 「きみはたぶん司祭になれるよ」
 「司祭になるには、神さまを信じなくちゃならないんだよ」
 「信じてないの? ちっとも?」
 「ちょっとは。でも、心底ってわけじゃない」
 「つまり、懐疑論者ってわけ?」
 「うん。カトリック懐疑論者ってわけ」
 この返答はダンテを大いに笑わせた。
 「おかしなことを言ったつもりじゃないんだけど」
 「わかってるよ。でもおかしい」
 「疑うのはいけないことだと思う?」
 「いや。それは賢いことだよ」
 「ぼくは賢くなんてないよ。ダンテ、きみとは違う」
 「きみは賢いよ、アリ。抜群に賢い。でもそうは言っても、賢さがすべてってわけじゃない。人びとはきっと、きみのことをからかうだろう。父さんが、からかわれても気にするなって言ってたよ。あの人、ぼくになんて言ったと思う? こう言ったんだ。『ダンテ、おまえは知識人だ。それがおまえさんだ。そのことを恥じるな』って」
 彼の笑みがすこし悲しそうなのに気がついた。きっとだれだって、すこしくらいは悲しみを抱えているんだろう。きっと。
 「アリ、ぼくは自分に恥じないように努めているんだ」
 自分に恥じるっていうのがどんな感じのものなのかは知っていた。ダンテだけが、理由まで知っていた。ぼくは知らなかった。
 ダンテ。彼のことがほんとうに好きだ。ほんとうに、ほんとうに、大好きだ」

「"Did anybody ever tell you that you weren't normal?"
 "Is that something I should aspire to?"
 "You're not. You're not normal." I shook my head. "Where did you come from?"
 "My parents had sex one night."
 I could almost imagine his parents having sex—which was a little weird. "How do you know it was night?"
 "Good point."」(p.103)
「「普通じゃないって、だれかに言われたことある?」
 「それって求めるようなことなの?」
 「きみは普通じゃないよ。ぜんぜん普通じゃない」ぼくは頭を振った。「いったいどこからやってきたのさ?」
 「ある夜、両親がセックスをして、かな」
 ほとんど彼の両親がセックスをしているところを想像するところだった。ちょっと変な感じだ。「どうして夜だってわかるの?」
 「いいところをつくね」」

 少年たちの背後にはいつも愛に溢れた魅力的な大人たちの姿があり、その愛がどんなに大きなものであるかを、アリは計りかねてさえいる。アリの家庭にはあまりにも多くの秘密があり、両親が隠しているものの正体を知ることが、彼にとっては大人になるということに直結しているのだ。

「"It's summer, Dad. I don't want to hear about work."
 "You never want to hear about work."
 Dante didn't like where the conversation was going so he tried to change the subject. "Are you going to grow a beard?"
 "No." He laughed. "It's too hot. And besides, your mother won't kiss me if I go more than a day without shaving."
 "Wow, she's strict."
 "Yup."」(p.25)
「「父さん、夏だよ。仕事の話なんか聞きたくないよ」
 「仕事の話を聞きたがることなんてないじゃないか」
 ダンテは話の行き着く先が気に入らなかったので、話題を変えようとした。「ひょっとして、髭を伸ばすつもり?」
 「まさか」彼は笑った。「暑すぎるよ。それに一日以上ほったらかしにすると、母さんがキスしてくれなくなる」
 「うわ、厳しいな」
 「なあ」」

「I smiled at him. "You know what the worst thing about adults is?"
 "No."
 "They're not always adults. But that's what I like about them."」(p.308)
「ぼくは彼に向かって微笑みかけた。「大人たちの、いちばん最低なところってなんだか知ってる?」
 「いや」
 「それはね、大人たちがいつだって大人じゃないってことだよ。でも、大人たちのそういうとこ、好きだ」」

 終始簡単な言葉で書かれているものの、だからといって話が単純というわけじゃない。その点、カミュ『異邦人』を思い出させる。詳しくは末尾の「読みたくなった本リスト」を参照してほしいが、ダンテの影響でアリは読書をはじめ、新たな語彙をいくつも獲得していくのだ。彼は言葉の意味を、もっと深いところまで追究していくようになる。それによって語り口まで複雑にならないのがこの本の優しいところだ。主人公の成長とともに語り口がどんどん難しくなっていく、というのは、ジョイスの『若い藝術家の肖像』だけで十分である。

「Words were different when they lived inside of you」(p.31)
「言葉というのは自分のものになってみると、ぜんぜん違った印象を持つ」

「So now he's in jail. Not jail. Prison. There's difference. My uncle, he gets drunk sometimes and winds up in jail. That really upsets my mom. But he gets out quick because he doesn't drive when he drinks—he just winds up in stupid places and he gets a little belligerent with people. If the word belligerent hadn't been invented, it would have been invented for my uncle when he drinks. But someone always bails him out. In prison, there's no such thing as bailing someone out. You don't get out quick. Prison is a place you get put away for a long time.」(p.182)
「いまでは彼は牢屋にいた。いや、牢屋じゃない。監獄だ。ぜんぜん違う。ぼくのおじさんは、ときどき酔っ払って牢屋にぶちこまれる羽目になった。母さんはそのたび、ひどく動揺した。でも、飲酒運転していたわけじゃないから、すぐに出てこられた――馬鹿げた場所で、ちょっと好戦的になっただけなのだ。もしも「好戦的」っていう言葉がまだなかったとしたら、酔っ払ったときのおじさんのために発明されたにちがいない。でも、いつもだれかが釈放してくれた。監獄では、だれかが釈放してくれるなんてことは起こりえない。ちょっとやそっとでは出てこれない。監獄っていうところには、もっとずっと長いことぶちこまれるものなんだ」

 ダンテがアリの世界にもたらすのは、なにも小説だけではない。絵画にも造詣が深いこの少年は、じつにさまざまなことを読者にも教えてくれる。

Did I ever tell you what my favorite painting is? It's The Raft of the Medusa by Géricault. There's a whole story behind that painting. It's based on a true story about a shipwreck and it made Géricault famous. See the thing about artists is that they tell stories. I mean, some paintings are like novels.」(p.185)
「好きな絵のこと、話したことはあったっけ? ジェリコーの『メデューズ号の筏』だよ。描かれた背景には、ものすごい話があるんだ。実際に起きた難破事件がもとになっていて、ジェリコーはこの絵で有名になった。画家のことを調べてみると、いろいろなことがわかるものだよ。なんていうか、いくつかの絵画は小説みたいなんだ」

 ちなみに以下の絵がジェリコーの『メデューズ号の筏』である。

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 これから読むひとがいるかもしれないので、どんなふうに話が進むのかは秘密にしておくべきだろう。ただ、結末にはびっくりさせられる。いや、最後までの50ページくらいは、びっくりしっぱなしになるだろう。マジかよ、と思った。読み終えたときようやく、なぜ自分がこの本を薦められたのかを理解した。だれかに薦めて、読後感を語りたくなるような本なのだ。もっと端的に言えば、物議を醸すのである。

「I looked out the window at the black clouds ahead of us. I opened the back window and smelled the rain. You could smell the rain in the desert even before a drop fell. I closed my eyes. I held my hand out and felt the first drop. It was like a kiss. The sky was kissing me. It was a nice thought. It was something Dante would have thought. I felt another drop and then another. A kiss. A kiss. And then another kiss.」(p.293)
「ぼくは窓の外、行く手に立ちこめている暗雲を見つめた。後部座席の窓を開けて、雨の匂いをかいだ。砂漠では降りはじめる前から、雨の匂いをかぐことができる。手を外に出し、最初の一滴を感じた。キスみたいだった。空がぼくにキスをしていた。いい思いつきだと思った。ダンテが考えそうなことだった。新たな一滴、それからまたべつの一滴が降りかかった。キス。キス。それからまたべつのキス」

「Even though summers were mostly made of sun and heat, summers for me were about the storms that came and went. And left me feeling alone.
 Did all boys feel alone?
 The summer sun was not meant for boys like me. Boys like me belonged to the rain.」(pp.293-294)
「夏がおもに太陽と熱でできているとはいっても、ぼくにとっての夏というのは、行ったり来たりする暴風雨のことだった。それからぼくを置き去りにしては、ひとりぼっちにさせる暴風雨。
 少年たちというのは、みんな孤独を感じているものなのだろうか?
 夏の太陽というのは、ぼくのような少年のためにあるものではなかった。ぼくは雨のものだったのだ」

 著者であるサエンスは、なにもヤングアダルト専門の作家というわけではなく、大人向けの小説も書いているらしい。彼がどんな小説家なのか、大変気になるところだ。これを機に手に取ってみたい。

「There are some words I'll never learn to spell.」(p.155)
「世の中にはけっして綴り方を学ぶことのできない言葉がある」

 自分が意外なほどスイスイと英語で本が読めるということがわかって、ものすごく興奮した。これをきっかけに、もっと気軽にどんどん手を出していこうと思っている。350ページほどの小説なのだが、あっというまに読み終えてしまった。英語で本を読んでみようと考えているひとには、うってつけの作品である。読後にはぜひ、感想を語り合いましょう。

ARISTOTLE AND DANTE DISCOVER THE SECRETS OF THE UNIVERSE

ARISTOTLE AND DANTE DISCOVER THE SECRETS OF THE UNIVERSE

 


〈読みたくなった本〉
Benjamin Alire Sáenz, Everything Begins and Ends at the Kentucky Club

Everything Begins & Ends at the Kentucky Club

Everything Begins & Ends at the Kentucky Club

 

コンラッド『闇の奥』
「All the summer, we swam and read comics and read books and argued about them. Dante had all his father's old Superman comics. He loved them. He also liked Archie and Veronica. I hated that shit. "It's not shit," he said.
 Me, I liked Batman, Spider-Man, and the Incredible Hulk.
 "Way too dark," Dante said.
 "This from a guy who loves Conrad's Heart of Darkness."
 "That's different," he said. "Conrad wrote literature."
 I was always arguing that comic books were literature too. But literature was very serious business for a guy like Dante. I don't remember ever winning an argument with him. He was a better debater. He was also a better reader. I read Conrad's book because of him. When I finished reading it, I told him I hated it. "Except," I said, "it's true. The world is dark place. Conrad's right about that."
 "Maybe your world, Ari, but not mine."
 "Yeah, yeah," I said.
 "Yeah, yeah," he said.
 The truth is, I'd lied to him. I loved the book. I thought it was the most beautiful thing I'd ever read.」(pp.19-20)
「夏のあいだじゅう、ぼくらは泳ぎ、マンガを読み、本を読み、それらについて語り合った。ダンテはお父さんの古びた『スーパーマン』をみんな持っていて、それが大好きだった。『アーチーとヴェロニカ』も気に入っていた。ぼくはこのクソみたいなマンガが大嫌いだった。「クソじゃないよ」と彼は言った。
 ぼくはと言えば、バットマン、スパイダー・マン、それから超人ハルクが好きだった。
 「なんて暗いやつ」とダンテは言った。
 「コンラッドの『闇の奥』が好きなようなやつに言われたくないね」
 「それは違うよ」と彼。「コンラッドは文学だもの」
 ぼくはいつも、マンガだって文学の一種だと言い張った。でも、ダンテのような人間にとって、文学とはもっともっとマジメなものなのだ。ダンテと言い争って、勝てた試しがない。ぼくよりもよっぽど優秀な論客で、おまけにぼくよりもよっぽど優秀な読者だった。コンラッドを読んだのは彼の影響だ。読み終えてから、ぜんぜん好きじゃなかったと話した。「一箇所だけ」とぼくは語った。「世界が暗いところだってことは認めるよ。その点、コンラッドは間違ってない」
 「きみの世界が、だろ、アリ。ぼくのはちがう」
 「そうかな」とぼく。
 「そうだよ」と彼。
 じっさいのところ、ぼくは嘘を吐いたのだった。あの本のことを、ぼくは大いに気に入っていた。これまで読んだ本のなかで、いちばん美しいと思っていたんだ」

闇の奥 (岩波文庫 赤 248-1)

闇の奥 (岩波文庫 赤 248-1)

 

William Carlos Williamsの詩集
「He pointed to the poetry book. "Really, it won't kill you."
 All afternoon, Dante cleaned. And I read that book of poems by a poet named William Carlos Williams. I'd never heard of him, but I'd never heard of anybody. And I actually understood some of it. Not all of it—but some. And I didn't hate it. That surprised me. It was interesting, not stupid or silly or sappy or overly intellectual—not any of those things that I thought poetry was. Some poems were easier than others. Some were inscrutable.」(p.29)
「彼は詩集を指して言った。「ほんとうに、詩はきみを殺したりしないから」
 午後いっぱい、ダンテは部屋の掃除をした。ぼくはそのウィリアム・カルロス・ウィリアムズなる詩人の詩集に読みふけった。聞いたことのない詩人だったけど、そもそも聞いたことのある詩人なんていやしないのだった。じっさい、いくつかの詩は理解できた。全部じゃないけど、いくつかは。しかも嫌いじゃなかった。自分でも驚いた。くだらないとか、ばかばかしいとか、まぬけとか、インテリぶってるとか、ぼくが詩について持っていたそういうイメージに反して、おもしろかった。いくつかの詩はほかのよりも簡単だった。いくつかは不可解きわまりなかった」

Selected Poems

Selected Poems

 

スタインベック怒りの葡萄
トルストイ戦争と平和
「He sat down and took out some books from his backpack. "I brought you reading material. The Grapes of Wrath and War and Peace."
 "Great," I said.
 He gave me a look. "I could have brought you more flowers."
 "I hate flowers."
 "Somehow I guessed that." He grinned at me.
 I stared at the books. "They are fucking long," I said.
 "That's the point."
 "Guess I have time."
 "Exactly."
 "You've read them?"
 "'Course I have."
 "'Course you have."」(pp.129-130)
「彼は腰かけると、リュックから本を取り出した。「読むものを持ってきたよ。『怒りの葡萄』に、『戦争と平和』」
 「いいね」とぼく。
 彼はぼくのほうを見やった。「もっと花を持ってくるべきだったな」
 「花なんてぜんぜん好きじゃない」
 「うん、そんな気がしたんだよ」彼はにやりと笑った。
 ぼくは本を見つめた。「クソみたいに長いな」
 「それがいいところさ」
 「時間はあるだろう、ってか」
 「そのとおり」
 「もう読んだの?」
 「もちろんさ」
 「もちろん、だよな」」

怒りの葡萄 (上巻) (新潮文庫)

怒りの葡萄 (上巻) (新潮文庫)

 
怒りの葡萄 (下巻) (新潮文庫)

怒りの葡萄 (下巻) (新潮文庫)

 
戦争と平和〈1〉 (新潮文庫)

戦争と平和〈1〉 (新潮文庫)

 
戦争と平和 (2) (新潮文庫)

戦争と平和 (2) (新潮文庫)

 
戦争と平和 (3) (新潮文庫)

戦争と平和 (3) (新潮文庫)

 
戦争と平和〈4〉 (新潮文庫)

戦争と平和〈4〉 (新潮文庫)

 

ヘミングウェイ日はまた昇る
「He decided that he should read The Sun Also Rises to me aloud. I wasn't going to argue with him. I was never going to out-stubborn Dante Quintana. So every day he would read a chapter of the book. And then we would talk about it.
 "It's a sad book," I said.
 "Yeah. That's why you like it."
 "Yeah," I said. "That's exactly right."」(p.141)
「彼は『日はまた昇る』をぼくに読み聞かせることにした。反論はしなかった。桁外れの頑固者ダンテ・キンタナに反論することはない。それから毎日、彼は一章ずつ読み聞かせ、ぼくらはそれについて語り合った。
 「悲しい話だね」とぼく。
 「うん。だからきみの気に入るんだよ」
 「うん」とぼく。「たしかにそのとおりだ」」

日はまた昇る (新潮文庫)

日はまた昇る (新潮文庫)