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Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

ズボンをはいた雲

 小笠原豊樹『マヤコフスキー事件』を読んで、俄然興味をかきたてられたマヤコフスキー最初期の詩集のひとつ。そういえばこの本の存在を最初に教えてくれたのは、チャトウィン『どうして僕はこんなところに』だった。土曜社が今年4月に刊行をはじめた「マヤコフスキー叢書」の記念すべき第一冊。

ズボンをはいた雲 (マヤコフスキー叢書)

ズボンをはいた雲 (マヤコフスキー叢書)

 

ヴラジーミル・マヤコフスキー小笠原豊樹訳)『ズボンをはいた雲』土曜社、2014年。


 イギリスのペーパーバックのような造りをした本で、刊行者たちがどんなふうにこの詩人と付き合っていってもらいたいのかを宣言しているような、すばらしい装幀だ。ポケットやかばんにすっぽりと入る新書版、100ページに満たない厚さ、そして圧倒的な軽さ。これほど気安く手に取れる詩集というのはそうそうなく、わたしも『マヤコフスキー事件』とともに、かなり長いこと携帯していた。100ページに満たない薄さなので、いつでもどこでも気軽に開くことができる。『マヤコフスキー事件』を読み終えたあと、同じ喫茶店でそのまま一読し、いま、これを書くためにもう一度通して読んだ。一読の経験から、すでに読んだことのあるものを読む、という気安さがさらに追加されて、この本はすでにけっして裏切らない友人のようになっている。

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そしてぼくは感じる、
「ぼく」は、ぼくには狭苦しいと。
何者かがぼくの中からしつっこく出て行こうとする。

(31ページ)
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 処女詩集は『ぼく!』という別の自費出版詩集であるが、これが書かれた当時、マヤコフスキーはまだ「二十二歳の美男子」である。良い意味での若さに満ち満ちたこの作品は、好ましい断言に満ち溢れている。たとえば「ぼくの精神には一筋の白髪もない」(17ページ)。または、「ぼくらは無数の海と太陽に一時に洗われた/ヴェネツィアの紺青以上に清く美しい!」であるとか(43~44ページ)。

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涙を満載したまなこを樽の大きさにまでぼくは見張る。
肋骨に寄りかからせろ。
飛び下りるぞ! 飛び下りるぞ! 飛び下りるぞ! 飛び下りるぞ!
肋骨が崩れた。
むりだ、心臓から飛び下りるのは!

(33ページ)
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 分別ある大人になるにつれて書けなくなってしまうこと、というのが、必ずあると思う。若いころにはそれをしたためる力が備わっていることは稀で、二十歳で『肉体の悪魔』を書いたラディゲ、二十五歳で『若きウェルテルの悩み』を書いたゲーテに対するのと同じ感情――羨望と絶望とがないまぜになった醜い嫉妬心――を、マヤコフスキーは味わわせてくれる。

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かつてぼくは思っていた。
本はこうして作られると。
詩人がひとりやって来て、
苦もなく口を開く、
と、たちまちお人好しの意気揚々たる歌が始まる。
とんでもない!
事実はこうだ。
歌が始まる前に、あいつら、
足を肉刺(まめ)だらけにして永いこと歩き回り、
心臓のへどろのなかでは、
愚かな赤腹が弱々しくもがく。
脚韻を軋ませながら、あいつらが
恋と鶯で何やらスープらしきものを煮え立たせる一方、
舌なしの町は身をよじる、
叫ぶべき語るべき言葉を持たぬ町は。

(36~37ページ)
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 二十二歳の美男子は、すでに詩人以外の何者でもない。この確信はいったいどこからやってきたのだろう。詩人以外であろうという可能性を一片も残さないこの態度は、見ていて清々しいほどである。

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よくもあなたはみずから詩人と称し、
鶉(うずら)みたいに月並みに囀る!
今日
しなければならないのは
棍棒による
頭蓋の中の世界の裁断だ!

(51ページ)
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 ちなみにこのタイトルになっている、「ズボンをはいた雲」という言葉は、この長篇詩がはじまってすぐに現れる。

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おのぞみなら、
ぼくは肉欲にとち狂い、
(それから空のように調べを変えて)
おのぞみなら、
非のうちどころなく優しくもなろう、
男どころか、ズボンをはいた雲にでも!

(19ページ)
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 巻末の「訳者のメモ」に、これについてとてもおもしろいエピソードが記されていた。マヤコフスキーはこれの執筆中、汽車のなかで乗り合わせた婦人と文学談義をし、興奮のあまりこの鮮烈な言葉を口走ってしまったというのだ。

マヤコフスキーは、しまったと内心叫んだ。ズボンをはいた雲という言い回しは、本が出るまでは秘密にしておかなきゃならないんだ。凄いイメージを惹起するこの言い回しを、もしもこの婦人が気に入って、ともだちに喋り散らしたり、あるいは自分の作品のなかで用いたりしたら、俺の本が出るときには俺の言葉の新鮮味は大打撃を被るだろう。二十世紀の10年代に世に送り出され、そのまま新鮮味を失わず、二十一世紀にまで輝き続ける筈だった言葉に、なんという軽率なことを俺は仕出かしたのか。これは、やばい!」(「訳者のメモ」より、85~86ページ)

 その後、マヤコフスキーは全然関係のない話をべらべら話しまくり、この婦人の頭から「ズボンをはいた雲」という言葉を追い出すために躍起になったという。なんと愛すべきやつだろう! 『マヤコフスキー事件』を読んでいたときにも、この種のエピソードには事欠かなかったが、やはりこれほど伝記に向いた人間というのもそうそういないと思えてくる。

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マルセイエーズのように赤い空では
のたれ死にする日没が震えていた。

もうきちがい沙汰だ。

なんにもやってこないだろう。

夜が来て、
ちょっぴり齧(かじ)ってみてから、
ぜんぶ食い尽くすだろう。

(57~58ページ)
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歩行者はすべて雨の面(つら)にしゃぶりつくされ、
馬車のなかでてかてか光るのは脂太りのレスラーたち。
ありったけの金を遣い果して食うものを食い、
やつらが爆(は)ぜると、
割れ目から脂肪がしたたり、
馬車からは濁った河のように、
食い残しのコッペパンといっしょに
未消化の古カツレツが流れ出た。

(65ページ)
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 気に入った箇所を引用しようと本を開くと、もともとの意中の詩行の隣が、宝石のように輝いてみえる。せっかくだからこれも引用しよう、と追加したのが運の尽き、次も、その次の詩句も、同じように輝いて見えてくるのだから、切り上げるタイミングを失ってしまう。以下の詩行なんて、もともとは「だってこれはひとつの王家の歴代の女王たちが/狂った男の心につぎつぎと即位しているのだから」以上を引くつもりはなかったのだ。ところがいまとなっては、「恥知らずの裸ででもいい」以下の節が、この本のなかでももっとも美しい箇所のように思えてくる。おそるべし、マヤコフスキー

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きみ!
こわがるな、
腹に汗をかいた女どもが、おれの猪首(いくび)に
濡れた山みたいに座っていても。
これはおれが生涯にわたって引きずってるんだ。
何百万もの巨大な純愛と、
何兆もの汚れたちっぽけな愛をね。
こわがるな、
またもや
裏切りの荒れ模様のなかで、
数千の美人におれが言い寄っても。
マヤコフスキーを愛する女たち!)
だってこれはひとつの王家の歴代の女王たちが
狂った男の心につぎつぎと即位しているのだから。

マリヤ、近(ちこ)う寄れ!

恥知らずの裸ででもいい、
不安に震えながらでもいい、
とにかくきみの唇の枯れることなき魅力をおくれ。
心を持つおれはかつて一度も五月まで生き長らえず、
過ぎし日々には
ただ百度目の四月があるばかり。

(68~69ページ)
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 小笠原豊樹の訳文のすばらしさはわざわざ言うまでもないが、以下の箇所はとくに際立っていると思った。はあ!

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マリヤ、
いやなのか?
いやなのか!

はあ!

それならば、再び、
暗く、うなだれて、
おれが心臓を手に取り、
涙をふりかけてから、
汽車に轢かれた足を
巣に
運ぶ
犬ころのように
心臓を運ぶだけだ。

おれが心臓の血で道路を喜ばせると
血は花となって軍服の埃にひっつくだろう。
太陽は千たびもヘロデ王のように
地球のまわりを、
洗礼者ヨハネのまわりを踊るだろう。

(71~73ページ)
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 これが「はあ!」でなかったら、ここまで鮮烈な印象を残すことはできなかったにちがいない。ロシア語ではなんと書かれているのだろうか。理解できないけれど、ここの部分の音だけでも、ロシア人の友人に読み聞かせてもらいたいとさえ思った。なにせきみ、「はあ!」だよ。はあ!

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おれはどろどろの姿で這い出て
(どぶに寝泊まりしたので)
すぐそばまで行って、
身をかがめ、
やつに耳打ちしてやろう。
――ねえ、神様さん!
あなたよく退屈しませんね、
来る日も来る日も雲のゼリーに
老いぼれまなこを浸していて。
よかったら、御存知、
善悪を知る樹の上で
メリーゴーラウンドをやらかしましょう!

(73~74ページ)
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 同じく小笠原豊樹が訳したジャック・プレヴェールの詩に「われらの父よ」というのがある。今回ここを読んだとき、その最初の4行のすばらしさを思い出した。

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天にましますわれらの父よ
天にとどまりたまえ
われらは地上にのこります
地上はときどきうつくしい

小笠原豊樹『プレヴェール詩集』13ページより)
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 ところで余談だが、『マヤコフスキー事件』でも書かれていたとおり、上記の詩行が現れる第四章は、「神に対する冒瀆」という理由で、当時の検閲によってずたずたに切り裂かれた。まあ、当時のロシアのことを考えればべつに不思議でもないが、ほとんど同時代人である1893年生まれのマヤコフスキーと、1900年生まれのプレヴェールを取り巻いていた状況の違いには、あらためて愕然とさせられる。

「ぼくは信じない、花咲くニースの存在を!」(19ページ)

 詩について断定的なことを言うと、いつか必ず後悔するので、ひとまずは自分がこの本を大いに楽しんだとだけ記すにとどめよう。『マヤコフスキー事件』の印象が薄れたころ(そんな日は来てほしくないが)、また読みなおしてみたら、きっとぜんぜん別の印象、別の詩行が輝いてみえるにちがいない。詩との付き合いほど永遠的なものはないのだ。また読み返す日が楽しみである。

ズボンをはいた雲 (マヤコフスキー叢書)

ズボンをはいた雲 (マヤコフスキー叢書)

 


〈読みたくなった本〉
エリオット『荒地』
「二十世紀の詩は、こうでなくちゃいけない。そういう作品として当時の私の前にあったのは、たとえばエリオットの『荒地』だったが、そこに『ズボンをはいた雲』が、加わった。両者を通じて、私が注目したのは、場面転換の極度の自由さ、諧謔と悲哀の勁(つよ)さの見事なバランスで、これは、我が国の先輩詩人では、西脇順三郎に、辛うじて見られるものだった」(入沢康夫マヤコフスキー『ズボンをはいた雲』讃」より、8ページ)

荒地 (岩波文庫)

荒地 (岩波文庫)