Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

The It-Doesn't-Matter Suit

 書店で児童文学の棚を眺めているときに目に止まった一冊。シルヴィア・プラスが児童文学を書いているとは知らなかったので、興味本位に手を伸ばしてみた。

The it Doesn't Matter Suit and Other Stories (Faber Children's Classics)

The it Doesn't Matter Suit and Other Stories (Faber Children's Classics)

 

Sylvia Plath, The It-Doesn't-Matter Suit and other stories, Faber & Faber, 2014.


 はっきり言って、べつに読まなくてもいい一冊だった。薄い本に三つの短篇が収められているのだが、どれもいかにも子ども向き、シルヴィア・プラスという名前から惹起される詩情はあまり感じられない。彼女のいわくつきの元夫、テッド・ヒューズの児童書『クジラがクジラになったわけ』に感動した記憶のあるわたしとしては、肩すかしをくらったような気分だった。「いわくつき」と書いたが、彼らの関係がどんなに悲惨なものだったかは、インターネットでこの二人の詩人の名前を探せばすぐに見つけられるだろう。この本の版権もヒューズ家に属しているようで、ちょっと複雑な気持ちを抱かざるをえない。

「Mama Nix was clever with a needle and thread. She took a tuck here and a stitch there. When she was through, the suit fitted Paul to a T.」(from The It-Doesn't-Matter Suit, p.17)
「ニックスのママは針仕事に通じていたので、あっちを縫い縫い、こっちを裁ち裁ちした。終えてみると、スーツはポールの身体にどんぴしゃぴったり合っていた」

 最初の短篇「The It-Doesn't-Matter Suit」は、七人兄弟の家庭に生まれた末っ子のニックスくんが、自分も兄たちのような立派なスーツが欲しいなあ、と考えていた矢先、差出人不明のスーツが一家に届く、という話である。だが、そのスーツはパパのサイズで、七歳のニックスくんにはいかにも大きすぎる。しかし、そのスーツは真っ黄色だったので、パパはこんなの着れないと、長男に譲り渡すのだ。そこからおそるべき裁縫の手腕を持つママが、長男のサイズにスーツを仕立てなおす。でも、着てみた長男も、やっぱり黄色はちょっと……、となり、次男へ、三男へと、スーツがだんだん小さくなっていくのだ。もちろん最後にはニックスくんのものになる。

 悪い話ではないのだが、長男が次男に渡した時点で、あと五回も同じやりとりが繰り返される、ということがもう予見できてしまい、黄色のスーツが兄弟それぞれの趣味に適さない、というそれぞれの理由が挙げられるものの、はっきり言って読んでいておそろしく単調だった。もうちょっと工夫しようぜ、と思う。ママの手芸の腕はすごいが。

 ふたつめの「Mrs Cherry's Kitchen」は、よっぽどおもしろい。台所に住むふたりの妖精、その名も「Salt」と「Pepper」が、同じく台所を根城とする友人たちの願いを聞き届けるという話だ。

「Now on this particular morning, the pixies received some complaints from the kitchen folk for the first time. Each one felt he could do his own work well enough, but each one of them cast longing looks at the jobs the other kitchen folk did.
 'It's not that I don't like whipping eggs,' explained Egg-Beater. 'It's just that Iron turns out such frilly white ruffled blouses for Mrs Cherry. I'm sure I could make lovely white ruffles on Mrs Cherry's blouses too, if I were given the chance. Just look how beautiful and frothy my whipped cream is! I'd like a change of chores for a day.'
 'Ssss. So would I!' sighed Iron. 'I'd like to take over Cousin Waffle-Iron's work. Mr Cherry smacks his lips over those waffly waffles. But I could make even better dents with my shiny tip. Do let me try!'
 Believe it or not, every electric appliance in Mrs Cherry's kitchen had a similar request!」(from Mrs Cherry's Kitchen, pp.44-45)
「この朝、妖精たちは初めて台所の連中から苦情を受けた。だれもが自分たちの仕事ぶりに十分自信を持ってはいたものの、だれもが台所のほかの連中の仕事に羨望のまなざしを注いでいたのだ。
 「なにも卵を泡立てるのが嫌になったってわけじゃないよ」と卵泡立て器。「アイロンのやつがあんなふうに、ミセス・チェリーのフリフリ白ブラウスを仕上げるからさ。ぼくだって機会さえ与えてもらえれば、ミセス・チェリーのブラウスに真っ白なフリフリをつくれるはずだよ。ぼくが泡立てたクリームがどんなに綺麗でふわふわか、見てごらんよ! 一日だけでいいから、仕事を交換してみたいんだ」
 「だ、だったら、おれも!」アイロンが嘆息した。「おれも従兄弟のワッフル焼き器の仕事をやってみたいんだ。ミスター・チェリーはあのワッフルのなかのワッフルに、舌鼓を打つんだぜ。でも、おれならこの輝く切っ先をもって、さらにすばらしいくぼみを作れると思うんだ。ぜひ試させてくれよ!」
 信じがたいことではあるが、ミセス・チェリーの台所のあらゆる電化製品が、似たような願望を抱いていたのだった!」

 その後の混乱、混沌はあなたの想像どおりであるが、読んでみるとたぶん想像しているよりもちょっとおもしろいと思う。ローストされたワイシャツの香りをオーブンから察知するミスター・チェリーなど。

「The right sort of Bed
 (If you see what I mean)
 Is a Bed that might
 Be a Submarine」(from The Bed Book, p.66)
「ちゃんとしたベッドというのは
 (わたしの意味が通じているのなら)
 潜水艦にだってなれちゃう
 ベッドのこと」

 最後の「The Bed Book」は、改行の豊富な、詩集から飛び出してきたような掌編。最初の「The It-Doesn't-Matter Suit」同様、ちょっとくどかった。

 冒頭に書いたとおり、ひとに薦めるほどのものではないのだが、それでも二篇目の「Mrs Cherry's Kitchen」はとても楽しかった。大変薄く、最初から最後のページまで一時間もあれば読めてしまうので、気軽な本を探しているひとにはうってつけの一冊である。次は彼女の詩集を読みたい。

The it Doesn't Matter Suit and Other Stories (Faber Children's Classics)

The it Doesn't Matter Suit and Other Stories (Faber Children's Classics)