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Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

The Reluctant Dragon

 英語で書かれた児童文学を読むのがこのところ空前のブームになっているのだが、じつはこれにどっぷり浸かりはじめたのは昨年末のことで、E・B・ホワイトの『Charlotte's Web』『Stuart Little』を読んでいたのは、ちょうどあの無闇に長い「雑記:海外文学おすすめ作家ベスト100(2014年版)」を準備していた最中なのだった。そして、あのランキング中にケネス・グレーアムの名前を入れながら、そういえば『たのしい川べ』以外の作品のことなんて聞いたこともないな、と思い、早速調べてみると、予想どおり寡作だったものの、ほかにも作品があることが判明した。しかも挿絵はあのアーネスト・シェパード! もちろん大喜びですぐさま手にとった。

The Reluctant Dragon

The Reluctant Dragon

 

Kenneth Grahame, The Reluctant Dragon, Egmont, 2008.


 驚いたことに、邦訳もあった。それもなんと複数! しかも『たのしい川べ』同様、石井桃子による翻訳さえあったのだ。1966年の学研の刊行で、これがどこからも復刊されていないというのには、ただただ驚いてしまう。ただ、ちょっと気になるのが訳題である。『おひとよしのりゅう』とあるのだ。『The Wind in the Willows』がどう訳しても『たのしい川べ』にはならないように、この原題の「Reluctant」も、どう訳したって「おひとよし」にはならない。この訳題を否定するつもりはないが、「Reluctant」はもともと「気乗りしない」とか「しぶしぶ」とかいう意味なので、本来だったら「ものぐさドラゴン」とでも訳すべきなのだ。「ものぐさドラゴン」、いい語感じゃないか! と思ったら、なんとそのまま『ものぐさドラゴン』という題で刊行された翻訳があった! 1978年刊行、金の星社の亀山龍樹訳である。また、青土社『妖精文庫』の岩瀬由佳訳、ちくま文庫のアンソロジー『ヴィクトリア朝妖精物語』中の安野玲訳も、「ものぐさドラゴン」を採用しているそうで、我が意を得たりと勝手に嬉しくなった。

「‘It’s all right, Father. Don’t you worry. It’s only a dragon.’」(p.8)
「大丈夫だよ、父さん。心配することない。ただのドラゴンさ」

「‘Well, we live and learn!’ he said to himself. ‘None of my books ever told me that dragons purred!’」(p.11)
「「なるほど、人生ってのはこれ学習だ!」彼は独りごちた。「どんな本だってドラゴンがのどをゴロゴロ鳴らすだなんて教えちゃくれなかった!」」

 これはある少年の家の近所に唐突にドラゴンが現れるという話で、たくさんの読書によってこの驚くべき存在には親しんでいた少年が、家族の動揺などどこ吹く風、ドラゴンと友だちになるという話である。ところがこのドラゴン、端的に言って詩人で、ドラゴンらしいところがぜんぜんないのだ。

「‘What’s your mind always occupied about?’ asked the Boy. ‘That’s what I want to know.’
 The dragon coloured slightly and looked away. Presently he said bashfully:
 ‘Did you ever – just for fun – try to make up poetry – verses, you know?’」(pp.16-17)
「「いつもなにをそんなに考えてるっていうのさ?」少年は尋ねた。「そいつが知りたいんだ」
 ドラゴンはちょっぴり赤らむと遠くを見やり、やがて恥ずかしそうに言った。
 「遊び半分でもなんでも、これまでに詩を、ええと、韻文ってやつをつくろうとしたことはある?」」

「‘You see there’s no getting over the hard fact that you’re a dragon, is there? And when you talk of settling down, and the neighbours, and so on, I can’t help feeling that you don’t quite realise your position. You’re an enemy of the human race, you see!’
 ‘Haven’t got an enemy in the world,’ said the dragon, cheerfully. ‘Too lazy to make ‘em, to begin with. And if I do read other fellows my poetry, I’m always ready to listen to theirs!’
 ‘Oh dear!’ cried the Boy. ‘I wish you’d try and grasp the situation properly. When the other people find you out, they’ll come after you with spears and swords and all sorts of things. You’ll have to be exterminated, according to their way of looking at it! You’re a scourge, and a pest, and a baneful monster!’」(pp.18-19)
「「きみがドラゴンだってことは曲げようのない事実なんだよ、わかるでしょ? 定住とか隣人とか、きみが言っているのを聞いていて思ったんだけど、きみは自分の立場ってものをぜんぜんわかってない。きみは、そう、人類の敵なんだよ!」
 「敵なんてどこにもいやしないさ」とドラゴンは明るく言った。「そもそも、そんなのをこさえるような気力もないしね。それに、ほかの人たちがぼくの詩に耳を傾けてくれるっていうのなら、ぼくにしたっていつでも彼らの詩を聞く心づもりさ!」
 「おい、まじかよ!」少年は叫んだ。「もうちょっと正確に状況を把握してくれなくちゃ。きみがほっつき歩いているのをほかの人たちが見たら、剣だの槍だの、あらゆる武器をもって追いかけ回すはずだよ。彼らの考え方では、きみは駆除されなくちゃならない存在なんだ! きみは災厄、疫病であって、有害な怪物なんだよ!」

 こんなどでかい怪物が近所の洞窟に住んでいることは、もちろんすぐに村の人びとの耳に入り、べつになにか被害を受けたわけでもないのに、日常に退屈しきった村人たちはやがて大騒ぎをはじめる。

「But in spite of much valiant talk no hero was found willing to take sword and spear and free the suffering village and win deathless fame; and each night’s heated discussion always ended in nothing. Meanwhile the dragon, a happy Bohemian, lolled on the turf, enjoyed the sunsets, told antediluvian anecdotes to the Boy, and polished his old verses while meditating on fresh ones.」(p.24)
「血気盛んな議論の数々にもかかわらず、剣だの槍だのをたずさえ、苦しむ村を解放して不朽の名声を獲得しようという英雄は現れなかった。毎晩交わされる熱っぽい議論は、結局いつも無為なものに終わったのだった。そのころドラゴン、この幸せな放浪者はといえば、芝生のうえでだらだら過ごし、日没を楽しみ、少年にノアの洪水以前の小話を聞かせては、新たな詩を思案しつつ、自作の古い詩に磨きをかけていたのだった」

 どうでもいいが「antediluvian」なんていう形容詞をお目にかかったのは初めてのことで、辞書で引いてみたときには大笑いした。まさか「ノアの洪水以前の」なんていう意味の形容詞が存在するだなんて!

 村人たちの大騒ぎはやがて遠方の英雄、聖ジョージを呼び寄せることになる。村人たちはこの非日常的な出来事を歓迎しつつ、親だの妹だのが食われたと、でっちあげの悲劇を聖騎士に物語っては、ドラゴンと英雄の対決を楽しみにするのである。おいおい村人、と言いたくなる箇所だ。賭けまではじめるのだが、連中は6対4でドラゴンが勝つほうに賭けてさえいるのである! 少年は慌てて友人のもとへ報告に行くのだが、われらが「ものぐさドラゴン」は、ぜんぜん興味をもたない。

「‘Don’t be violent, Boy,’ he said without looking round. ‘Sit down and get your breath, and try to remember that the noun governs the verb, and then perhaps you’ll be good enough to tell me who’s coming?’」(pp.29-30)
「「そんな乱暴な物言いはやめにしよう」彼は見向きもせずに言った。「まずは座って深呼吸、それから動詞には必ず主語が伴うってことを思い出そう。そうすればきっと、いったいだれがここに向かっているのか、ぼくに伝えられるはずだよ」

「‘O deary, deary me,’ moaned the dragon; ‘this is too awful. I won’t see him, and that’s flat. I don’t want to know the fellow at all. I’m sure he’s not nice. You must tell him to go away at once, please. Say he can write if he likes, but I can’t give him an interview. I’m not seeing anybody at present.’」(pp.30-31)
「「やれやれ、まったく」ドラゴンはうめいた。「ちょっとひどすぎるな。いや、ぜんぜん、そんなやつに会うつもりはないよ。そういう輩とはぜんぜんお近づきになりたくない。いいやつなわけないし。すぐ行って、もう近づくなって言ってきてよ。ご用件は手紙で承ります、面会はちょっとごめんなさい、って。いまはだれにも会いたくないんだ」

 少年は英雄とドラゴンの対決を阻止すべく、仲介役として奔走する。彼は仲介役として見事な手腕を発揮し、聖騎士ジョージはすぐに事情を呑み込むのだが、少年のあまりの優秀さは、しまいには聖騎士の無茶ぶりまで引き起こす。

「‘I tell you he’s a good dragon, and a friend of mine, and tells me the most beautiful stories you ever heard, all about old times and when he was little. And he’s been so kind to Mother, and Mother’d do anything for him. And Father likes him too, though Father doesn’t hold with art and poetry much, and always falls asleep when the dragon starts talking about style. But the fact is, nobody can help liking him when once they know him. He’s so engaging and so trustful, and as simple as a child!’」(p.36)
「なにを隠そう、あいつは良いドラゴンなんです。ぼくの友人で、彼がまだ小さかったころの古いお話、聞いたこともないようなすばらしいお話を語ってくれます。うちの母さんにもとても親切で、彼の頼みならなんだってすることでしょう。父さんも彼のことが気に入っています。芸術や詩のことには不案内なひとなので、ドラゴンが文体なんかについて語りはじめると、いつもすぐ眠りこけちゃいますが。じっさい、一度会ってみれば、好きにならずにはいられないようなやつなんですよ。魅力的でじつに信頼の置ける、そのうえ子どもみたいに単純なやつなんです!」

「They had descended the hill and were almost back in the village again, when St George stopped short. ‘Knew I had forgotten something,’ he said. ‘There ought to be a Princess. Terror-stricken and chained to a rock, and all that sort of thing. Boy, can’t you arrange a Princess?’」(p.52)
「彼らは丘を降りていき、聖ジョージが立ち止まったときには、もう村のすぐそばまで戻ってきていた。「なにか忘れてると思ってたんだ」と言う。「お姫さまがいないじゃないか。恐怖に怯えて、岩に縛りつけられたりしているような、こういう話につきもののお姫さまが。ねえきみ、どうにか工面できないものかな?」」

 結局、戦いは不可避というドラゴン・聖騎士双方の結論のもと、村人たちを納得させるための一騎打ちの計画が練られることになる。

「‘It might be arranged,’ said St George, thoughtfully. ‘I must spear you somewhere, of course, but I’m not bound to hurt you very much. There’s such a lot of you that there must be a few spear places somewhere. Here, for instance, just behind your foreleg. It couldn’t hurt you much, just here!’
 ‘Now you’re tickling, George,’ said the dragon, coyly. ‘No, that place won’t do at all. Even if it didn’t hurt – and I’m sure it would, awfully – it would make me laugh, and that would spoil everything.’」(pp.47-48)
「「なんとかなるだろう」聖ジョージは思案げに言った。「もちろん、どこか刺したりしなくちゃならないけれど、深手を負わせるようなつもりはない。こんなに大きな身体なんだから、どこか刺すのにうってつけの場所が一箇所くらいあるはずだ。たとえばほらここ、きみの前脚の裏っかわを、ほんの一瞬だけ。そんなに痛むはずがないよ、ほらここ!」
 「くすぐったいよ、ジョージ」とドラゴンがはにかみながら言った。「そんなところ、ぜんぜんだめだよ。痛くないにしたって――じっさいはめちゃくちゃ痛いだろうけど――そんなところ触られたら笑っちゃって、ぜんぶ台なしにしちゃうよ」」

「The Boy had secured a good front place, well up towards the cave, and was feeling as anxious as a stage-manager on a first night.」(p.55)
「少年は前列の、洞窟を見晴すのにはうってつけの場所を確保し、ちょうど舞台初日の監督のような不安を抱いていた」

 彼らの思惑はうまくいき、聖騎士によって改心した(ということになっている)ドラゴンは、村人たちに混ざって宴会にまで参加する。ドラゴンの詩的な生活は約束されたのだ。

「Banquets are always pleasant things, consisting mostly, as they do, of eating and drinking; but the specially nice thing about a banquet is that it comes when something’s over, and there’s nothing more to worry about, and to-morrow seems a long way off.」(p.72)
「宴会というのはいつだって喜ばしいもので、ちょうど彼らがやっていたとおり、飲み食いが主要な部分を占める。宴会のとりわけ良いところは、これがなにかの打ち上げ、もうなにも心配する必要のなくなったときに開かれることで、明日なんてまだまだずっと先の話のように思えるところだ」

 深刻さなどどこにもなく、いったいなんなんだよこの茶番は、という話ではあるが、ご覧のとおりものすごくおもしろく、今回引用したところ以外にもおもしろい箇所がたくさんある。原文の英語が予想していたよりもずっと難しかった、というか癖のある英語だったので、翻訳がもっと手にとりやすくなればいいと思う。ディケンズを彷彿させる19世紀のイギリス英語で、「Don't worry」と言うかわりに「Don't you worry」と言ったり、「as long as」と言うかわりに「so long as」と言ったりと、自分たちが日常的に話している英語とはぜんぜん違ったのだ。同時代人であるスティーヴンスンの『A Child's Garden of Verses』を読んでいるときには、これほどの違和感は覚えなかったのだが、いったいどういうことなのだろう。あれは韻文だったからなのだろうか。

 なんにせよ、この時代には読みたいものがたくさんあるので、この違和感とは早いところお近づきになりたいものである。

The Reluctant Dragon

The Reluctant Dragon

 


 各種の翻訳は以下。石井桃子訳の『おひとよしのりゅう』は古すぎるからか、Amazonには登録されていなかった。いま買うなら徳間書店中川千尋訳『のんきなりゅう』が比較的新しいが、挿絵がアーネスト・シェパードではないことには注意したい。

ものぐさドラゴン (1978年) (世界こどもの文学)

ものぐさドラゴン (1978年) (世界こどもの文学)

 
ものぐさドラゴン (妖精文庫)

ものぐさドラゴン (妖精文庫)

 
ヴィクトリア朝妖精物語 (ちくま文庫)

ヴィクトリア朝妖精物語 (ちくま文庫)

 
のんきなりゅう

のんきなりゅう