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Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

つむじ風、ここにあります

配架-日本文学 評価-★★★★☆(大満足) いわゆる-日本の詩 テーマ-短歌

 穂村弘の連載『短歌ください』の常連投稿者でもある、木下龍也による第一歌集。新進気鋭という言葉がぴったりの、自分よりも二つも若い青年が二年も前に刊行した歌たち。

つむじ風、ここにあります (新鋭短歌シリーズ1)

つむじ風、ここにあります (新鋭短歌シリーズ1)

 

木下龍也『つむじ風、ここにあります』書肆侃侃房、2013年。


 白状してしまうと、油断していた。舐めていた、というほうが正確かもしれない。このひとの歌には『短歌ください』で親しんでいたので、まあ、おもしろい発見の短歌に出会えるといいな、くらいにしか考えていなかったのだ。つまり、いわゆる「あるあるネタ」的な共感を得て、それ以上のものは期待すべきではないだろう、と。ページを開いてすぐに、自分は間違っていた、と悟った。斜め読み程度のつもりだったのに、気づけば前後のページを行ったり来たり、良い歌集と出会ったときに生じる特異現象、つまりあらゆるページの角が折れ曲がってしまい、本がしっかり閉じなくなってしまうほどだった。以下、『短歌ください』、とくに『その二』に掲載されていた歌たち。

  ああむこう側にいるのかこの蠅はこちら側なら殺せるのにな(12ページ)

  急停止ブレーキ音が鳴り終わり車掌がしゃべるまでの沈黙(23ページ)

  針に糸通せぬ父もメトロでは目を閉じたまま東京を縫う(50ページ)

  鮭の死を米で包んでまたさらに海苔で包んだあれが食べたい(70ページ)

  永遠に補修をされることがないビート板には誰かの歯形(79ページ)

  コンビニのバックヤードでミサイルを補充しているような感覚(89ページ)

  前線に送り込まれたおにぎりは午前三時に全滅したよ(89ページ)

  透明な電車を五本見送って見える電車を待っている朝(114ページ)

  カードキー忘れて水を買いに出て僕は世界に閉じ込められる(115ページ)

  もう君を動かす人は死にました折り畳み式自転車を折る(128ページ)

 このひとの歌のおもしろさは、めまぐるしく移り変わるその視点である。読んでいて、すっと入ってくる。とてもわかりやすい。でも、それだけではない。わかりやすさのなかに、ストーリーが潜んでいるのだ。ほんとうに、よくこの位置で立ち止まったな、と手を叩いて喝采したくなるような歌ばかり。

  液晶に指すべらせてふるさとに雨を降らせる気象予報士(6ページ)

  自販機のひかりまみれのカゲロウが喉の渇きを癒せずにいる(9ページ)

  B型の不足を叫ぶ青年が血のいれものとして僕を見る(20ページ)

  主人待つ自転車たちのサドルから黄色い肉が飛び出している(21ページ)

  レジ袋いりませんってつぶやいて今日の役目を終えた声帯(28ページ)

  たくさんの孤独が海を眺めてた等間隔に並ぶ空き缶(37ページ)

  本棚に空いた闇へと店員が差し入れている罪と罰〈上〉(41ページ)

  すれちがう人のどれかは天からの使者であるかもしれない登山(62ページ)

  あの羽は飾りなんだよ重力は天使に関与できないからね(64ページ)

  カレンダーめくり忘れていたぼくが二秒で終わらせる五・六月(64ページ)

 また、忘れられないのは、その圧倒的なユーモア感覚である。げらげら笑ってしまうような変な歌が多く、読んでいてとても楽しい。

  駅までの距離を歩数で数えたらやっぱり五百三歩目で犬(19ページ)

  休憩が終わるまであと二十分福神漬けを動かしている(24ページ)

  細々と暮らしたいからばあさんや大きな桃は捨ててきなさい(32ページ)

  カーペット味と表現したいけどカーペット食べたことがばれる(45ページ)

  タオルから犬の匂いがするのです犬など飼ったことはないのに(48ページ)

  なんとなくぐにゃぐにゃにしたクリップで牢屋の鍵がなんとなく開く(53ページ)

  ほんとうの名前を呼べばはいと言いタロウと呼べばワンと言う犬(56ページ)

  だがしかしガードレールにぶつかればガードレールの値段がわかる(72ページ)

  ぷよぷよは消える瞬間背後から刺されたような顔をしていた(80ページ)

  全国の佐藤を線で結んだら日本の地図になりませんかね(83ページ)

  端的に言うならそれは特大のピザをひとりで食うときの顔(98ページ)

  家までと言えばひきつるタクシーの運転手さん家までたのむ(100ページ)

 なかでも気に入ったのは、「なんとなくぐにゃぐにゃにしたクリップで牢屋の鍵がなんとなく開く」。その牢屋、どんだけゆるゆるなんだよ! と突っ込みたくなる。突っ込みたくなる、というのは可笑しい歌の条件のように思えてくる。以下は「おもちゃ箱」と題された一連より。

  スヌーピーみたいな顔をしやがって愛されたって知らないからな(102ページ)

  あたらしいかおではなくてあたらしいからだがほしいなんていえない(102ページ)

  ショッカーの時給を知ったライダーが力を抜いて繰り出すキック(104ページ)

  ラコステの鰐に乳首を噛まれたと購入者から苦情が届く(104ページ)

  スポーツの女神の汗を丁寧に蒸留すればポカリスエット(106ページ)

 だれだよ、ライダーにショッカーの時給を伝えたやつは。恋の歌も、変なのばっかり。このひと、ほんと、変だよ。しかも、どうも恋人に去られたり刺されたりしているのだが、べつにあまり可哀想ではない。

  帽子から生えてきたんじゃないかってくらいに君は帽子が似合う(95ページ)

  「えっ?」ていうあなたの癖がかわいくて小さな声で話しかけてる(97ページ)

  全米でナンバーワンの映画だけ観ているような女が好きだ(107ページ)

  愛してる。手をつなぎたい。キスしたい。抱きたい。(ごめん、ひとつだけ嘘)(107ページ)

  せめてものつぐないとしてケータイのロックを解除して放置する(110ページ)

  アイロンの形に焦げたシャツを見て笑ってくれるあなたがいない(111ページ)

  後ろから刺された僕のお腹からちょっと刃先が見えているなう(113ページ)

 ところが、ユーモラスな歌が多いのでケタケタ笑いながら読み進めていく最中、唐突に、ぜんぜん笑えない世界に連れ出される。以下は、一連「テレビカード」より。

  病室の窓から見えるすべてには音がないのと君は笑った(124ページ)

  「かなしい」と君の口から「しい」の風それがいちばんうつくしい風(125ページ)

  あの電車ブレーキ音がファルセットだったね僕らまた乗れるかな(126ページ)

  後ろから君の名前を呼ぶ声がするだろうけど振り向かず行け(129ページ)

 じつは上にもあげた、穂村弘も採り上げていた一首「もう君を動かす人は死にました折り畳み式自転車を折る」は、この一連に収められた歌なのだ。一連によって伝えられた文脈を知ってしまったあとでは、一首はなんと異なる響きを帯びることだろう。そして続く一連では、こんなとんでもない歌が飛び出す。

  かなしみはすべて僕らが引き受ける桜の花は上に散らない(133ページ)

 恋人の死、という、文学の題材としては現代にあっては非常に語りづらくなってしまった悲劇に対して、彼の選ぶ言葉はじつにひそやかだ。いくらでも泣き叫べるような状況にあって、「折り畳み式自転車を折る」ということにすべてを託す、その姿勢に、ちょっと感動してしまう。死はこの歌人がたくさん詠んでいるもののひとつで、あくまでコミカルに描かれてはいるのだけれど、この一連を読んでしまったあとでは、もう笑ってなどいられなくなる。これは、ジャン・ジロドゥの悲喜劇、たとえば『オンディーヌ』などを読んでいるときの感覚に似ている。笑ってページを捲っているうちに、抜き差しならないところに連れ出されてしまうのだ。

  バラバラになった男は昨日まで黄色い線の内側にいた(66ページ)

  イヤホンを外した人に最初より大きな声で死ねと伝える(71ページ)

  本屋っていつも静かに消えるよね死期を悟った猫みたいにさ(71ページ)

  致死量の光の中で猫よけのペットボトルの水を飲み干す(73ページ)

  飛び上がり自殺をきっとするだろう人に翼を与えたならば(92ページ)

  飛び降りて死ねない鳥があの窓と決めて速度を上げてゆく午後(93ページ)

 それから、じつはこの本には、とてつもない「あとがき」が付いている。いっそ全文引用してしまいたいという強い欲望に駆られているけれど、ここでは秘密とさせていただく。ぜひ、書店で自分の目で確かめてみてほしい。「もしこの本を手に取ったのならば、どうか読み逃さないでほしい」とは、歌人自身の言葉だ(「あとがき」より、140ページ)。賭けてもいいけど、書店でこの「あとがき」を読んでしまったあと、この本を買わないひとなんていない。

  花束を抱えて乗ってきた人のためにみんなでつくる空間(8ページ)

  つむじ風、ここにあります 菓子パンの袋がそっと教えてくれる(9ページ)

  中央で膝を抱える浴槽の四方のバブが溶け終わるまで(15ページ)

  風に背を向けて煙草に火をつける僕の身体はたまに役立つ(26ページ)

  遺失物保管係が遺失物ひとつひとつに名前を付ける(29ページ)

  手がかりはくたびれ具合だけだったビニール傘のひとつに触れる(40ページ)

  呼応して閉じられてゆく雨傘の最初のそれにぼくはなりたい(43ページ)

  ああこれも失敗作だロボットのくせに小鳥を愛しやがって(58ページ)

  お風呂場に新聞紙敷く「お父さん、僕は補欠になるんやろうか」(79ページ)

  前をゆくバックシートの少年が架空の銃で妻を撃ち抜く(90ページ)

  枝豆と壁の模様を見ています合コンは盛り上がっています(96ページ)

  テーブルは寡黙な獣うまれつき右前肢がすこし短い(121ページ)

 恒例のいちばん気に入った歌を無理やり決める、ということをしたいのだが、今回はとても迷った。本のタイトルにもなっている「つむじ風、ここにあります 菓子パンの袋がそっと教えてくれる」がとてもいい。ちょっと信じられないくらい良いのだが、性格の悪いわたしの天邪鬼精神が、表題の歌を選ぶなんて、と嘲笑っているのが見える。というわけで、これにしました。

  休憩が終わるまであと二十分福神漬けを動かしている(24ページ)

 よりによってこれかよ、とは自分でも思うのだが、こういう、自分の拙い予想を遥かに上回る名状しがたいものに、途方もなく惹かれてしまうのだ。わたしはこの歌に突き刺された。それだけで選出の理由には十分だと思う。この歌集は、おすすめ。

つむじ風、ここにあります (新鋭短歌シリーズ1)

つむじ風、ここにあります (新鋭短歌シリーズ1)