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Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

すみれの花の砂糖づけ

配架-日本文学 評価-★★★☆☆(満足) いわゆる-日本の詩 動物園-犬

 中東に住んでいるひとならだれでも知っているとおり、イスラム教国では先日より断食月ラマダン)に入っている。お日さまが出ているあいだは飲食禁止、という、あれである。日中はレストランなども閉まってしまうので、わたしのような非イスラム教徒にとっても、まったく無関係というわけにはいかない。わたしはもともと食が細い人間なので(一日一食で足りる)、日中に飲み食いできないというのは、べつに大した問題ではないのだが、ここに、「日中は公共の場で煙草を吸ってはいけない」という条項が付け加えられるために、事情が変わってくる。なにせ、煙草が吸えないと、息をしている気がしないのだ。というわけで、断食月中は、いつも以上に引きこもることになる。今日も、お休みだったので詩集を漁りに本屋へ行こうと考えていたのだが、煙草が吸えないことを考えた末、外出を諦めてしまった。無理、無理。でも、小池昌代に目を開かされてからというもの、日本語で書かれた詩が読みたくて仕方ない。どこかに詩が隠れていないものか、と、自宅の本の山をひっくり返してみたところ、最初に出てきたのはこの一冊だった。

すみれの花の砂糖づけ (新潮文庫)

すみれの花の砂糖づけ (新潮文庫)

 

江國香織『すみれの花の砂糖づけ』新潮文庫、2002年。


 これ、感想を書いたことがなかったんだなあ、と、ちょっと驚いている。すでに何度も読んでいる詩集なのだ。一篇が短くって、水を飲むみたいにすんなり入ってくるため、一冊をあっという間に、もったいないほどの速さで読み終えてしまえる。今回にしたって、発掘から読み終えるまでに、たぶん一時間もかかっていない。すでにいろいろなページの端が折られていて、かつての自分がどの詩を良いと思ったのかも合わせて、楽しく懐かしく読み返した。いま読んでも、これは、と思うのは、やはり以下の「父に」である。これはもう、掛け値なしにすばらしい。

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  父に


  病院という
  白い四角いとうふみたいな場所で
  あなたのいのちがすこしずつ削られていくあいだ
  私はおとこの腕の中にいました

  たとえばあなたの湯呑みはここにあるのに
  あなたはどこにもいないのですね

  むかし
  母がうっかり茶碗を割ると
  あなたはきびしい顔で私に
  かなしんではいけない
  と 言いましたね
  かたちあるものはいつか壊れるのだからと
  かなしめば ママを責めることになるからと
  あなたの唐突な
  ――そして永遠の――
  不在を
  かなしめば それはあなたを責めることになるのでしょうか

  あの日
  病院のベッドで
  もう疲れたよ
  と言ったあなたに
  ほんとうは
  じゃあもう死んでもいいよ
  と
  言ってあげたかった
  言えなかったけど。
  そのすこしまえ
  煙草をすいたいと言ったあなたにも
  ほんとうは
  じゃあもうすっちゃいなよ
  と
  言ってあげたかった
  きっともうじき死んじゃうんだから
  と。
  言えなかったけど。

  ごめんね。

  さよなら、
  私も じきにいきます。
  いまじゃないけど。


(「父に」、82~85ページ)
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 もともと、『とるにたらないものもの』阿部和重との対談(『和子の部屋』)を読むとはっきりわかるとおり、江國香織というのは、日本語の感覚にとびきり敏感なひとなのだ。小説家というのはだれしも、彼女のように、言葉に対して意識的でなければならない、とさえ思う。詩情を大切にするというのは、なにも詩人に対してのみ要求されていることではなく、物書きを自称するすべてのひとに必要なことなのだ。

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  うしなう


  私をうしないたくない
  と
  あなたはいうけれど
  私をうしなえるのは
  あなただけだよ
  遠くにいかないでほしい
  と
  あなたはいうけれど
  私を遠くにやれるのは
  あなただけだよ
  びっくりしちゃうな
  もしかしてあなた
  私をうしないかけているの?


(「うしなう」、58~59ページ)
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 音楽にまつわるエッセイ、『雨はコーラがのめない』のなかで大活躍するコッカスパニエル、雨が、この詩集ですでに姿を現していることに気がついた。

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  雨、コッカスパニエル、3ヵ月


  けさ、雨を庭にだしてみました
  はじめは しりごみしていましたが
  芝生の上をふしぎそうに歩いて
  きもちよさそうにおしっこをしました
  落ちていた白い椿の花を
  やおら ぱくりと たべてしまったので
  私はびっくりしました
  大丈夫ですよ、犬ですから
  雨は背中でそんなことを言ったようでした
  それならいいけれど
  私はそうこたえましたが心配でした
  それ、だれですか
  植込みに鼻をつっこんだ姿勢で
  雨がふいに言いました
  あなたが しじゅう考えている男
  一緒に庭にでられない男なんていないもおなじ
  さわれない男なんていないもおなじ
  僕のほうがずっと役に立ちます
  そう言って
  すこやかなうんちを一つ しました


(「雨、コッカスパニエル、3ヵ月」、114~115ページ)
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 これ以外にも、犬にただならぬ親愛の情を寄せた詩が、いくつもある。この詩集を「犬文学」に認定した理由だ。

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  ふらふら


  ばかだね
  あたしが犬なら
  飼主はあたしにそう言うだろう
  いいからここでお寝み
  あたしが犬なら
  飼主はあたしにそう言うだろう
  でもあたしは犬じゃないので
  そう言ってくれるひとをさがして
  ふらふら
  ふらふら
  してしまう


(「ふらふら」、24~25ページ)
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  深夜あなたはそこにいて


  深夜あなたはそこにいて
  私はなぜかここにいる
  犬なら遠吠えするのに
  小鳥ならとんでいけるのに
  猫なら家をすてるのに


(「深夜あなたはそこにいて」、34ページ)
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 もちろん、恋愛が主題になっているものも、数多くある。というか、江國香織の読者たちがまず求めているのは、そういう詩なのかもしれない。

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  遊園地


  キャラメルの
  男の子用のおまけみたいなあなたと
  女の子用のおまけみたいなあたしが恋をしたから
  世界は急に遊園地になった
  閉園時間なんて誰が気にする?
  ずっと
  遊んでいられるものだと思ってたのに


(「遊園地」、28ページ)
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  ばかげてあかるい日ざしのなかで


  ばかげてあかるい日ざしのなかで
  あたしはその教会の中庭に
  一人の男と立っていた
  あのガーゴイルになりたい
  と、あたしが言ったら
  一人で?
  と、男がきいた
  それで あたしたちは約束をした
  いつかガーゴイルになるときは
  いっしょに
  ぴったりくっついたかたちで
  えいえんに
  はなれないガーゴイルになろうと
  あのとき
  どうして一人でガーゴイルになってしまわなかったんだろう
  あのときなら
  男は追ってきてくれたかもしれなかったのに
  ばかげてあかるい日ざしのなかで
  いっしょに
  ガーゴイルになれたかもしれなかったのに


(「ばかげてあかるい日ざしのなかで」、48~49ページ)
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 小説作品を読んだことがあるひとなら知っていると思うが、彼女の描く肉体関係には、屈折したものが多い。でも、その性愛にいやらしさは微塵もなく、あるのは、性交というのは自然なことなんだよ、と、真っ向から告げられたときの気恥ずかしさである。快楽を恥じることなんてない、と言われてしまったときの、矛盾した羞恥心だ。

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  願い


  いつまでも いつまでも あなたと寝たい
  私の願いはそれだけです
  よあけも まひるも 夕方も
  ベッドであなたとひとつでいたい
  雨のひも 風のひも
  風邪ぎみのひも 空腹のひも
  がっしりくっついて あなたといたい
  私の細胞のひとつひとつが あなたを味わう
  あなたの細胞のひとつひとつが 私でみちる
  体中の血がいれかわるまで
  体温をすべてうばうまで
  もう足の指いっぽん動かせない
  と
  あなたが言うまで
  もう寝返りもうてない
  と
  私が言うまで
  もう首がもちあがらない
  と
  あなたが言うまで
  いつまでも いつまでも あなたと寝たい
  くっついたまま としをとりたい
  何度も何度も あなたとしたい
  地球があきれて
  自転も 公転も
  やめるまで


(「願い」、110~112ページ)
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 たまに読んでみて、やっぱり江國香織っていいな、と思った。このひとの言葉に対する意識はあまりにあけすけというか、正直、目に止まりすぎるところがあるため、読んでいて疲れてしまうことがあるほどなのだけれど、そういうところも含めて、彼女はやっぱり唯一無二の存在なのだと思う。しばらくしたら、また読み返したい。この詩集は、ふだん詩を読み慣れていないひとにもおすすめできる、とても良い本だ。

すみれの花の砂糖づけ (新潮文庫)

すみれの花の砂糖づけ (新潮文庫)