Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

コルカタ

 小池昌代という詩人の存在が、わたしのなかで大きくなりつづけている。友人に教えてもらった『通勤電車でよむ詩集』および『恋愛詩集』があまりにすばらしかったので、日本を出るほんとうに直前、そのとき立ち寄ることのできた書店の詩の棚から、彼女の著作をすべて購入したのだ。といっても、在庫していたのは二冊だけで、詩集はこの一冊のみ、もう一冊は評論である。評論のほうはスーツケースに入りきらなかったので、滞在中に購入したたくさんの本とともに、これから航空便で送ってもらう予定だ。インドを訪ねた詩人の印象を綴った詩集、『コルカタ』。

コルカタ

コルカタ

 

小池昌代コルカタ思潮社、2010年。

続きを読む

恋愛詩集

 わたしが書店で働くようになったのは18歳のときのこと、その後いろいろと店や担当分野を遍歴し、ついに書店を去ったのは昨年、つまり29歳のときだったが、十年以上もブックカバーをかける側の人間でありつづけたこともあってか、わたしはもう自分の本にはカバーをかけなくなってしまっている。国内の書店で「カバーをおかけしますか?」と尋ねられると、反射的に「いえ、結構です」と答える癖がついてしまっているのだ。そもそも、ここ数年はずっと海外暮らしなので、公共の場で開いていたって、わたしがなんの本を読んでいるかを判別できるひとなど、周りにはいやしない。だから先日の帰国の折、友人に薦められてこの本を購入したときにも、いつもどおり「カバーは要りません」と言ったのだが、帰りの電車内で、そのことをちょっと後悔してしまった。第一作にあたる、先日の『通勤電車でよむ詩集』もそうだが、このひとのタイトルの付け方は、あまりに直球なのである。小池昌代の選による詩のアンソロジー第二弾、その名も『恋愛詩集』。

恋愛詩集 (NHK出版新書 483)

恋愛詩集 (NHK出版新書 483)

 

小池昌代『恋愛詩集』NHK出版生活人新書、2016年。

続きを読む

通勤電車でよむ詩集

 先日国内にいたとき、仕事の予定が思ったよりも早く済んだおかげで、次の予定まで、ふいに二時間ほどの空き時間ができた。ふだんのわたしだったら喫茶店に直行、鞄のなかの本を貪るように読むところなのだが、この日鞄に入っていた本たちはどれも内容が重たすぎて、二時間しか読めないのでは読み耽る気になれない。折しもそのときにいた場所は新宿だった。それなら、と書店に入っていき、信頼の置ける友人に、「二時間で読めるおすすめ本ちょうだい」と言ってみたら、紆余曲折の末に渡されたのはこの本だった。

通勤電車でよむ詩集 (生活人新書)

通勤電車でよむ詩集 (生活人新書)

 

小池昌代『通勤電車でよむ詩集』NHK出版生活人新書、2009年。

続きを読む

きみを嫌いな奴はクズだよ

 刊行されていることは知りつつも、手に取ろうか迷っていた一冊。信頼する友人の「このひと、うまくなってるよ」という一言に後押しされて、結局購入した。書店を出てすぐの喫茶店にて二時間ほどで読み終え、その後、日本から中東に戻る飛行機のなかでもう一回、そしていまパラパラと三度目を読み終えた。

きみを嫌いな奴はクズだよ (現代歌人シリーズ12)

きみを嫌いな奴はクズだよ (現代歌人シリーズ12)

 

木下龍也『きみを嫌いな奴はクズだよ』書肆侃侃房、2016年。

続きを読む

村に火をつけ、白痴になれ

 じつは先日より、久しぶりに日本にいる。出張での帰国というか、いつもどおり仕事の予定が多いので、会いたいひとたちにもろくに連絡をしていない滞在なのだが(みんなごめん)、仕事には都内の実家から電車に乗ってあらゆる場所へ行くため、移動時間が長くなり、結果的に読書がはかどって喜んでいる。それでも、電車内で本を読んでいるひとは、フランスから帰ってきて日本に拠点を置いていた五、六年前に比べても、ずいぶん減った印象だ。もったいないなあ、と思う。たしかに大多数の出版社はつまらない本を量産しつづけてはいるが、少数ではあれ、おもしろい本だって確実に刊行されているのだ。海外に住んでいると、本の購入も注文ばかりになり、つまりはすでに自分がおもしろさを確信している本ばかりに手を伸ばすことになるため、まだ関心を抱いていない領域のおもしろい本とは、出会う機会を逸してしまっているように思えるもの。とくに都内では、せっかく身近にすばらしい本屋がたくさんあるのだから、宝探しに行かないのは心底もったいない。これはそんな宝探しの収穫、わたしにとってはもともとの関心の外側にあった本である。巷で話題の伊藤野枝伝。信頼の置ける友人の棚から、抜き出してきた一冊。

村に火をつけ,白痴になれ――伊藤野枝伝

村に火をつけ,白痴になれ――伊藤野枝伝

 

栗原康『村に火をつけ、白痴になれ』岩波書店、2016年。

続きを読む

詩という仕事について

 ボルヘスというひとをもっとよく知りたいとき、ぜったいに読んでおくべきだと思う本が個人的に二冊あって、一冊は先日紹介した『The Last Interview』に収められたリチャード・バーギンとの対談(邦訳なら柳瀬尚紀訳の『ボルヘスとの対話』)、そしてもう一冊が、この『詩という仕事について』である。これまで記事にしてこなかったというだけで、じつはこの本を読んだのは今回がたぶん三度目のことだ。全六回にわたって実施された、ハーヴァード大学での詩学講義録。

詩という仕事について (岩波文庫)

詩という仕事について (岩波文庫)

 

ホルヘ・ルイス・ボルヘス鼓直訳)『詩という仕事について』岩波文庫、2011年。

続きを読む

春原さんのリコーダー

 今日はボルヘスではなく、短歌。読み終えているのに記事にしていないボルヘス関連書はまだたくさんあるのだが、今日はどうしても短歌が読みたい気分だったのだ。休日であるのをいいことに、この本を片手に喫茶店に入ったら、あまりの楽しさに瞬く間に時間が過ぎて、気づけば読み終えてしまっていた。以前友人に薦められ、邑書林の「セレクション歌人」の一冊、『東直子集』として触れたこともある、でもそのときには記事にしなかった、東直子の第一歌集。

春原さんのリコーダー―歌集

春原さんのリコーダー―歌集

 

東直子『春原さんのリコーダー』本阿弥書店、1996年。

続きを読む

汚辱の世界史

 またしてもボルヘス『伝奇集』『不死の人』に続いて手にとったのは、1935年刊行の、ボルヘス最初の短篇集だった。かつて『悪党列伝』という邦題で刊行されていた本の文庫版で、旧題のほうが内容を正確に言い表していると思いながらも、この新題が持つ詩情には、ちょっと抗いがたい。その名も、『汚辱の世界史』。

汚辱の世界史 (岩波文庫)

汚辱の世界史 (岩波文庫)

 

ホルヘ・ルイス・ボルヘス(中村健二訳)『汚辱の世界史』岩波文庫、2012年。

続きを読む

不死の人

 わたしはいま、空前のボルヘスブームの最中にいる。火付け役が英書の『Jorge Luis Borges: The Last Interview』であったことは先日書いたとおりだが、これまで『伝奇集』『創造者』くらいしか読んだことのなかったわたしにとって、この本は未知のボルヘスとの出会い、その第一歩であった。『エル・アレフ』という原題どおりの翻訳もある、『伝奇集』の五年後に刊行された短篇集。

不死の人 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

不死の人 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

 

ホルヘ・ルイス・ボルヘス(土岐恒二訳)『不死の人』白水uブックス、1996年。

続きを読む

Jorge Luis Borges: The Last Interview

 先日『伝奇集』について書いた折、「記事にできるまで数週間かかるかも……」なんて言っていたボルヘスの対談集。まさか本当にこれほど時間がかかるとは思っていなかったのだが、いまわたしに起こっている空前のボルヘスブームは、じつはこの本が火付け役だったのだ。メルヴィル・ハウスの「Last Interview」シリーズ、ボルヘス編。

Jorge Luis Borges: The Last Interview: and Other Conversations (The Last Interview Series)

Jorge Luis Borges: The Last Interview: and Other Conversations (The Last Interview Series)

 

Jorge Luis Borges: The Last Interview, Melville House Publishing, 2013.

続きを読む