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「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

靖国問題

『日本という国』以来、やっと読んだばかりの本を評価することができます。
この本は周知の通り、「靖国問題の決定的論考」と評され、相当な冊数が売れた本です。

靖国問題 (ちくま新書)

靖国問題 (ちくま新書)

 

高橋哲哉靖国問題』ちくま新書、2005年4月。


恥ずかしながら、これも机の上に放置されたまま手をつけていなかった一冊で、先述した小熊英二の『日本という国』を読んだことがきっかけで再び手に取ることとなったものです。

これは完全に「論文」です。で、率直な感想は「間違ったことは何一つ言っていないけれど、退屈な本」です。

著者高橋哲哉は「靖国」を論じる上で、様々な側面からこの問題を捉えようとしています。以下目次。

 第1章 感情の問題―追悼と顕彰のあいだ
 第2章 歴史認識の問題―戦争責任論の向うへ
 第3章 宗教の問題―神社非宗教の陥穽
 第4章 文化の問題―死者と生者のポリティクス
 第5章 国立追悼施設の問題―問われるべきは何か

感情の問題では、「天皇」が戦死した日本軍兵士を祀ることで、遺族の感情を「悲しみ」から「喜び」へと変化させる「感情の錬金術」の問題が描かれています。
歴史認識の問題では、「A級戦犯合祀問題」が靖国に関わる歴史認識の一側面に過ぎず、近代日本における植民地主義を無視し「合祀」だけを問題視することは、靖国問題を「現代の政治問題」へと特化し、矮小化するものだとして警鐘を鳴らしています。
宗教の問題では、首相参拝などから引き合いに出される「政教分離原則」を考慮した上で、「神社非主教」という虚構的神話、「靖国の非宗教化」の困難などを論じ、論拠として政治と靖国の癒着を述べています。
文化の問題では、靖国という存在を「日本特有の文化」とし、それを根拠に国外(特に中国、韓国)からの批判を避けようとする姿勢の危険性を、国民国家の政治的性格を踏まえた上で述べています。
最後に国立追悼施設の問題では、靖国神社に代わる追悼施設を作ったところで、それが「第二の靖国」となる可能性を仔細に検証しています。

そして、最終的な結論は、
「決定的なことは施設そのものではなく施設を利用する政治である」(本書、226ページ)
となっています。

読後まず思ったことは、「結局は政治の問題か」ということです。僕だって他のことは思いつきませんが、それは読む前から自明のことだったので、これだけの論理を展開した結論としては、少し物足りなかったです。

「「靖国問題」の解決は、次のような方向で図られるべきである。
一、政教分離を徹底することによって、「国家機関」としての靖国神社を名実ともに廃止すること。首相や天皇の参拝など国家と神社の癒着を完全に断つこと。
一、靖国神社の信教の自由を保障するのは当然であるが、合祀取り下げを求める内外の遺族の要求には靖国神社が応じること。それぞれの仕方で追悼したいという遺族の権利を、自らの信教の自由の名の下に侵害することは許されない。
この二点が本当に実現すれば、靖国神社は、そこに祀られたいと遺族が望む戦死者だけを祀る一宗教法人として存続することになるだろう。
そのうえで、
一、近代日本のすべての対外戦争を正戦であったと考える特異な歴史観遊就館の展示がそれを表現している)は、自由な言論によって克服されるべきである。
一、「第二の靖国」の出現を防ぐには、憲法の「不戦の誓い」を担保する脱軍事化に向けた不断の努力が必要である。」(本書、235ページ)

あれほどまで論理的に「靖国」を語る様々な論者を批判してきたにも関わらず、結論は結局「空想的」と言わざるを得ないほど、現実から離れています。
日本の政治を根本から改革することが出来れば、そもそも「靖国」を問題視する必要もなくなるのは自明のことだったので、やはりこの結論には物足りなさを感じざるを得なかったです。
しかし、最初に書いた通り「間違ったことは何一つ言っていない」ので、この問題に関する知識を増やすため、そしてそれらの知識を整理するためにはこれ以上の本は無いと断言できます。


Amazonのレビューにこんなものを見つけたので付しておきます。
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★☆☆☆☆
この本の著者は靖国についての正しい認識をしていない。2006/04/12
レビュアー:欄野志 "仲着松" (卵気竜努)

この大学教授はただ自分なりの哲学史観だけで靖国を語っているだけに過ぎず、実際に靖国が建立される以前やそれ以降の大東亜戦争にいたるまでの正しい歴史認識国家神道とは何ぞかを何も知らないでいる。
結局左派系の政治家にも観られる歴史観宗教観の無知による批判をだらだら述べているだけで、これを呼んでだまされた人(保守系の人でもだまされた人がいるという)が多いことは我が国にとっては非常に残念極まりない。最終的に著者が主張しているのは国営のカルト的宗教の施設の建立をしろという従来の極左の主張となんら変わりない。 正しい靖国について知りたいのであれば靖国について正しい見解をもって執筆に望まれた、著者小林よしのり氏の「靖國論」をぜひ読んでほしい!!
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何かもう、ただただ悲しいですね。


ちなみに高橋哲哉は5月16日に、紀伊国屋書店新宿本店で姜尚中佐藤学と共に、新宿セミナー@紀伊国屋書物復権 2006」第1回「批評・教養の〈場〉再考/再興」という講演会に出席するそうです。興味のある方は是非。

靖国問題 (ちくま新書)

靖国問題 (ちくま新書)