Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

火星年代記

天才。
ここまで想像力が及ぶものか、と感動しました。

レイ・ブラッドベリは天才です。

火星年代記 (ハヤカワ文庫 NV 114)

火星年代記 (ハヤカワ文庫 NV 114)

 

レイ・ブラッドベリ小笠原豊樹訳)『火星年代記』ハヤカワ文庫NV、1976年(原著1950年)。

 

火星を舞台とした、地球人の物語です。
注目しなければならないのは、これが1950年に出版されている本だ、ということ。
1950年に、50年以上先の未来を描いている、ということ。

ブラッドベリの予想に反して、21世紀となった今も火星に移住する地球人は出てきていない。しかし、彼の描いた21世紀の地球の状況は現実とかけ離れていると言うには余りにもリアルなものだ、と言えるでしょう。

彼は火星を舞台としながらも、地球の、主にアメリカの文明に対する批判を激しく繰り広げています。以下引用。

「何をそんなに一生懸命、見ているの、パパ?」
「パパはね、地球人の論理や、常識や、良い政治や、平和や、責任というものを、探していたんだよ」
「それ、みんな地球にあったの?」
「いや、見つからなかった。もう、地球には、そんなものはなくなってしまったんだ。たぶん、二度と、地球には現れないだろうよ。あるなんて思っていたのが、馬鹿げていたのかもしれないな」
「え?」
「ほら、あの魚を見てごらん」と、パパは言って、指さした。
(本書、372ページ)

これは地球での核戦争から逃れるために、火星に移住した親子の会話です。
すごい。解説では訳者である小笠原豊樹がこの作品を「文明批評」と言っていますが、的を得ていると言えるでしょう。他にも批評的な側面は多々見られます。火星という超越的な存在があり、そこには現実と何ら変わらない日常がある。
「例えば火星に移住するという選択肢があるとしたら?」という問いを、ブラッドベリは一体何度繰り返したことでしょう。綿密な思考の形跡が、多くの箇所で見られます。

素晴らしい小説です。ただ「小説」と呼ぶのは相応しくないとすら思わせます。
とにかく、素晴らしい作品です。すごい。天才。 

火星年代記 (ハヤカワ文庫 NV 114)

火星年代記 (ハヤカワ文庫 NV 114)

 

追記(2014年9月20日):今買うなら、以下の新版。

火星年代記 (ハヤカワ文庫SF)

火星年代記 (ハヤカワ文庫SF)