Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

かわいい女・犬を連れた奥さん

チェーホフが晩年に著した短編を集めたもの。そこにはユーモアを越えた何かがある。

かわいい女・犬を連れた奥さん (新潮文庫)

かわいい女・犬を連れた奥さん (新潮文庫)

 

アントン・チェーホフ(小笠原豊樹訳)『かわいい女・犬を連れた奥さん』新潮文庫、1970年。


ユーモア文学の作家「チェホンテ」の顔は、晩年のチェーホフにおいては全く別のかたちで表出している。当時不治の病であった結核を患った作家が、世界に提示した一つのテーゼ。一つ一つに読み応えがあり、短編とは思えないような題材がさっぱりとまとめられている。

集英社が発行している雑誌『すばる』の今月号に、井上ひさしロシア文学者である沼野充義の対談が掲載されていた。タイトルは「現代に甦るチェーホフ」。
その中で彼らもやはり、文学者としてチェーホフの短編の巧みさを語っていた。その簡潔な構成だけをみても彼の短編は読むに値するものである。例えば表題作の一つ「かわいい女」は、ドストエフスキーが書けば上下巻編成の長編となったかもしれず、それも読んでみたい気がする。どちらが優れているということではなく、それだけの緻密な物語が読み手の混乱をもたらすことなく、簡潔にまとめられることにチェーホフの凄さがあると言えるだろう。例えば川端康成の『雪国』がトンネルを抜けたところから始まっていたような簡潔さがそこにはある。あるいは長ったらしく書かないことで膨大な物語が簡潔なものになるのかもしれない。

表題作二作の他に、「中二階のある家」「イオーヌイチ」「いいなずけ」が個人的に気に入った。ほとんど全部じゃないか。

文章を書こうという人には、是非読んでもらいたい傑作集。この薄い本にこれだけの内容が収められていることは、ただ驚きとしか言いようがない。

かわいい女・犬を連れた奥さん (新潮文庫)

かわいい女・犬を連れた奥さん (新潮文庫)