Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

星の王子さま

河野万里子による、名作の新訳。

星の王子さま (新潮文庫)

星の王子さま (新潮文庫)

 

サン=テグジュペリ(河野万里子訳)『星の王子さま新潮文庫、2006年。


「『星の王子さま』といったら内藤濯訳だろう」と言う人がいるに違いない。というより、僕自身がそうだ。何なら愛蔵版まで持ってる。加えて一昔前の新訳ラッシュには苛立ってさえいた。そして、これはその内の一冊だ。

どちらの訳が良いかなんてくだらない話はしたくない。重要なのはこれが内藤濯訳と同様に、愛情をもって訳された本だということであり、また、原作の素晴らしい雰囲気を少しも損なっていないということだ。

細かな訳の違いも面白い。
例えば「何が恥ずかしいの?」という王子さまの質問に対する酒飲みの答えは原文だと、

「―Honte de boire! acheva le buveur qui s'enferma définitivement dans le silence.」(Antoine de Saint-Exupéry, Le Petit Prince, Gallimard, 1999, p.49)

直訳すると、

「「飲むことが恥ずかしい!」言い終えると酒飲みは結局、沈黙の中に閉じこもってしまった」(私訳)

となるが、内藤濯訳だと、

「「酒のむのが、はずかしいんだよ」というなり、呑み助は、だまりこくってしまいました」(サン=テグジュペリ(内藤濯訳)『愛蔵版 星の王子さま岩波書店、1962年、59ページ)

となり、この河野万里子訳だと、

「「飲むことを恥じている!」酒びたりの男はそう言うと、沈黙の中に、完全に閉じこもった」(河野万里子前掲、64ページ)

となる。
テンポがだいぶ違う分、印象もまた異なるだろう。
ちなみに手元にあるものも挙げると、

「「飲むことが恥ずかしいのさ」。そういって、飲み助はとうとう口をきかなくなってしまいました」(サンテグジュペリ(小島俊明訳)『新訳 星の王子さま中央公論新社、2005年、50ページ)

で、さらに池澤夏樹だと、

「「酒を飲むことが!」それだけ言うともう酒飲みはまたかたくなに沈黙の中に籠もってしまった」(サンテグジュペリ(池澤夏樹訳)『星の王子さま集英社文庫、2005年、64ページ)

となり、さらに英訳だと、

「“Of drinking!”concluded the drinkard, with drawing into silence for good.」(Antoine de Saint-Exupery, The Little Prince, Kodansha English Library, 2004, pp.54)

となる。ちなみに英訳だと王子さまの質問が「What are you ashamed of?」となるため、答えが上のようになっている。

読み比べてみると一つの文章にも様々な側面があって、とても面白い。新たな発見を得られると共に、今回もやはり泣きながら読んでしまった。食材が良ければ誰が調理しても、ある程度の味は保証される。誰もが認める名作故に、様々な解釈が許されるのだろう。

内藤濯訳以外は読まないと決め付けている人にオススメ。色々読むと、その度にこの本への愛が深まります。

星の王子さま (新潮文庫)

星の王子さま (新潮文庫)

 

 以下が内藤濯訳。

星の王子さま―オリジナル版

星の王子さま―オリジナル版

 
星の王子さま (岩波少年文庫 (001))

星の王子さま (岩波少年文庫 (001))

 
愛蔵版 星の王子さま

愛蔵版 星の王子さま

 

 そしてこれが、フランス語原書。

Le Petit Prince

Le Petit Prince

 
Le Petit Prince (Folio Junior)

Le Petit Prince (Folio Junior)

 

さらには上に引用した、3つの異なる翻訳(英訳含む)。

星の王子さま (中公文庫)

星の王子さま (中公文庫)

 
星の王子さま (集英社文庫)

星の王子さま (集英社文庫)