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「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

右大臣実朝

鎌倉幕府第三代将軍、源実朝を謳った太宰治の短編。

惜別 (新潮文庫)

惜別 (新潮文庫)

 

太宰治「右大臣実朝」『惜別』所収、新潮文庫、1973年。


京で『新古今和歌集』が編纂される頃、突如東の国に現れた天才歌人実朝の、悲愴な伝記。

吾妻鏡』からの引用と、それを解釈した太宰の物語が繰り返される。実朝の発言は全て片仮名書きになっており、一見なんでもないような一言に、凄まじい寂寥感を与えている。

相州ハ、マダ、死ニタクナイモノト見エル」(134ページ)

「何事モ十年デス。アトハ、余生ト言ッテヨイ」(150ページ)

ところどころに『金槐和歌集』に収められた和歌が挿入されている。和田合戦の後に詠まれたのは、あの歌だった。

「焔ノミ虚空ニミテル阿鼻地獄ユクヘモナシトイフモハカナシ」(137ページ、『金槐和歌集』雑部、652番)

実朝の見た情景が、あまりにも生々しく浮かんでくる。

「アカルサハ、ホロビノ姿デアロウカ。人モ家モ、暗イウチハマダ滅亡セヌ」(21ページ)

鴨長明が実朝の和歌を論ずる箇所が、非常に面白かった。語り手は長明の批判をこきおろしているが、実際、実朝の歌は恋歌よりも情景を歌ったものの方が好ましく思われる。『方丈記』を読みたくなった。

「いまはただ、大仰でない歌だけが好ましく存ぜられます。和歌というものは、人の耳をよろこばしめ、素直に人の共感をそそったら、それで充分のもので、高く気取った意味など持たせるものでないような気も致しまする」(58ページ)

語り手と公暁の会話が、もの凄いことになっている。この場面だけ、まるで別の作家が書いたかのようだった。

「詞は古きを慕ひ、心は新しきを求め、及ばぬまでも高き姿を願ひて」(151ページ)

「浮キシヅミハテハ泡トゾ成リヌベキ瀬々ノ岩波身ヲクダキツツ」(127ページ、『金槐和歌集』戀之部、447番)

実朝を理想像に掲げるのは、太宰だけじゃない。

惜別 (新潮文庫)

惜別 (新潮文庫)

 
金槐和歌集 (岩波文庫)

金槐和歌集 (岩波文庫)