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「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

観光

2007年より刊行の始まった新シリーズ、「ハヤカワepiブックプラネット」の創刊第一弾として発売された、タイ人の作家による短編集。

観光 (ハヤカワepiブック・プラネット)

観光 (ハヤカワepiブック・プラネット)

 

ラッタウット・ラープチャルーンサップ(古屋美登里訳)『観光』ハヤカワepiブックプラネット、2007年。


タイの作家がどんなものを書くか、想像できるだろうか。最初の短編「ガイジン」を読んだ時点で、私はラープチャルーンサップの読ませる力に感嘆した。

「セックスと象だよ。あの人たちが求めているのはね。<中略>あの人たちが本当にやりたいのは、野蛮人の群れのようにばかでかい灰色の動物に乗ること、女の子の上で喘ぐこと、そしてその合間に海辺で死んだように寝そべって皮膚ガンになることなんだよ」(「ガイジン」より、9ページ)

以下、収録作品。
「ガイジン」
「カフェ・ラブリーで」
「徴兵の日」
「観光」
プリシラ
「こんなところで死にたくない」
「闘鶏師」

全ての短編に共通なのは、舞台がタイであるということだ。手放しに絶賛するのは好きではないが、どれも非常に良かった。シンプルな文章と、主題の明確な短編、比喩の使い方なんかが抜群に上手い。文学者ではないのであまり下手なことは言えないが、それぞれのテーマに合ったレトリックがシンプルに語られる。翻訳とは思えないほど読みやすいのだ。だから、しっかりと伝わってくる。意識せずに晩年のトルストイの方法論を身に付けてしまった感じ。非常に良い。

「ガイジン」と「カフェ・ラブリーで」が特に好きだった。「ガイジン」を読んだ時は舌を巻いた。村上春樹みたいだと思った。「カフェ・ラブリーで」はダイベックの「荒廃地域」みたいだった。

「ぼくらが幼かったころ、母は毎晩父が帰ってくる前に香水をつけた。枝から摘んだばかりのジャスミンの花の香りだった。父は、シャワーを浴びたあとにそっとはたきつけるコロンの香りがした。父の遺灰をパクナムに撒きに行くまで海のにおいを知らなかったけれど、ぼくは父は海のにおいがすると思っていた。兄さんとぼくが父と母のあいだに座ってテレビのドラマを見ているとき、ぼくはふたりの香り、両親のにおいを嗅ぎながら、無数の小さな白い花びらが、広々として底知れない緑色の海の上を漂っているありさまを思い浮かべていた」(「カフェ・ラブリーで」より、45ページ)

「徴兵の日」にはタイトル通り、徴兵制の現実が描かれ、「プリシラ」はカンボジア移民がタイでどれだけ悲惨な目に合っているかが描かれている。それぞれ、凄まじい寂寥感がある。

表題作「観光」も、どこか寂しげな作品だ。「こんなところで死にたくない」はタイに移住したアメリカの老人の話。異国の地で味わう寂寥感は、もはやタイである必要を感じさせない。

「闘鶏師」は本の後半半分を占める中編だ。荒廃したタイの現実と、語り手の父の行動がスリリング。ラストが良かった。ラープチャルーンサップは余計なことを書かない。読者の予感(あるいは予想)を見越した上で、話を進めてくるところがある。

「しかしな、二つにひとつなんだよ。ぼろぼろになっておどおど怯えながらこの世の中に流されていくか、それとも世の中に向かってこうはっきり言うか――よお、世の中よ。おい、このボケ」(「闘鶏師」より、200ページ)

訳者も「あとがき」に書いているが、異国で書かれた小説とは俄かには信じられない。説明しがたい共感がある。彼が書く寂寥感に、我々はヨーロッパの人々よりも共感を寄せられるような気がする。白人文化に対する劣等感かもしれない。

epiブックプラネットの動向を楽しみにしていたので、ダイ・シージエの第二作『フロイトの弟子と旅する長椅子』を読んだ時にはショックを受けた。ラープチャルーンサップを読んで、またこのシリーズに手を付けたくなった。

観光 (ハヤカワepiブック・プラネット)

観光 (ハヤカワepiブック・プラネット)

 

追記(2014年9月26日):めでたく文庫化されました。

観光 (ハヤカワepi文庫)

観光 (ハヤカワepi文庫)

 

 

<読みたくなった本>
ヤスミナ・カドラ『カブールの燕たち』

カブールの燕たち (ハヤカワepi ブック・プラネット)

カブールの燕たち (ハヤカワepi ブック・プラネット)

 

カズオ・イシグロ日の名残り

日の名残り (ハヤカワepi文庫)

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エリカ・クラウス『いつかわたしに会いにきて』

いつかわたしに会いにきて (ハヤカワepi文庫)

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