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「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

不在の騎士

『冬の夜ひとりの旅人が』を読んだ時、カルヴィーノの恐るべき技巧に舌を巻いた。一言で言って、知的遊戯である。そんなカルヴィーノの初期の作品、「歴史三部作」の一作。

不在の騎士 (河出文庫)

不在の騎士 (河出文庫)

 

イタロ・カルヴィーノ(米川良夫訳)『不在の騎士』河出文庫、2005年。


寓話のような話だった。中世フランスのシャルルマーニュの軍隊の中にいた、一人の風変わりな騎士。完璧に任務をこなす純白の甲冑の中には、誰も入っていない。肉体を持たない騎士アジルールフォと、自分が確かに存在していることを知らずにいる彼の従者グルドゥルーなど、「不在」と「存在」をめぐって多くの登場人物が冒険を繰り広げる。

「骸よ、お前は何だか、おれのよりも臭い屁をひりやがるぜ。おれにはわかんないけど、みんながお前を悲しむのは何故だ? 何がお前に不足しているんだ? 以前お前は歩きまわっていた。今は、お前の運動は、お前が養ううじ虫に伝わってゆくってわけだ。お前は爪や髪の毛をせっせと成長させていた。これからはお前が流す腐れ汁が、日当たりのいい牧場の草をどんどん成長させてやるんだ。お前は草になるんだ、それからその草を食う牛の乳に、その乳を飲む子供の血液になるってな、こんなふうなわけだ。どうだ、お前はおれよりもずっと上手に生きてゆけるじゃないか、骸よ!」(86ページ)

主題だけを考えると物凄く難解な小説のように見えるが、カルヴィーノはそんなヘマはしない。語りの上手さがどんどんページを進ませる。

「わしらだって、自分たちがこの世の中に生きているってことが分からなかった……。存在するということだって、学びとるものなんですよ……」(210ページ)

先述した通り、『不在の騎士』はカルヴィーノの「歴史三部作」の一つだ。他の二つとは『まっぷたつの子爵』と『木のぼり男爵』。これら「歴史三部作」はイタリアにおいて『我々の祖先』というタイトルで一冊の本にまとめられており、最後に刊行された『不在の騎士』が時系列的には最も古い。中世を舞台にした『不在の騎士』、17世紀の『まっぷたつの子爵』、18世紀の『木のぼり男爵』という順番だ。この順序で読んでみようと思った。

「存在」云々を無視して、何やら楽しい中世騎士物語として読んでも一向に差し支えない。というより、そのように読むべき小説。ユーモラスで読み易くて、深い。文句無しに面白かった。

不在の騎士 (河出文庫)

不在の騎士 (河出文庫)

 


<読みたくなった本>
カルヴィーノ『まっぷたつの子爵』

まっぷたつの子爵 (ベスト版 文学のおくりもの)

まっぷたつの子爵 (ベスト版 文学のおくりもの)

 

カルヴィーノ『木のぼり男爵』

木のぼり男爵 (白水Uブックス)

木のぼり男爵 (白水Uブックス)

 

クンデラ『不滅』
→存在云々の問題を読んでいた時、クンデラを思い出した。

不滅 (集英社文庫)

不滅 (集英社文庫)