Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

あなたまかせのお話

レーモン・クノーの活動を概観できる、彼の死後フランスで出版された未刊行作品集。

あなたまかせのお話 (短篇小説の快楽)

あなたまかせのお話 (短篇小説の快楽)

 

レーモン・クノー(塩塚秀一郎訳)『あなたまかせのお話』国書刊行会、2008年。


原著の刊行は1981年だが、作品は初期のものから晩年のものまで、加えてラジオ対談まで含まれている。

以下、収録作品。
☆☆☆「運命」
☆☆☆「その時精神は……」
★☆☆「ささやかな名声」
☆☆☆「パニック」
★★☆「何某という名の若きフランス人」
★★★「ディノ」
★★★「森のはずれで」
★☆☆「通りすがりに」
★★☆「アリス、フランスに行く」
★☆☆「フランスのカフェ」
★★☆「血も凍る恐怖」
★☆☆「トロイの馬」
★★☆「エミール・ボーウェン著『カクテルの本』の序文」
☆☆☆「(鎮静剤の正しい使い方について)Ⅰ、Ⅱ」
★☆☆「加法の空気力学的特性に関する若干の簡潔なる考察」
☆☆☆「パリ近郊のよもやまばなし」
★★☆「言葉のあや」
★★★「あなたまかせのお話」
★☆☆「夢の話をたっぷりと」
★★★「附録 レーモン・クノーとの対話」

クノーの言葉遊びの凄まじさは、『地下鉄のザジ』『文体練習』と同様だ。「短篇小説の快楽」シリーズの一冊であるにも関わらず、小説もあれば戯曲もあり、エッセイもあれば対談もある。これまでは先述した二冊しか容易には手に入らなかったがクノーだが、あらためて彼の活動の広範さを知らしめるのにこれほどうってつけの本もないだろう。

「もともと幽霊なのだから幽霊にはならないのだ(そんなものだろうか?)」(「ささやかな名声」より、31ページ)

「ディノ」と「森のはずれで」は、続けて読むことで恐ろしく面白くなる。ユーモアというよりも、もっと深淵な滑稽さを描いた感覚だ。

「「馴れ馴れしく呼ばないでください」その四つ足は言い返した。「私の主人は私だけですよ。飼い犬ではないのだから。この家の主人がそう思ってるとしたら、大きな間違いですよ。でも角砂糖は大好きだから、ひとかけらでも断りませんがね。ほら、あそこの箪笥の上に、満杯の砂糖壺があるでしょう。差し支えなければ、ちょいともらえるとありがたいんですが」」(「森のはずれで」より、57ページ)

ユーモア自体をテーマにしているわけではなく、クノーの目的はもっと先にあるのにも関わらず、ひたすら笑える。細かな笑いがふんだんに散りばめられていて、クノーの文学的な実験の数々に全く興味がなくても十分に楽しめる。

「イレーヌ:その時計……。
 通行人:はい?
 イレーヌ:素敵ですわね。
 通行人:そうですか。
 イレーヌ:ええ、洒落てるわ。
 通行人:角張ってますけどね。
 イレーヌ:お洒落なものが丸いとは限らないでしょ。
 通行人:そうだろうなと私もずっと思ってました。」(「通りすがりに」より、88ページ)

「当然ながらこれらの夢はどれも本物ではない。が、でっち上げというわけでもない。目覚めて生活しているときに起きたささいな事件を記録しただけのことである。レトリックをほんのわずかに工夫するだけで、夢らしく見えると思ったのだ。
私が言いたかったのはそれだけである」(「夢の話をたっぷりと」より、206ページ)

カルヴィーノの文学が知的遊戯だとしたら、クノーの文学はその実践である。一見滑稽に見える小品の数々は、彼の果てしない推敲と共に生まれた文学的実験なのだ。「対話」を読むことで、それがよくわかる。

「言語はその最も基本的な段階においてすでに、扱うのが容易でない」(213ページ)

「対話」の主題は多岐にわたるが、常に非常に興味深い内容が語られている。言語の可能性からフランス語の現在、文学の新しい構成やクノーの創始した「ウリポ」の活動など。

「詩とは、晴れているのに雨が降っていると言ったり、雨が降っているのに晴れていると言ってのけることなのです」(220ページ)

フランス語の書き言葉と話し言葉の乖離については、一通りフランス語の文法が頭に入っていないと理解するのは難しいだろう。だが、それがわかると、例えば『地下鉄のザジ』の翻訳される前の文章が、どれほど前衛的なものだったかがよくわかる。既に読んでいただけあって、尚更この作品を訳した生田耕作の凄さを実感した。

クノーの文学論もまた、非常に興味深い。彼によれば文学は『イリアス』型と『オデュッセイア』型の二つのタイプに分けることができる。

「それまでの小説は、人間や登場人物を歴史的事件の中に位置づけるか、あるいは、登場人物の人生そのものを歴史的事件として扱うかのどちらかだったのです」(243ページ)

例えば『パルムの僧院』はイリアス型で、『赤と黒』オデュッセイア型である。ゾラの作品はイリアス型で、セルバンテスオデュッセイア型など。ちなみに、そのどちらでもない作品を作ったのが、ガートルード・スタインだそうだ。読みたくなった。

結論として、『あなたまかせのお話』は「短篇小説の快楽」というシリーズ名からは想像もできないほどの広がりを持った一冊だ。クノーは凄い。それをここまで紹介してくれる本は、今まで無かったように思われる。この本をきっかけにクノーの作品も、カルヴィーノのように手に取りやすくなって欲しい。そうなったらどれほど素晴らしいだろうか。

あなたまかせのお話 (短篇小説の快楽)

あなたまかせのお話 (短篇小説の快楽)

 

 

<読みたくなった本>
ホメロス『イリアス』

イリアス〈上〉 (岩波文庫)

イリアス〈上〉 (岩波文庫)

 
イリアス〈下〉 (岩波文庫)

イリアス〈下〉 (岩波文庫)

 

ホメロス『オデュッセイア』

ホメロス オデュッセイア〈上〉 (岩波文庫)

ホメロス オデュッセイア〈上〉 (岩波文庫)

 
ホメロス オデュッセイア〈下〉 (岩波文庫)

ホメロス オデュッセイア〈下〉 (岩波文庫)

 

ガートルード・スタイン『アメリカ人の形成』

The Making of Americans: Being a History of a Family's Progress (American Literature Series)

The Making of Americans: Being a History of a Family's Progress (American Literature Series)

 

スウィフト『ガリバー旅行記
→第三篇に出てくる「文章を自動的に書く機械」が紹介されている。

ガリヴァ旅行記 (新潮文庫)

ガリヴァ旅行記 (新潮文庫)

 

クノー『オディール』

オディール

オディール

 

クノー『はまむぎ』

はまむぎ

はまむぎ

 

クノー『イカロスの飛行』

イカロスの飛行 (ちくま文庫)

イカロスの飛行 (ちくま文庫)