Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

芋虫

昨年角川文庫から発行され始めたばかりの「江戸川乱歩ベストセレクション」、第2巻。

江戸川乱歩『芋虫 江戸川乱歩ベストセレクション2』角川文庫、2008年。


角川文庫というとどうしてもサブカルのイメージが先行してしまって、書店でもなかなか棚をじっくりと見ることが少ない。古本屋ならば話は別なのだが、最近の角川文庫には正直ほとんど期待していなかった。

だが、この「江戸川乱歩ベストセレクション」は非常に良い。乱歩がどのように読まれる作家か、完全に理解した上での編纂が成されている。一冊が200ページほどしかないのだ。これまで乱歩を読もうとすると、どうしても創元か光文社になってしまっていた。創元は字が小さいし、光文社は煉瓦みたいに分厚い。講談社のは絶版で、古本屋では頻繁に見かけるが巻によっては手を出せないほど高い。乱歩はもっと、気軽に読まれるべきだろう。角川のこのシリーズはその点、非常に手に取り易い。

以下、収録作品。
★☆☆「芋虫」
★★☆「指」
★☆☆「火星の運河」
★☆☆「白昼夢」
★☆☆「踊る一寸法師
★☆☆「夢遊病者の死」
★★☆「双生児」
★★★「赤い部屋」
★★☆「人でなしの恋」

『ちくま日本文学 江戸川乱歩』と重複しているのは二篇。「火星の運河」と「白昼夢」だけだ。「火星の運河」は前回読んだ時にはあまり印象に残らなかったのに、二度目の今回は素晴らしく綺麗な短編に思えた。間にアーサー・マッケンとの出会いがあったからか、ほんの少し読み方が変わった。世界をリアルに描きながらも、幻想的なものが潜んでいる感覚。友人がホフマンや石川淳を評した「自然主義的幻想」というものを、「火星の運河」の中で目の当たりにした気がする。

「赤い部屋」の書き方にはポーの影響が顕著に感じられた。乱歩とポーの関連性をここまで強く感じたのは初めてだ。まず、ある現象の例をいくつか挙げて、その後その現象に関わる主観的な本題に入っていく、という書き方。小川高義訳で読んだ「邪鬼」によく似ている。というよりも、読者がそう感じるように意識して書かれたとしか思えない。そうでなければ結末に用意されたポーとの決定的な相違は説明できないだろう。ポーとして読ませて度肝を抜かせる。そのために書かれたような短編。

「人でなしの恋」は現代版の「ピュグマリオン」だ。オウィディウスの『変身物語』に見られた愛が、泉鏡花が描くような世界で演じられる。こんな一節があって、ちょっとテンションが上がった。

「声の調子で察しますと、女は私よりは三つか四つ年かさで、しかし私の様にこんな太っちょうではなく、ほっそりとした、丁度泉鏡花さんの小説に出て来る様な、夢の様に美しい方に違いないのでございます」(「人でなしの恋」より、174ページ)

解説が面白かった。乱歩の作品に含まれる二つの要素、即ち「理知的志向」と「怪奇的嗜好」について書かれている。前者の代表には「二銭銅貨」や「屋根裏の散歩者」が挙げられる。この短編集に編まれた作品は後者の要素が強いものばかりだ。「しこう」という言葉が、それぞれ「志向」と「嗜好」に使い分けられているのも面白い。「怪奇的嗜好」の中でも、「踊る一寸法師」や「指」、「芋虫」などはホラー要素の強いもの、「押絵と旅する男」や「鏡地獄」、「人でなしの恋」などは物に対する変態的と言っていいほどの愛着を描いたものと、さらに分けることも可能だろう。やたらと魅力的な物が沢山登場するのも、乱歩を読む楽しみの一つだ。

結局内容には全然触れていないが、素人でもこんな風に分類して楽しめるほど、乱歩が描く作品のテーマは広がりに満ちている。飽きもせずにこれだけ大量の作品を読み漁る人々が多いのも頷ける。まだ5巻が出たばかりなので、「ベストセレクション」の今後の動向に注目したい。


<読みたくなった本>
江戸川乱歩人間椅子 江戸川乱歩ベストセレクション1』
→「押絵と旅する男」や「鏡地獄」も入っている。第1巻から変なものだらけ。

ポー『黄金虫・アッシャー家の崩壊』
岩波文庫。光文社との重複が少ない。

黄金虫・アッシャー家の崩壊 他九篇 (岩波文庫)

黄金虫・アッシャー家の崩壊 他九篇 (岩波文庫)