Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

箱ちがい

ロバート・ルイス・スティーヴンスンが継子であるロイド・オズボーンと共に著した、ユーモア文学のような探偵小説。

箱ちがい (ミステリーの本棚)

箱ちがい (ミステリーの本棚)

 

ロバート・ルイス・スティーヴンスン、ロイド・オズボーン(千葉康樹訳)『箱ちがい』国書刊行会、2000年。


国書刊行会が2000年から刊行していた、「ミステリーの本棚」の一冊である。他のラインナップはベントリーやチェスタトン。当然ミステリーを期待して読んだ。そして、大いに裏切られることになった。

1889年に書かれた小説である。この物語はまず「トンチン年金」という機構の説明から始まる。

「まとまった人数の元気のいい子供たち(数が多いほど、話は面白くなる)が、めいめい一定の金額を醵出し、集まった金の受託者がそれを管理する。やがて、百年も過ぎようかという頃になって、最後まで生き残った組合員の目の前に、元金も含めた全額がいきなり降ってくるという仕組み――これが「トンチン年金」である」(8ページ)

つまり、最後まで生き残った者は、余命を前にして大金持ちになれる、というシステムだ。最終的に生き残ったのは老いた二人の兄弟で、彼らの息子や甥が年金を得るために奔走する。

言ってしまえば、ドタバタ喜劇である。ある時列車事故が起き、二人の甥は老人の(と思しき)死体を発見してしまう。彼らはそれを、年金のために隠し、老人の死亡を隠蔽しようとする。語り口は常にユーモラスで、スティーヴンスンの他の著作とはテンションからして全く違うものになっている。

1889年に書かれた小説といえばジェローム『ボートの三人男』だ。勢いは、あの名作にそっくり。あそこまで徹底的に頭が悪い作品ではないが、滑稽さはそっくりだ。ユーモア文学が素晴らしく豊潤な年である。

19世紀末という時代にあって、ミステリーを小馬鹿にするような態度も頼もしい。まだ創成期に過ぎないはずの探偵小説というジャンルが、パロディ化されてしまっている。しかも、スティーヴンスンに。

それでいて、チェスタトングレアム・グリーン、後年ではボルヘスが絶賛しているのだから、また面白い。スティーヴンスンの多様性には驚かされるばかりである。怪奇小説として名高い『ジーキル博士とハイド氏』、冒険小説『宝島』、旅行エッセイ『旅は驢馬をつれて』、怪奇的短篇の連作『新アラビア夜話』、そしてユーモア文学『箱ちがい』。私が読んだことのある、以上の五冊だけでも、主題の広範さは凄まじい。スティーヴンスンの小説を、いずれ全部読んでみたいと思った。

箱ちがい (ミステリーの本棚)

箱ちがい (ミステリーの本棚)

 


<読みたくなった本>
スティーヴンスン『南海千一夜物語

南海千一夜物語 (岩波文庫)

南海千一夜物語 (岩波文庫)

 

スティーヴンスン『バラントレーの若殿』

バラントレーの若殿 (岩波文庫)

バラントレーの若殿 (岩波文庫)

 

スティーヴンスン『プリンス・オットー』

プリンス・オットー (岩波文庫)

プリンス・オットー (岩波文庫)

 

スティーヴンスン『スティーヴンスン怪奇短編集』

スティーヴンソン怪奇短篇集 (福武文庫―海外文学シリーズ)

スティーヴンソン怪奇短篇集 (福武文庫―海外文学シリーズ)