八十日間世界一周
光文社古典新訳文庫の今月の新刊、SFの祖が実在の科学技術を駆使して描いた、冒険小説の傑作。
- 作者: ジュール・ヴェルヌ,Jules Verne,高野優
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2009/05/20
- メディア: 文庫
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ジュール・ヴェルヌ(高野優訳)『八十日間世界一周』上下巻、光文社古典新訳文庫、2009年。
1872年に連載され、翌1873年に刊行された小説である。当時の最高レベルの科学技術がヴェルヌの許に結集し、フィリアス・フォッグを旅立たせる。八十日間あれば、世界を一周できる。最高の技術を揃えた時、それは絵空事ではなくなったのだ。
主人公は謎のイギリス紳士、フィリアス・フォッグ氏。フランスの作家ヴェルヌは、イギリス紳士を主人公に据えることによって世界一周を構想した。世界中に植民地を持つ大英帝国のフォッグ氏が、フランス人の召使いパスパルトゥーを従え、驚異の大冒険に出る。この構図だけで、もうこの小説は成功を約束されているようなものだ。フランス人としての感性はパスパルトゥーが代弁し、フォッグ氏は最後まで冷静沈着、無口な謎の紳士のままである。
「大泥棒というのは、皆、正直そうな顔をしているものなんです。逆に顔が悪党面をしているなら、その人間は真面目に生きるしかありません」(上巻、78ページ)
訳者が「解説」と「あとがき」で強調しているように、この小説にはジャーナリスティックな魅力がある。ロンドンを離れたフォッグ氏一行は、フランスやイタリアを経てスエズへ、紅海を抜けてアデンからインドへ、そしてシンガポール、香港、上海、横浜と経てアメリカへ進んでいく。旅の先々の描写を見ているだけで、十分に楽しい。これに時間制限という緊迫が加わって、ちょうどフォッグ氏が汽車を駆り立てるかのように、物語は加速していく。
「フォッグ氏は旅をしていたのではない。ただ、地球を回っていたのだ。<重力の法則>ならぬ、<合理的な乗り換えの法則>にしたがって、地球の軌道を回る物言わぬ物体――それがフォッグ氏であった」(上巻、134ページ)
フォッグ氏は謎の紳士なのだが、正義感も強く行動も大胆で、非常に魅力的だ。特に香港から上海までの帆船で、あるいはニューヨークからクイーンズタウンに至る汽船の中で彼が取った行動は読者の誰も予想できなかったことだろう。愛嬌の面は全て、パスパルトゥーが受け持っている。大変バランスの良い二人組である。
以下はパスパルトゥーが見た日本人女性の描写。
「女たちはヨーロッパ人の基準からすると、それほど美しいとは言えない。目は細く、胸が薄くて、それが流行りなのだろうか、歯を真っ黒に染めている。だが、民族衣装である着物を着ている姿は優雅に見えた。着物というのは、絹の長い布を前で打ち合わせた部屋着のようなもので、幅広の帯を後ろで結んで留めるようになっている。帯の結び目は背中に大きな蝶がとまっているようで、最近のパリジェンヌたちの流行は、おそらくこの日本女性の装いを真似したものだろう」(下巻、22~23ページ)
この疾走感は凄い。科学小説であって冒険小説であって、ミステリーでもある。21世紀にあって19世紀末の世界を一周できる。解説にある通り、我々にとっては空間の旅であると同時に、時間の旅でもある。過去のものを描いていながら、何もかもが真新しい。小説が好きな人なら、どんな人でも大興奮だ。嫌いでもきっと興奮できる。
「鉄道は文明と進歩の象徴であり、網の目のように荒野に広がって、これから建設される町を結んでいく道具なのである。ギリシア神話に登場する竪琴の名手アンフィオンは、テーバイ王になった時、竪琴を奏でるだけで石を動かし、城壁をつくったと伝えられるが、鉄道はそれよりも強力である。汽笛を鳴らしていくだけで、アメリカの地に新しい町を次々と誕生させていくのだ」(下巻、135ページ)
集英社の「ヴェルヌ・コレクション」も部分的ではあるが復刊し、再評価の気運が高まっている。この流れには是非とも、乗りたいところだ。
- 作者: ジュール・ヴェルヌ,Jules Verne,高野優
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- 作者: ジュールヴェルヌ,Jules Verne,高野優
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