Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

あさ/朝

左からみると絵本、右から読むと詩集になっている、谷川俊太郎と写真家吉村和敏によるビジュアルブック。

あさ/朝

あさ/朝

 

谷川俊太郎『あさ/朝』アリス館、2004年。


詩選集である。過去に刊行された詩集のうち、「朝」を題材にした作品だけが集められている。それらの詩に吉村和敏の写真が挿絵としてちりばめられ、これがまた素晴らしい。逆から読むと、詩が一行ずつに解体され、写真がメインとなった絵本になる。大変贅沢な本だ。

谷川俊太郎と朝といえば、まず思い付くのは「朝のリレー」だろう。コマーシャルにも使われていたから、知っている人も多いと思う。

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朝のリレー


カムチャッカの若者が
きりんの夢を見ているとき
メキシコの娘は
朝もやの中でバスを待っている
ニューヨークの少女が
ほほえみながら寝がえりをうつとき
ローマの少年は
柱頭を染める朝陽にウインクする
この地球では
いつもどこかで朝がはじまっている

ぼくらは朝をリレーするのだ
経度から経度へと
そうしていわば交替で地球を守る

眠る前のひととき耳をすますと
どこか遠くで目覚時計のベルが鳴ってる
それはあなたの送った朝を
誰かがしっかりと受けとめた証拠なのだ


(4ページ)
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「朝のリレー」の良さは何物にも代え難い。「そうしていわば交替で地球を守る」の一行が、心に残って離れない。美しい光景が目に浮かぶ。

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隣のベッドで寝息をたてているのは誰?
よく知っている人なのに
まるで見たこともない人のようだ

夢のみぎわで出会ったのはべつの人
かすかな不安とともにその人の手をとった
でも眠りの中に鎧戸ごしの朝陽が射してきて

朝は夜の土の上に咲く束の間の花
朝は夜の秘密の小函を開くきらめく鍵
それとも朝は夜を隠すもうひとりの私?

始まろうとする一日を
異国の街の地図のように思い描き
波立つ敷布の海から私はよみがえる

いれたてのコーヒーの香りが
どんな聖賢の言葉にもまして
私たちをはげましてくれる朝

ヴィヴァルディは中空に調和の幻想を画き
遠い朝露に始まる水は蛇口からほとばしり
新しいタオルは幼い日の母の肌ざわり

インクの匂う新聞の見出しに
変らぬ人間のむごさを読みとるとしても
朝はいま一行の詩


(10~11ページ)
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朝早く目を覚ますことの素晴らしさを思い起こさせてくれる詩ばかりだ。早朝の風の心地よい匂いが、本を取り囲んでいる。

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朝の光


朝の光は通り過ぎる
あなたの柔らかい肌をかすめて
テーブルの上のオレンジを迂回して
窓から見えるあの桟橋へ
そしてもっともっと遠くの海へと

影のうちに心はいる
光の素早さにおびえながらも
それが動きやめぬことに安らいで

繰り返すものはどうしていつまでも新しいのだろう
朝の光もあなたの微笑みも
いま聞こえているヘンデルも……
一度きりのものはあっという間に古びてしまうのに

人々が交わすおはようとさよならのざわめきの中を
朝の光は通り過ぎる
まだ心は影のうちにいる
夜の夢にとらわれて


(19ページ)
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写真の多くはカナダのプリンス・エドワード島らしい。素晴らしい写真はいつまでも見飽きない。本棚のどこに入れるか迷ってしまう。詩集か、写真集か。まったく贅沢な本だ。

ちなみに同じ出版社から『ゆう/夕』も出ている。

あさ/朝

あさ/朝