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「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

マルタン君物語

江戸川乱歩『第二の顔』を絶賛したことによって知られる、奇想家マルセル・エイメの短篇集。

マルタン君物語 (ちくま文庫)

マルタン君物語 (ちくま文庫)

 

マルセル・エーメ(江口清訳)『マルタン君物語』講談社文庫、1976年*。
*追記(2014年10月18日):講談社版が見つからなかったため、書肆情報・リンクは1990年のちくま文庫版。表紙だけは講談社文庫版のものを貼っている。


エイメの作品はせっかく色々な版があるのに、ほとんどが絶版になってしまっている。点数が多い分、古書店に足繁く通えば割合簡単に見つかるのだが、この作家はもう少し評価されても良いのではないか。

この『マルタン君物語』では、ほとんど全篇の主人公の名前が「マルタン」である。中公文庫の『マルセル・エメ傑作短篇集』(元々は福武文庫『クールな男』)との重複は「エヴァンジル通り」の一篇のみで、筑摩書房の『世界ユーモア文学全集』にも入っていた作品集だ。

以下、目次。
★☆☆「小説家のマルタン
☆☆☆「おれは、くびになった」
★★☆「生徒のマルタン
☆☆☆「死んでいる時間」
☆☆☆「女房を寝とられた二つの肉体」
☆☆☆「マルタンの魂」
★☆☆「エヴァンジル通り」
☆☆☆「クリスマスの話」
☆☆☆「銅像」

久しぶりにエイメを読み、相変わらずの奇想ぶりに驚かされたが、どうも不満の残る内容だった。一つ一つの作品の設定はこの上なく面白いのだが、着想の奇抜さだけで書かれているような感覚が否めない。この前提から始めたのだからもっともっと面白くできたのではないか、と思わずにいられないような作品がほとんどなのだ。

マルタンという、小説家がいた。彼は自分の書く本の中で、主要人物はもちろん、端役にいたるまで、かならず殺してしまわなければ気がすまなかった」(「小説家のマルタン」より、7ページ)

マルタンという発明家がいた。世間からは、ずっと前に死んだものと思われていたので、パリの小さな広場に、銅像が立てられてあった」(「銅像」より、184ページ)

他にも「一日おきにしかこの世に存在しない男」や、「二つの肉体を持つ人々の村」、「魂だけ先に煉獄へ行ってしまった殺人者」など、超自然的な面白い設定の数々が見られるのだが、読み終えるときまって不満が残る。ちょうど『第二の顔』で彼自身がそうしたように、もっと設定を活かして話を発展させて欲しかったなあ、と思わずにはいられない。

「ヴェル=ヴェル街八番地に、口では言えないほどのブロンドで、背の高い女がやってきた。女の名前は、ただジョゼと言った。ジョゼは目までブロンドで、優しくて熱っぽくて、一目見ただけで、男の心はとけてしまった」(「クリスマスの話」より、172ページ)

期待が凄まじかった分、ちょっと残念な結果だった。面白かったのは「生徒のマルタン」くらい。これにしてももっと面白くできたような気がする。「エヴァンジル通り」を読むのは二回目だったけれど、前回読んだ時よりも読後感がずっと良かった。『傑作短篇集』に入っていたのも頷ける。

この作家の発想は短篇で終わらせてしまうよりも、中篇以上の長さを持ったものとして発展させた方が活かせるのではないだろうか。発想自体は本当に素晴らしいものばかりなので、これに懲りずに手を出し続けようと思う。

マルタン君物語 (ちくま文庫)

マルタン君物語 (ちくま文庫)