Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

Le Petit Prince

もう何度目なのか数えることもできない。岩波書店の内藤櫂訳で初めて読んだ時から今までに、様々な翻訳者の手によるこの本を比べてみたり、何故か英訳で読んでみたりもした(ちなみにそのときの記事)。考えてみると随分と遠回りしたものだが、とうとう、どうにかこうにか原書で読むことができるようになった。

Le Petit Prince (Folio Junior)

Le Petit Prince (Folio Junior)

 

Antoine de Saint-Exupéry, Le Petit Prince, Éditions Gallimard Jeunesse 2007.


高校生の頃、同じクラスに7月31日生まれの女の子がいて、誕生日にこの本をプレゼントしたことを思い出す。渡すときに「この本を書いたサン=テグジュペリって人は、1944年の7月31日に飛行機で飛び立って、そのまま行方不明になったんだよ」と言ったら、壮絶に引かれた。何であんなことをわざわざする必要があったのか今でも判らない。でもおそらく、再び7月31日生まれの人に出会ったら、またサン=テグジュペリのことを話題にしてしまう気がする。

「Si quelqu'un aime une fleur qui n'existe qu'à un exemplaire dans les millions et les millions d'étoiles, ça suffit pour qu'il soit heureux quand il les regarde. Il se dit: "Ma fleur est là quelque part..." Mais si le mouton mange la fleur, c'est pour lui comme si, brusquement, toutes les étoiles s'éteignaient !」(p.37)

少し前にこの本を話題にしたときは、王子さまが立ち寄る「酔っぱらいの星」のことばかり書いた記憶がある。それは勿論この偉大な本にとっては細部でしかないのだけれど、そういう細かな部分にまで気の利いた文句が溢れていることが、この本を多くの人たちにとって特別なものにしている大きな理由だと思う。だが何度もこの本を話題にしているからこそ、今回ばかりは物語の後半部、王子さまが地球に降りたった後の部分を取り上げてみたい。

「―Où sont les hommes? reprit enfin le petit prince. On est un peu seul dans le désert...
 ―On est seul aussi chez les hommes, dit le serpent.」(p.75)

例えばこの『星の王子さま』を読んで最も印象に残った一文を書け、と言われたら、多くの人は「L'essentiel est invisible pour les yeux.(大切なものは目には見えないんだよ)」(p.92)という言葉を思い起こすだろう。この言葉を王子さまに言ったのは砂漠に棲むキツネで、彼はこの物語の中の誰よりも、物事の本質をえぐってみせる。

「Tu n'es encore pour moi qu'un petit garçon tout semblable à cent mille petits garçons. Et je n'ai pas besoin de toi. Et tu n'as pas besoin de moi non plus. Je ne suis pour toi qu'un renard semblable à cent mille renards. Mais, si tu m'apprivoises, nous aurons besoin l'un de l'autre. Tu seras pour moi unique au monde. Je serai pour toi unique au monde...」(p.86)

この本を読み返す度に、キツネの存在はどんどん大きくなる。他人に対する信頼の姿勢、そこに表出する諦観と丹念に隠された期待が、大人になるにつれて胸に響くようになるのだ。

「Il eût mieux valu revenir à la même heure, dit le renard. Si tu viens, par exemple, à quatre heures de l'après-midi, dès trois heures je commencerai d'être heureux. À quatre heures, déjà, je m'agiterai et m'inquiéterai; je découvrirai le prix du bonheur!」(p.90)

不思議なもので、フランス語で読んでいると頭の中で初めて読んだ時の内藤櫂の訳文がすらすらと蘇ってくる。「君が毎日四時に来ると思ったら、三時には僕はもう嬉しくなってくる」。確かそんな文章だったと思う。人を信じることができなければ「嬉しくなってくる」こともできないもので、こんな些細な期待が僕らの人生の大部分を占めていることに今更ながら驚かされる。

「Va revoir les roses. Tu comprendras que la tienne est unique au monde.」(p.91)

この一文を内藤櫂の訳文を思い出しながら意訳すると「もう一度バラたちを見ておいで。そうすれば君のバラが世界にたった一つしかないことが判るはずだよ」とでもなるだろうか。王子さまがバラを見て戻ってくると、あの有名なセリフ、「大切なものは目には見えないんだよ」がキツネの口から発せられる。キツネも王子さまもこの言葉を繰り返して、やがて王子さまはそこから新たな意味を汲み取るようになる。

「Les étoiles sont belles, à cause d'une fleur que l'on ne voit pas...」(p.97)

「Si tu aimes une fleur qui se trouve dans une étoile, c'est doux, la nuit, de regarder le ciel. Toutes les étoiles sont fleuries.」(p.108)

つまり「目には見えない一輪の花のおかげで、星がみんな美しく見える」。次のは「もし君がどこかの星の花を愛していたら、夜空を見上げるたびに、すべての星が花で飾られているように感じるだろう」。あの「大切なものは目には見えないんだよ」という言葉は同じ小説の中でここまで発展する。本当に誰かが最も印象に残った一文を書けと言ってきたら、僕はこの「Les étoiles sont belles, à cause d'une fleur que l'on ne voit pas...」(星がどれも美しく見えるのは、目には見えない一輪の花のせいさ)を選ぶだろう。もしこの言葉を知らなかったら、僕の人生はまるで違ったものになっていたと思う。一人でフランスに来て平然としていられるのも、少なくともそんな振りができるのも、この言葉を胸に空を見上げることができるからだ。キツネの涙を見る度に、強くなりたいと思う。

ところで、誰かがもし「『星の王子さま』で最も好きな登場人物は?」と尋ねてきたら、「キツネ」と答えるか「酔っぱらい」と答えるか迷ってしまう気がする。

Le Petit Prince (Folio Junior)

Le Petit Prince (Folio Junior)