Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

It Never Rains

 読んだばかりのアンソロジー『Little Book of Poems for Young Children』が教えてくれた何人もの詩人のうち、とくに興味をもったひとりRoger McGoughの、先月刊行されたばかりの最新詩集。

It Never Rains

It Never Rains

 

Roger McGough, It Never Rains, Penguin Books, 2014.


 先日のアンソロジーでもそうだったが、韻文に特化したわけではない詩のほうが、不慣れなわたしとしては親しみやすく、とりわけ、子どものために詩を書いたことのある詩人の作品は大変読みやすい。「Light Poetry」という言葉があって、エドワード・リアやルイス・キャロルなど、いわゆる「ノンセンス」の書き手たちがその代表的詩人に数えられているが、その定義にはユーモアが含まれているので、同じイギリスのRoger McGoughも、間違いなくこの伝統に名を連ねていることだろう。

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Away from You

Away from you
I feel a great emptiness
a gnawing loneliness

With you
I get that reassuring feeling
of wanting to escape.

きみがいないと
とてつもない空虚と
絶え間ない孤独を感じる

きみがいると
安心した気持ちになるんだ
また逃げ出したくなっていると気づいて。

(p.6)
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Fame

The best thing
about being famous

is when you walk
down the street

and people turn round
to look at you

and bump into things.

名声

有名になることのうち
なかでも最高なのは

通りをちょっと
歩いていると

あなたを見ようと
人びとが振り向き

そしてなにかにぶつかることである。

(p.24)
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 翻訳可能な詩心というのは、英語のような形式美の伝統を持つ言語にあっては、稀有なものなのだと気づく。英語の詩は脚韻を踏むものだ、というわたしの偏見が、McGoughを読んでいたら音を立てて瓦解した。

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Q

I join the queue
We move up slowly.

'What are we queuing for?'
I ask the lady in front of me.
'To join another queue,' she explains.
'How pointless,' I say, 'I'm leaving.'
She points to another long queue
'Then you must get in line.'

I join the queue
We move up slowly.

行列

列に加わった。
ゆっくりと前に進んでいる。

「なんのために並んでるんでしたっけ?」
わたしは目の前のご婦人に尋ねた。
「べつの列に加わるためですよ」と彼女。
「アホくさ」わたしは言った。「あばよ」
彼女はべつの長い行列を指さした。
「それなら、あそこに並ばないと」

列に加わった。
ゆっくりと前に進んでいる。

(p.25)
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You Asked For a Poem

You asked for a poem
off the top of my head
I plucked out a hair
'That's not fair' you said.

きみが詩をもとめたから

あたまのてっぺんから湧き出た詩を
きみがもとめていたから
ぼくは髪の毛を引っこ抜いた
「そんなのずるい」とのお言葉。

(p.25)
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 かといって、この詩人は言葉遊びが大変うまく、「そうきたか!」とこちらが嬉しくなってしまうような言葉の使い方を何度もしている。そういうのはやはり翻訳しても仕方がない。なかでも以下のふたつは紹介せずにはいられない。

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Granny's Favourite Anagram

A granma
is an anagram
of anagram.

(p.13)
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Recycling

I care about the environment
And try to do what is right
So I cycle to work every morning
And recycle home every night.

(p.44)
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 また、以下の「従姉妹のネル」は、「frogman(潜水夫)」という英単語が「frog(カエル)」と「man(男)」から成り立っていることを利用したものだ。これも日本語には置き換えられないだろう。

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Cousin Nell

Cousin Nell married a frogman
in the hope that one day
he would turn into a handsome prince.

Instead,
he turned into a sewage pipe near Gravesend
and was never seen again.

従姉妹のネル

従姉妹のネルは潜水夫と結婚した
ある日きっと、
彼がハンサムな王子さまになることを夢見て。

そうなる代わりに、
彼はグレーブゼンド近くの下水道へと
姿をくらました。

(p.38)
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 ずっとこんな調子なので、ページを繰るのがとても楽しい本である。笑いのポイントが掴めないと、「え、どこどこ? どこが冗談になってるんだ?」と、こちらが混乱するほどだ。でもそんなことは滅多に起こらない。それほどわかりやすいのだ。

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The Rhyming Diner

Dear waiter,

I'm sorry but the service was poor.
I'm not being picky
But the cutlery was sticky
And the soup ended up on the floor.

The stew was too gooey
The chicken was chewy
And yuck! That frozen chip.

So enough's enough
I'm off in a huff
Here's a poem instead of a tip.

韻文ディナー

ウェイター殿

申し訳ないけどサービスはひどいものだった
なにも口やかましくしようというんじゃない
でもナイフ・フォークはベタベタしてたし
スープはほとんど床が飲んでたじゃないか

シチューもなんかネバネバしてたし
チキンはゴムみたいで噛み切れない
それに、オエエ、あの凍ったポテトときたら!

だからもう、たくさんだと言ったらたくさんだ
腹を立てたまま発たせていただく
心づけ代わりにこの詩をお受け取りください。

(p.27)
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Shearing on the Côte d'Azur

In playful homage to the summer jazz festival
a topiarized bush in the shape of a grand piano
stands on a roundabout outside Vence

Every Sunday morning, a blind musician
with green fingars, sits at the keyboard
and with a pair of garden shears, tunes it.

コート・ダジュールの剪断

夏のジャズ祭への遊び心に満ちた敬意の表明として
グランドピアノのかたちに刈り込まれた生け垣が
ヴァンスの街の外、ラウンダバウトに置かれている

毎週日曜日の朝、緑色の指をした、
盲目の音楽家がやってきて、鍵盤に向かい、
大ばさみを使って、調律している。

(p.28)
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 紹介したい詩は、まだまだたくさんある。

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Windows of the Soul

If eyes are the windows of the soul
Are eyelids the window cleaners?

こころの窓

もし瞳が心を映し出す窓なのだとしたら
つまり、まぶたは窓拭き?

(p.31)
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There are fascists

There are fascists
pretending
to be humanitarian

like cannibals
on a health kick
eating only
vegetarians.

ファシストたち

世の中には
人道主義者のふりをした
ファシストどもがいる

ちょうど
健康上の理由から
菜食主義者しか食べない
人喰い人種のようなもの

(p.32)
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Five Ways to Help You Pass Safely through a Dark Wood Late at Night

1. Whistle a tune your father whistled when you were a child
2. Cross the first two fingers of your left hand
3. If you lose sight of the moon hold it in the mind's eye
4. Imagine the colours that surround you waiting for the first kiss of morning
5. Keep a Kalashnikov in the glove compartment.

真っ暗な森を深夜に通るための五つのコツ

1. 子どものころに父親が吹いていた曲を口笛で吹くこと
2. 左手の指で十字架をつくって幸運を祈ること
3. 月が見えないときはこころの目で見ること
4. 朝の最初のキスの彩りを思い描くこと
5. 助手席前の小物入れにカラシニコフを潜ませておくこと。

(p.46)
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Another Mid-Life Crisis

3 a.m. Feeling like death
and wanting to end it all
I reach for the paracetamol.
Will there be enough?

One by one I count them out. 72?
Need more to be on the safe side.
Rummaging around I add another 30.
That should do it.

Take the first two with a glass of water.
Feel better. Go back to bed. Fall asleep.

中年の危機

午前三時、死にたい気分
もうなにもかもやめにしたい
睡眠薬に手を伸ばす。
十分な量あるだろうか?

ひとつずつ、数を数える。72?
もうすこしあったほうが確実だ。
あたりをひっかき回して、30錠加える。
うん、これだけあれば十分だろう。

最初の2錠を水とともに服用する。
気分が良くなる。ベッドに入る。眠る。

(p.51)
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Light Sleeper

My wife is such a light sleeper
that when I come home late
after a night out with the boys
I always remove my shoes
and leave them at the bottom
of the street.

Imagine my surprise, when
on retrieving them this morning
I discovered that they had been
polished.

What a nice neighbourhood I live in.
What a great country this is.

浅い眠り

妻はとっても眠りが浅いので、
わたしは帰りが遅くなるとき
男どもとほっつき歩いた夜など
通りの端あたりで
もう靴を脱いで
置いていくようにしている

わたしの驚きを想像してみてほしい、今朝、
その靴を取りに通りを下っていったら
なんとその靴が
磨きあげられていた。

なんて優しいご近所さんたちだろう。
なんてすばらしい国に住んでいることだろう。

(p.71)
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 また、巻末には「The Proverbials(ことわざ風)」と題された1行程度の箴言めいた詩がたくさん並べられており、わずか数ページなのだがそれがとても楽しかった(pp.83-86)。

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A suitcase becomes heavy only when lifted
スーツケースは持ち上げたときにだけ重くなる
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Had the shield been invented first, would the sword have been thought of?
盾のほうが先に発明されていたとしたら、剣を思いつくひとなんていただろうか?
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Table mats are for wiping your feet before dancing on tables
テーブルマットはテーブルのうえで踊る前に足を拭くためのもの
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Lost in the desert, the interior designer quickly went insane
砂漠で遭難したら、インテリア・デザイナーがまず正気を失う
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He is so shy he even stammers when he's thinking
彼は考えごとのときにもどもるほどの、恥ずかしがり屋さん
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When one glove is missing, both are lost
手袋を片方なくすのは、両方なくしたようなものだ
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What fun times chameleons have on zebra crossings
横断歩道では、カメレオンはどんなに楽しいだろう
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 これほどの満足を得られるとは正直予想していなかったので、大変嬉しい誤算であった。Roger McGough、驚きの気安さだったので、もっとたくさん読んでみたいと思っている。いつでも気軽に手を出せるのも、大きな魅力だ。

It Never Rains

It Never Rains