Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

書物雑感

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 今日、神保町古本まつりに行った。昨年はフランスに住んでいたために行けず、親しい友人たちから親しさを呪いたくなるような自慢を受けていたので、ようやく仕返しをすることができるというものだ。そのなかでも自慢に価するのは、この一冊だと思った。


ポール・ヴァレリー生田耕作訳)『書物雑感』奢覇都館、1990年。


 だからなんだよ、と言われるかもしれないが、自分が購入したのは生田耕作の署名入り本である。いいだろ、いいだろ。まあ、生田耕作の署名本はかなりの数が出回っているし、正直なところ、署名本それ自体にはほとんど興味がないのだが。

 タイトルからも察せられるとおり、この本は書物に関する雑多な所感を記したものである。そのくせ、なんとぜんぶで50ページを切っている。話題が豊富な分、どれも広く浅く語られている程度で、読後感は正直かなり物足りない。

 四つの章に分かれていたので、以下に章題を記す。

「書物」
「理想の書物」
「著名作家の蔵書」
「自筆原稿」

 こればっかりは、どうにも評価のしようがない。サッカーで例えるなら、試合終了の直前に時間稼ぎで投入された交代選手に、評価を付けようとしているようなものだ。とりわけ気に入ったのは、「理想の書物」と題された章だった。

「印刷に携わる人間が自分の仕事の複雑さを自覚しだすやいなや、即座に彼は芸術家を目指すことが己れに課せられた務めであることに気がつく、何故なら芸術家の任務とは選び出すことであり、そして選択は数々の可能性に支配されるからだ。常にその目指すところへ到達できるとは限らないにせよ、何事にまれ未確定な方向へむかうものに芸術家は惹きつけられるものである」(「理想の書物」より、18~19ページ)

 ここでは印刷技術の芸術性というものが語られている。印刷技術黎明期の揺籃本(インキュナビュラ)などが思い出されるが、字体の変わり映えなど気にするべくもない最近の印刷物ばかり読んでいる自分としては、あまり実感を持てない話題ではある。

「美しい書物とはなによりも先ず読むための完璧な道具であり、その特質はむしろ生理光学の法則と方式によって正確に規定することができる。同時にまたこれは一個の芸術作品、人格を備え、特定の思考の烙印をしるされた、囚われない巧みな配合の高貴な意図を偲ばせる品物でもある。印刷術は即興を排除するということをここでしっかり肝に銘じておきたい。これこそは人目に触れない努力の結実、草稿や素描は破り捨てて、存在と非=存在との中間段階はなにひとつ認めない、出来上った仕事だけを永久に留める芸術の主題である」(「理想の書物」より、24ページ)

 とはいえ、段組の緩さ、字の大きさなどは、一冊の本を購入するうえでもかなり重要な要素だ。昔の岩波文庫のように字の小さな版は、なかなか読もうという気を起こさせてくれない。この本のように字も大きく、しかも一冊が非常に薄いような本のほうが、気安く手に取れるというものだ。とはいえヴァレリーは、美しく装幀・印刷された書物が、作家に恐怖心すら与えると記している。これは、おもしろい。

「あたかも印刷機が差し延べる鏡に映し出されでもしたかのようなかたちでそこに著者の精神が覗かれる。紙とインクが調和し、活字が鮮明で、構成に気が配られ、行揃いも完璧で、そして刷り上りも見事であるときは、自分の言葉と文章が著者にとってまるで新しいもののように思えだす。いうなれば分不相応の晴れ着をまとった気恥ずかしさ。自分の声よりも澄みきった、力強い、一点の曇りもない声が、朗々と読み上げて、彼の言葉を一語ずつ危っかしいかたちで浮かび上らせるように感じられ。彼の記した弱々しい部分、女々しい部分、独りよがりの部分がひとつ残らず、あまりにもよく透りすぎる、あまりにも大きな声で喋り出し。贅沢なかたちで印刷されることは、たいそう有益な、たいそう恐ろしい審判に身をさらすことであるとも云えるだろう」(「理想の書物」より、25ページ)

 そのほか、著名作家に寄せられた献呈本を調べることで、その作家の交友範囲などをかなり具体的に知ることができるということ、それから、自筆原稿を詳細に分析する「筆相学(グラフォロジー)」によって、作家が「言わんと欲したことのみならず、つい漏らしてしまったことまでも読み取れる」という成果があげられることを紹介している(「自筆原稿」より、37ページ)。

 どの点に関してでも、「紹介している」という言葉が、この本を評するにはもっとも適しているだろう。踏み込んだ分析などは、他の著作にあたらなければはじまらない。稀覯本となってはいるものの、あまりにも高い金額を出してまで、買う必要はないと思った。