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Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

詩の本

友人に自慢されて欲しくなった谷川俊太郎の新刊。彼はこの本の刊行記念朗読会に参加し、谷川さんご本人に色々と質問をする機会を得たという。羨ましい。僕なら何を聞くだろうか。

詩の本

詩の本

 

谷川俊太郎『詩の本』集英社、2009年。


収められた詩のほとんどが、新聞や雑誌に一度掲載されたものである。巻末の初出一覧を見るまで気がつかなかったのだが、最近のものばかり集めているわけではない。今年のものもあれば1978年という一昔前の作品もあって、ひょっとすると拾遺集のような意味が込められているのかもしれない。装幀の非常に美しい、本棚にあったら嬉しい一冊だ。

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そらおそろしい


青空が壁みたいに見えたことがあったな
それから急にどこまでも際限なく
透き通ってるのだと思い直してみたり

家と家の間のせまいすき間に或る風の日
思いがけず色あせた青空を見た
ちょっとどきんとしたのだが

撮影所のホリゾントだったんだなあ
軽そうな雲までとても上手に描けていて
女優さんのサインは貰いそこねて

空ってどのあたりから空なのかね
山の上あたりから ヘリコプタアのあたりから
それとも僕の指先からもう空だろうか

日本語の空にはうそという意味がある
根拠がない かいがないという意味もある
そらおそろしくそらぞらしいぼくらの空!

(6~7ページ)
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久しぶりに詩集を読んだ。素敵な喫茶店で時間を忘れて詩集を読む、ということの素晴らしさを思い出し、無性に嬉しくなる。

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一行


詩の一行は頼りなげです
他の行と別れてぽつんと紙上に立っています
もうぼくは詩じゃない と思うと
どこかへ姿をくらましたくなるのです
でもどこへ行けばいいのだろう
詩人の心臓に逃げこもうか
それともやっぱり脳髄のどこかへ?

「詩」はみんなにかまってもらえるのですが
一行は誰もかまってくれません
でも一行がいなくなると
「詩」だってきっと困ってしまう
だからぼくはいてもいいんだ
でもこんなこと言っているぼくは
もう詩でもなんでもなくなっている

詩の一行はいつのまにか
新聞の三面記事に紛れています
現実のラッシュアワーに揉まれながら
誰にも気づかれずに
一行は詩であることをきっぱり諦め
只のコトバに戻ろうとして
糸の切れた風船のように昇天します


(28~29ページ)
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谷川俊太郎の言葉づかいは独特だ。難しい言葉なんて一つも使わずに、簡単な言葉だけで難しい問題に向き合う。普段本を読まない人でも、谷川俊太郎の詩だけは好き、という人がいるのも頷ける。

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若さゆえ


差し伸べられた細い手
助けようとしてきみは助けられる
その手に
求めてやまぬひたむきな心
教えようとしてきみは学ぶ
その心に

凍りついた山々の頂を照らす朝日
重なり合う砂丘の柔らかい肩に昇る朝日
市場のざわめきをつらぬく朝日
それらは同じひとつの太陽
だからきみはふるさとにいる
そこでも

底なしの深い目がきみを見つめる
その目にきみは読むだろう
太古からのもつれあう土地の物語
きみは何度も問いつめる
きみ自身を
地球のために

そして夜 人々とともにきみは踊る
きみは歌う
今日を生きる歓びを
若さがきみの力
きみの希望
そして私たちみんなの

若さゆえありあまるきみだから
目に見えるものを与えることは出来る
だが目に見えぬものは
ただ受け取るだけ
それが何よりも大切なみやげ
きみの明日


(51~53ページ)
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「道を歩いていると」と題された連作が面白い。近現代詩の名作の谷川俊太郎による変奏である。七つの詩が並んでいるのだが、萩原朔太郎宮澤賢治しかわからなかった。悔しいからしばらくしてからまた読み返したい。

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冬の銅像


木立の中の捨てられた椅子に
帰る家のない老人が座っている
立ち上がる元気はもうない
世間も身内も冷たかったが
怒りも恨みも消え失せている
夕日がゆっくり沈んでゆく

生まれたのが何年前だったかも
いつかさだかでなくなった
子どものころから日々を律儀に暮らしてきた
通学し通勤し結婚し貯金し投票し登録し
だがいったい何のために 誰のために?
職を追われた日から彼は哲学者になった

このままここに座っていたいと老人は思う
何もせずにぼんやり考えていたい
はじめは暖かく柔らかく
やがて冷たく硬くなった妻のこと
戦争が終わった日の太陽と星のこと
この世のこと あの世のこと

雪が降り出した
老人は身動きひとつしない
雪は夜じゅうしんしんと優しく
毛布のように彼を包みこみ……
真っ白い銅像と化した老人は
朝日に燦然ときらめいた


(54~55ページ)
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詩人は言葉の力を知っている。言葉をどう並べたら一番綺麗に響くか、言葉をどう用いたら一番強く聞こえるか、詩人であるということは、それを追求するということなのだろう。

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十と百に寄せて


ゼロがついただけで
何故十は一より大きくなれるのだろう
ゼロが増えただけで
何故百は十より立派に見えるのだろう

ヒトの年はゼロから始まって
十を過ぎることができたとしても
百を過ぎることはなかなか難しい
それなのにヒトはアタマで億や兆を考える

欲に駆られた金の話に限らない
宇宙を語れば小学生でも何百億と平気で言う
ゼロがつけばつくほど数はどこまでも増長して
アタマを風船みたいに膨らませる

自分のカラダはどこまでいっても一なのに
宇宙もほんらい一なのに
数を覚えたおかげでヒトは大事な一を忘れる
ゼロを畏れることを忘れる

無限とはゼロが増え続けることではないと
誰もが心の底では知っているのに
足すのではなくゼロを掛ければ
どうなるかだって分かっているのに


(60~61ページ)
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お別れ会で朗読されたいくつかの弔辞も載せられていて、とてもじゃないが電車の中では読めない。谷川さんに弔辞を読まれる人は幸せだ。柩の中で聞いても鼓動が高鳴ってしまうだろう。

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見舞い


入り江に向かうなだらかな坂道を下り
ホテルと見まがう新しい病院の一室で
もうすぐ死ぬかもしれないひとと
穏やかなひとときを過ごした

(問いかけたいことはもうなくなっていた
答が分かったからではなく
答が分からないことが答だと知ったから)

窓際のコップの中のハマナスの花
枕もとに散らばる子どもたちの写真
からだにつながれた機械の微かな吐息
硝子窓を透かして見える世界の切れはし
曼荼羅を描くのに足りないものはない

「……あのとき……あなたと……私は……」
切れ切れに言いかけてあとが続かない
だが青白い仮面のような表情の下に
見えない微笑みの波紋がひろがり
ベッドの上の病み衰えたひとは
健やかな魂のありったけで私を抱きしめた


(92~93ページ)
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この本のための書き下ろしは以下の「詩の本」だけ。本、というものの持つ美しさを存分に詠い上げた詩である。

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詩の本


一冊の本を草の上に置く
上はまばゆい青空
下は湿った大地
本の中には言葉があって
書いた私がいる
読むあなたもいる

一冊の本を掌の上で開く
文字たちの薄闇に
詩が紛れこんでいる
余白にもひそんでいる
気づかないうちに
あなたは詩と愛し合う

一冊の本が枕元にある
栞がはさんである
本は見えない文字で
聞こえない声で
あなたをいざなう
夢のかなたの未知の朝へと


(114~115ページ)
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休みの日が来る度に詩集を買って喫茶店に行きたい。毎日そうやって暮らせたら、どんなに素敵だろう。

詩の本

詩の本