詩人からの伝言
今月刊行されたメディアファクトリー文庫の一冊。まさか自分がMF文庫を買う日が来るとは、思っていなかった。
田村隆一(長薗安浩:文)『詩人からの伝言』メディアファクトリー文庫、2009年。
田村隆一は戦後を代表する詩人だ。谷川俊太郎、吉増剛造、そして田村隆一の三人が、戦後の詩を代表しているらしい。
彼の有名な詩の一つに「帰途」というものがある。今だと講談社文芸文庫の『腐敗性物質』に収録されている詩だ。僕は友人にこの詩を教えてもらって、たちまち田村隆一が好きになってしまった。この『詩人からの伝言』でも、「帰途」が一番最初に紹介されている。
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帰途
言葉なんかおぼえるんじゃなかった
言葉のない世界
意味が意味にならない世界に生きてたら
どんなによかったか
あなたが美しい言葉に復讐されても
そいつは ぼくとは無関係だ
きみが静かな意味に血を流したところで
そいつも無関係だ
あなたのやさしい眼のなかにある涙
きみの沈黙の舌からおちてくる痛苦
ぼくたちの世界にもし言葉がなかったら
ぼくはただそれを眺めて立ち去るだろう
あなたの涙に 果実の核ほどの意味があるか
きみの一滴の血に この世界の夕暮れの
ふるえるような夕焼けのひびきがあるか
言葉なんかおぼえるんじゃなかった
日本語とほんのすこしの外国語をおぼえたおかげで
ぼくはあなたの涙のなかに立ちどまる
ぼくはきみの血のなかにたったひとりで帰ってくる
(4~5ページ)
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『詩人からの伝言』はこの詩に惚れ込んだ一人の作家、長薗安浩が、『ダ・ヴィンチ』の記事のために田村に語ってもらったメッセージ集だ。だから奥付は「田村隆一:語り、長薗安浩:文」となっている。鎌倉の自宅で詩人が、酒を片手に語ったことをまとめたものだ。テーマは多岐にわたるが、親密な口調は一貫している。
「解説じゃ、教養は身につかないんだ。自分で身に染みるってことがないから、自分のものにならない。解説読んで家を建てることはできない。「詩のつくり方」を読んで詩はつくれない。大工は大工をやることで大工になり、詩人は詩を書くことで詩人となっていくのさ。体に染み込まなけりゃ、自分のものにはならない。解説だけじゃ一過性で終わっちゃうんだ」(36~37ページ)
話と話の間にいくつか詩が挟まれていて嬉しい。もっと聞いていたいと思わせる話が、「なっ。」という一語で綺麗に締め括られる。口調が軽くて明るいから、言葉がストレートに伝わってくる。でも語られているのは本質的なことばかりで、それを簡単に説明してしまう言葉の力に驚かされる。
「夜も明るくなっちゃって。昼夜間違って虫が街を飛ぶ時代さ。夜の想像力もすっかり弱くなったよな。芸術の衰退の一因は、明るすぎる夜にあるのかもしれない。ある意味じゃ、エジソンが人間の世界を小さくしたわけさ。電燈が灯った街にはおばけは住めなくなった。想像世界はどんどん消えていった。そして、今は核とコンピュータだな。情報による操作で人間が右往左往しているわけさ。情報というおばけに管理されてな」(50ページ)
「いろんなレトリックで詩が生まれるんじゃない。詩人の感情の歴史を抜けて飛び出してくるものが、詩なんだ」(122ページ)
詩集が読みたくなる、詩が近づいてくる本。読みやすくって本が沢山読みたくなって、本当に素晴らしい。万人に薦められるのが良い。装幀も、そんな効果を狙った流行のものだ。個人的には嫌悪しているタイプの装幀だが、内容が良いから許す。
<読みたくなった本>
アン・ライス『夜明けのヴァンパイア』
→田村隆一の翻訳書。トム・クルーズ主演で映画化される、と語った後、「頼むよ、原作も読んでおくれよ」と言っているのが楽しい。
内田百閒の作品
→田村隆一が敬愛する作家。「借金」の話で紹介されていた。
「ぼくが敬愛してやまない内田百閒先生の説によれば――。
金持ちからは決して借金をするな。相手を喜ばせるだけだ。これほどつまらんことはない。金は貧乏人から借りるべし。爪に火をともすようにして貯めた金をこそ、借りろっていうんだ。そうすれば、いやがうえにもその相手との「真の交歓」が生まれる(笑)。友情などの比ではないんだよ。さらに、百閒先生はこう続ける。できるならば、その貧乏人が借金した金を借りてみろ! その時、君は「人生の怪人」と呼ばれるであろう(大笑)。どうだい、痛快だろう」(74ページ)
ちなみにこの後、田村が金を借りた人々の名前がどんどん挙がっていく。金子光晴、江戸川乱歩、有吉佐和子などなど。
ハックスリー『すばらしい新世界』
→「機械と薬品と幸福」の世界の話。「個室」の話で紹介されている。
- 作者: ハックスリー,Aldous Huxley,松村達雄
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川端康成『山の音』
→鎌倉の文人として登場。
長薗安浩『あたらしい図鑑』
→解説より。田村隆一をモデルにした人物「村田」が出てくる小説。