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Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

風味絶佳

配架-日本文学 評価-★★★★☆(大満足)

先日『蝶々の纏足・風葬の教室』を読み返してから、何だか自分の中で評価が急上昇した山田詠美の短編集。

風味絶佳

風味絶佳

 

山田詠美『風味絶佳』文藝春秋、2005年。


久しぶりに読む山田詠美は格別だった。まさに絶佳。学生時代に山田詠美の作品をあらかた読んで、女心を理解したつもりになっていた頃が懐かしい。今回、こんなに新鮮に彼女の短編集を読めてしまったことで、学生時代に感じた手応えのようなものが幻想であったことに気付かされた。つまり、女心なんて何一つ理解できていなかったのだ。ドンマイ、俺。

以下、収録作品。
★☆☆「間食」
★★☆「夕餉」
★★☆「風味絶佳」
★★☆「海の庭」
☆☆☆「アトリエ」
☆☆☆「春眠」

鳶職、ゴミ収集業、ガソリンスタンド、引越し屋、下水清掃業、火葬屋など、短編ごとに個性的な職業が沢山出てきて大変楽しい。山田詠美の偉いところは、それを単なる設定に終わらせることなく、物語全体にそれぞれの職業の影を落とさせていることだ。語り口が軽妙な分、見落としてしまう。それほど自然に、山田詠美は様々な職業に憑依している。

主題は勿論、恋愛である。「恋愛小説」と呼ばれるものを軽んずるのは、いい加減やめた方が良い。捉えようによっては、ツルゲーネフだって恋愛小説だ。そういえば「春眠」は彼の『初恋』に似た設定である。山田詠美は捉えようによっては、恋愛を主題に置いた文学を書いている。二つを分ける明確な区別など、初めから無いのではないか。

「とんかつ屋の前を通り過ぎる時、その看板に豚の絵があれば、隣にいる彼女に言う。親近感持たねえ? とかなんとか。彼女は頬を膨らませて不貞腐れる振りをする。彼は、待ってましたとばかりに、その頬を手ではさんでつぶす。そして、そのまま口づける。決して怒っていたのではないことが、背中に当てられた彼女の手で、それがTシャツをつかむのを感じることで。解ってしまう」(「間食」より、9ページ)

軽く読もうと思えばいくらでも軽くなる。特に会話文が絶妙。女たちの言葉が生々しく入り込んでくる。村上春樹が絶対書かないような女らしさに溢れた女たち。じゃあ男の気持ちは書けていないのかというと、これがまた凄まじく言い当ててくる。

「自分が、とてつもなく不様に思えて来た。いきなり寝るのは、あんなにも簡単なのに、キスから始めるのは難しい」(「風味絶佳」より、109~110ページ)

「正直な人は憎めないって言う人間に正直もんはいないって、そんなこと、初めて知った」(「間食」より、38ページ)

作品ごとに人称がコロコロ変わって飽きさせない。語っているテーマは同じなのに、主体が変わると風景もがらりと変わる。先述した職業がそのスパイスとなる。

「なんだって落花生の殻って、こんな変な形してるんだろうなあ、と彼が呟く。おいしくて変な形をしているものは、世の中に山程ある。綺麗でまずいものだって沢山ある。紘のあそこは変な形だ、と私は言う。美々ちゃんのあそこだって変な形だ、と彼も言う。そして、続けた。美々ちゃんは、心も変な形だ。私は、他に変な形のものを捜し出そうとした。色々なものが頭に浮かぶ。でも、私たちの間柄ほどじゃない」(「夕餉」より、69ページ)

一つ一つの完成度が高い、と思う。一編読み終える度に、深く息を吐かないと次に進めない。それでいて軽妙。何だか詐欺にあっている気分だ。

「憐れみに肉体が加わると恋になる。そこには、かけがえのないもの哀しさが生まれ出づる。私の場合はそうだ」(「夕餉」より、55ページ)

「人を情けないと思うのと、いとおしいと思うことってなんて似ているんだろう」(「海の庭」より、151~152ページ)

もうすぐ新刊が出るので、少しだけ楽しみにしている。こっそり読んで、また驚かされたい。

風味絶佳

風味絶佳

 

 追記(2014年10月5日):もちろん文庫化されています。

風味絶佳 (文春文庫)

風味絶佳 (文春文庫)