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Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

愛書家鑑

最高の休日の過ごし方とは、古本屋をぶらぶらしながら選んだ本を、喫茶店に入ってすぐに読むことである。しかもそれが薄い本で、その勢いのまま読み終えることができたらもう何も言うことはない。

書痴談義

書痴談義

 

オクターヴ・ユザンヌ(生田耕作訳)『西洋美談 愛書家鑑』奢霸都館、1991年*。
追記(2014年10月18日):奢霸都館版が見つからなかったため、書肆情報・リンクはこの話が収録された白水社『書痴談義』1983年。表紙だけは奢霸都館版のものを貼っている。


奢霸都館が刊行している愛書家のための本である。50ページに満たないほどの非常に短い小説だが、装幀に関して言えばそこは奢霸都館、シンプルながらも大変美しい造本である。神保町の小宮山書店で買ったので透明のビニールもかけられていて、棚に飾りたくなるほどの美しさだ。

ストーリーは単純明解である。中心にいるのは、二人の愛書狂だ。

「なんと! この両者の間にかかる怨恨が生じた原因はといえば、それは二人が箔押し犢革装や古いモロッコ革装の美麗本にたいして同じように情熱を燃やし、同じ稀少本、同じ掘出し物に憧れを寄せていたがため、揺籃期本や初版本、それもフランソワ一世や、マザランや、ポンパドゥール夫人の紋章が革表紙に印された天下唯一本を奪い合っていたからである」(6ページ)

この二人の内片方、愛書家シジスモンがとうとう亡くなった。それを聞いたもう片方、良きライバルであったギュマールは、シジスモンが残した類稀な蔵書を手に入れるために彼の遺族へと代理人を送る。ところが。

「「つまり」依頼主が憤怒をぶちまけ終ると、代理人は重ねて、「シジスモン氏はあらゆる場合を見越しておられます。蔵書の散逸を防止するための策が十重二十重に構じられ。いままでどおりお屋敷の書棚に安置して、一冊たりとも持ち出せない仕組みになっております。あの方のご遺志どおり。でもまあ、そう悲観したものでもありません。」
 「これが悲観せずにおれるものか!」
 「それがそうでもないんで、とにかくお聞き下さい! 遺言状には但し書きがありまして、そのなかで、毎年あの方の誕生日に何人かの愛書家仲間に――という言葉を使っておられますが――故人の書斎で半日過ごし、蔵書を取り出し、頁をめくる権利を授けるという項目が書き込まれているのです。ただし入退室の際に身体検査を受けることを条件に――そして、あなたのお名前もその選ばれた人たちの中にありました。しかも筆頭に!」
 「畜生め! 奴はわしを自殺か犯罪に追い込みたいのだ!」」(8~9ページ)

しかしシジスモンの遺産相続人が女性と知ると、ギュマールはすぐさま結婚の準備にかかる。この女性、ギュマールよりも一回り年上であるこの女性がまた恐ろしいのだ。本を買う為に金を節約するという理由でシジスモンから結婚を拒否された彼女は、彼の蔵書をこの上なく憎んでいたのである。しかし綿密な遺言は相続人の彼女にすら、書棚に触れることを許さない。そして彼女が思い付いたのが、以下の方法である。

「「黴がよく育つように、屋根裏部屋を庭のつくりに変えたの。そこでいろんな植物を鉢植えにして育ててるのよ、特に湿気を好む植物を選んで、毎日たっぷり水をやり。」
 「どうかお情けを! あれらの本に罪はありません。シジスモンはひどい奴だったかも知れません、でもわたしがその埋合わせをしますから、本は助けてやって下さい!」」(27ページ)

自らの嘆願にも彼女が聞く耳を持たないのを見ると、ギュマールは湿気退治のために書斎と隣り合う家屋を買い、夏にも関わらず暖炉という暖炉に、「昼夜ぶっ通しで地獄の業火を燃やし続け」るのである。

このようにして、書物の敵と愛書家の壮絶な闘いが繰り広げられるのである。ネズミが放たれれば猫の一群を引き連れて大量虐殺を命じ、屋根瓦が剥がされれば職人を呼んでセメント塗りにしてしまう。素晴らしい愛書狂、愛すべき書痴である。

馬鹿だなあ、と思いながらほくそ笑む度に、自分が似たようなことをしていることに気付き複雑な気持ちになる。他者の目にはこんな風に映るのか、と思うと恐ろしい。

でも、やめられないんですよね、愛書狂。

書痴談義

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