Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

黒い美術館

かつて白水社から刊行されていた、「マンディアルグ短編集」シリーズの三冊目。だが、原書の刊行年を見ると、これはマンディアルグの第一の短編集である。

アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグ生田耕作訳)『黒い美術館』白水社、1985年。


吉祥寺の「よみた屋」で、シリーズ三冊揃いで3000円で購入したもの。その後、他の二冊『燠火』『狼の太陽』と共に白水uブックスのシリーズとなったが、現在では出版社に在庫も無く、古書店でしか入手できなくなっている。

以下、収録作品。
「サビーヌ」
「満潮」
「仔羊の血」
「ポムレー路地」
「ビアズレーの墓」

正直、マンディアルグがここまで精読を要求する作家だとは思っていなかった。生田耕作が『黒い文学館』の中で「魔術的写実主義」と称しているように、マンディアルグは心理描写を一切描かない。ひたすらに視覚に訴えかけてくる短編は、まさしく美術館に迷い込んだような感覚を引き起こすのだ。

「サビーヌ」と「仔羊の血」は少女陵辱というテーマを描いたもので、ストーリーの展開は風景の変化に集約される。「サビーヌ」は一度読んだだけでは、さっぱりわからないだろう。外見だけでは全く捉えにくい感覚を、あえて視覚的に訴える。とんでもない技巧だ。

「ポムレー路地」と「ビアズレーの墓」では幾何学的な世界が構築されていく。またしても『黒い文学館』からの文章に依るが、生田耕作は「マンディアルグの作品は、<読む>よりも、むしろ<見る>性格のもの、文字で書かれた「絵画」、もしくは「戯曲」として受け取るのが正しいように思われる」と書いている(『黒い文学館』中公文庫、154ページ)。この夥しい視覚描写を一度で理解しようとする方が、どうかしているのだ。

「ポムレー路地」に関して、僕は奢覇都館版の一冊を持っている。先日『卑怯者の天国』の感想を揚げた後に購入したものだ。これには実際のポムレー路地の写真が何葉も添えられており、そのモノクロームに映し出されたナントの路地は、マンディアルグの描いた風景をより立体的に表してくれる。特に彫像廻廊には驚かされる。白水社版の本書の画像が無いため、今回は奢覇都館版『ポムレー路地』の画像を揚げることにした(追記(2014年9月25日):いまや書影があったため、奢覇都館版『ポムレー路地』の画像はもう掲載していない)。

「まるで一種の酩酊から、それとも長びいた失神状態から抜け出しでもしたみたいに、私は徐々に意識を取り戻し、そして自分は狩人なのか、それとも獲物なのかもわからぬこの追跡が私をそこへ迷い込ませた、だだっ広い上空の部屋の中で、自分のまわりをつくづくと見回すのだった」(「ポムレー路地」より、153ページ)

マンディアルグの短編を読んでいると、ミルハウザーのような幻想的な風景を想像してしまう。特に『イン・ザ・ペニー・アーケード』に収められていた表題作や「東方の国」に描かれたような、やはり写実的な、自分の頭をキャンバスにされているような感覚だ。ミルハウザーが好きな人は、きっとマンディアルグも好きだろう。ただ、一筋縄ではいかない精読を要求されるが。

そして「満潮」である。これは元々原書の『黒い美術館』には入っていなかったものを、生田耕作がこの短編集に押し込んだものである。その判断に、最早平伏するしかない。マンディアルグが「エロティシズムの大家」と呼ばれる所以が、凝縮されているような短編だ。おそらくこの短編集の中でも最も短い小編であるにも関わらず、これは長編小説のような読後感を与えてくれる。

「きみはぼくを口の中に迎えるのだ。潮が高まるあいだじゅう、わかっただろう、半時間以上ぼくはそこに留まっているつもりだ。そしてそのあいだ、きみがうかつに口をきいて、ぼくを外に放り出したりしないように、潮の仕組みをきみに講釈してあげよう。ぼくがきみに教えてきかす事柄に、さらにまたぼくの中で欲望が高まるみたいに現在ぼくたちのまわりで高まりつつある海の様子に、きみはすべてぬかりなく注意を払うのだ」(「満潮」より、43~44ページ)

心理描写がまるで無いのに、ここまで緊張感を漂わせる技巧に、ただ驚くしかない。エロティシズム文学の持つ魅力を再確認した。


 〈読みたくなった本〉
ルイ・アラゴン『イレーヌ』

イレーヌ (白水Uブックス)

イレーヌ (白水Uブックス)

 

マンディアルグ『オートバイ』

オートバイ (白水Uブックス (54))

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ベルナール『聖餐城』

聖餐城 (生田耕作コレクション)

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クロソウスキー『ロベルトは今夜』

ロベルトは今夜 (河出文庫)

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ミルハウザーエドウィン・マルハウス』

エドウィン・マルハウス―あるアメリカ作家の生と死

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