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Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

こころの眼

 バルトの『明るい部屋』をきっかけに、手を伸ばした一冊。写真家の友人が、どういうわけかわたしにプレゼントしてくれた本である。しかし、あまりにも昔のことなので、その理由がどうしても思い出せない。つまりそれだけの期間、わたしは進呈された本を棚で眠らせつづけていたのだった。ごめんよ、やっと読んだよ。

こころの眼―写真をめぐるエセー

こころの眼―写真をめぐるエセー

 

アンリ・カルティエ=ブレッソン(堀内花子訳)『こころの眼  写真をめぐるエセー』岩波書店、2007年。


 もっと早く読んでおけば良かったと、今さらながら思う。バルトは撮影者としての観点を持っていなかったので、これを読んだうえで手に取る『明るい部屋』は、またちがったものを見せてくれたことだろう。とはいえ、バルトが推測した撮影者たちの哲学は正しいものであった。それが、ここでは確認できる。

「「でっちあげられた」あるいは演出された写真は私の範疇ではない。万が一、私が意見を述べることがあるとすれば、それはまったくの心理学的ないし社会学的次元のものだ。事前に準備した写真を撮る者もいれば、イメージを探し歩いて捉える者もいるというだけのこと。私にとってカメラはスケッチブックだ。直感と自発性が操る道具。視覚的に問いかけると同時に決定する、時間の支配者だ。世界を「意味づけて」見せるためには、ファインダーを通して切りとる世界に、自分もまた関与していると肌で知ること。そのために必要なのは集中力、感覚と感情のバランス、そして幾何学のセンスだ。方法論がなんであれ、簡潔で純粋な表現は思いきり削ぎ落とさなければ手にできない。何よりもつねに被写体と自分自身を尊重して撮影することだ」(「こころの眼」より、23~24ページ)

「いうまでもないが、そこがたとえ暗がりであっても、フラッシュ撮影をしてはならない。それは自然光への敬意でもある。以上を守れない写真家は、耐えがたくぶしつけな人物に映るだろう。この仕事の鍵は、いかに人々との関わりを築けるかにかかっている。たった一言が相手を緊張させ、すべてを台無しにする。ひとたび不安をおぼえた被写体の本質は、もうレンズが届かないところにある。ここにもまたルールはない。眼につきやすいカメラと写真家本人ができる限り目立たないようにするだけだ。人々の反応は国によっても環境によっても異なる。東洋の国々では、せっかちで、ただ焦っているだけの写真家は笑い者にされる。そうなってしまっては取り返しがつかない。万が一、相手に先を越されてカメラに気づかれたら、そのときは潔く撮影を諦めることだ。そして足元の子どもたちを戯れるままにしておこう」(「決定的瞬間」より、33ページ)

 ロバート・キャパ『ちょっとピンぼけ』を読んだときにも思ったことだが(そういえばこの本も先述の友人に薦められたものだ)、写真家という人びとはどうしてこんなにも文章がうまいのだろう。書かれていることも、抜群に思慮に富んでいる。

「現実がくりひろげる世界はじつに豊潤だ。私たちはそれをありのままに切り取り、しかもその本質を簡潔に見せなければならない。けれど、はたして本当に見せるべきものを切り取れているのだろうか。カメラを構えながら、私たちはつねに自分の行動を冷静に判断する必要がある」(「決定的瞬間」より、31ページ)

「一人一人の眼を始点に永遠に向かってひろがりつづける空間、それは、私たちに何らかの印象を与えると、ただちに記憶となって閉ざされ、変容する。その一瞬を、あらゆる表現方法のなかで写真だけが固定できる。私たちの相手は消滅する。そして、消滅したものをよみがえらせることはできない。むろんそこに写されたものに手を入れることもない。何かできるとすれば、それは写真を厳選し、ルポルタージュとして見せることなのだ。文筆家には、言葉を選び、文章を原稿用紙に記すまで、たっぷりと構想に費やせる時間がある。いくつもの要素を関連させ綴ることができる。思考が鈍り、しばし頭を休ませることもあるだろう。だが、私たちにとって消滅したものは永久に消滅したままだ。写真家の苦悩と独創性はまさにそこから生まれる」(「決定的瞬間」より、32ページ)

「私たちの眼はかたときも休まず推測し、予測しなければならない。わずかな膝の屈伸でパースペクティヴを変え、一ミリに満たない首の動きでいくつもの直線をめぐりあわせ、一致させる。もちろんそれは反射神経のスピードで実現する。おかげで私たちは幸いにも「芸術する」ことに、こだわる間もない。構図はシャッターを押すとほぼ同時に構成される。ディテールをどう描くかは、被写体に向けたカメラの引き具合ひとつ。被写体を従わせることもあれば、逆にふりまわされることもある」(「決定的瞬間」より、38~39ページ)

 知性というものは、おそらく写真家であるための必要条件なのだろう。カルティエ=ブレッソンは、それをほとんど技量の一部として扱っているようにさえ思える。

「写真家は時計の針を見せるにすぎない。「私はそこにいた。これはそのとき私が、眼にしたままの命の営みだ」。どの瞬間の針を見せるかは、写真家の判断にゆだねられている」(「ヨーロッパ人」より、57ページ)

「写真における創造は瞬間の勝負だ。一瞬の投げ技、一瞬の反撃。それを眼にするや否や、カメラを構え、照準を合わせ、ただちに、ごまかしなく、それがかたちを変えてしまう前に捉えなくてはならない。絵画は描きあげるものだが、写真は手に入れるものだ」(「ヨーロッパ人」より、57ページ)

 絵画と写真は、バルトも繰り返し対比させていた。おもしろいことに、カルティエ=ブレッソンは晩年になって、デッサンに立ち返っていたそうだ。撮ることと描くことの差が、すさまじい実感を伴って語られているのは、きっとそのためなのだろう。

「写真とは私にとって、永続的な視覚の刺激の中に、ごく自然発生的に生じる瞬間と瞬間の永遠性を捉える衝動だ。
 いっぽう絵は、私たちの意識がある瞬間に捉えたものを、描くという過程で丹念に練りあげるように作品化する。
 写真は即時の動作だが、絵は思索なのだ」(「撮ることと描くこと」より、48ページ)

「写真の等級や格付けが、さまざまな造形芸術のなかでどうあるべきかといった議論に関心をもったことはない。なぜならそんなヒエラルキーの問題が本質的にまったくアカデミックなものにしか見えないからだ」(「議論」より、50ページ)

 バルトが語っていたこととの類似を、いちいち指摘するのも馬鹿馬鹿しい。あまりにも多くのことが重なりすぎているのだ。カルティエ=ブレッソンがなにげなく語っていることを、バルトが詳細に分析している。『明るい部屋』を読まずに『こころの眼』を読んでいたら、いったいどんな印象を得られたのだろうか。

「注文を受けて撮影するポートレイト専門の写真家になるのは危険に思える。というのも、ごく少数の注文主をのぞいて、誰もが自分をじっさいよりよく撮られたいと願っているからだ。そこには真実はかけらも残されていない。被写体はカメラの公平な客観性を警戒する。と同時に撮影者は人物の内面の動きを追求する。そのふたつの像が出会ってポートレイトは生まれる」(「決定的瞬間」より、37ページ)

「カメラはものごとの「なぜ」に答えるのに適した道具ではない。むしろその問いかけを喚起させるものだ。うまくするとカメラ特有の直感で、質問すると同時に答えを出してくれる。だからこそカメラを手に、そんな「偶然のシャッター・チャンス」を求めて、私はあえて当てずっぽうに歩きまわってきたのだろう」(「モスクワ」より、69ページ)

 それから、こんな一節もあった。

「表現するうえで、カメラのサイズも重要な役を担っている。各辺の長さが等しい正方形は、静的な印象を与えがちだ。正方形の絵画がほとんどないのはそのためだ。よい写真を多少なりともトリミングするのは、フレームの比率を必然的に壊すことになる。また構成力の弱い写真を暗室の引き伸ばし機の下であれこれ再構成して救い出せることもめったにない。写真家の眼に映ったヴィジョンの全容が損なわれるのだから。カメラ・アングルという言葉をしばしば耳にするが、アングル、すなわち角度とは、構図のための幾何学的アングルが唯一存在するのみである。有効なのはそれだけであって、腹這いになったり、きっかいな行動で何らかの効果を得ようとすることがアングルではない」(「決定的瞬間」より、39~40ページ)

 わたしにとってこの一節がとりわけ印象的だったのは、以前『pen』という雑誌でカルティエ=ブレッソンが特集されていたからだ(2007年7月1日号)。『こころの眼』を読みつつ、この雑誌を久しぶりに引っ張り出してきてパラパラとめくってみたら、驚くべきことが書かれていた。なんと、カルティエ=ブレッソンの代表作とされる「サン=ラザール駅裏」(1932年)は、「左側と下をトリミングした」ことで生まれた、というのだ。上の一節とは矛盾した、好ましい成功例だったということなのだろう。

「私はけっして旅上手ではないが、世界中をまわった。旅するときはゆっくりと、風土や国柄の変化を堪能したい。そしていざ到着したら、その国の生活に従えるくらいじっくりと住んでみたいといつも願う。私は、地球をすみずみまで走破することをめざすグローブ・トロッターにはなれそうもない」(「決定的瞬間」より、30ページ)

「むろん私は、世界的となった三つ揃いがふるう権勢や、製品の世界画一化について話したいのではない。私が話したいのは、人々とその歓びと悲しみ、闘いについてだ。
 彼らを解説する言葉は無数にある。ただし、「この本に登場する人物はすべてフィクションであり、実在の人物とのいかなる類似もすべて偶然」だと、私にはいいきれない」(「ヨーロッパ人」より、59ページ)

 それから、カルティエ=ブレッソン1920年代にシュルレアリスムに傾倒している。アンドレ・ブルトンとの交流のエピソードは、とてもおもしろい。

「まるでライオンのたてがみを思わせる長髪の頭を、高慢そうにもたげるブルトンに、女々しいところはなかった。ところが不思議なことにどこか女性的なのだ。大きな尻のせいだろうか、あらためてよく見てみなければなるまい。ダリが話していたのをおぼえている。「ブルトンと寝ている夢をみたよ」。するとブルトンはおごそかに答えた。「きみ、それはあまりお薦めできないと思う」」(「太陽王アンドレ・ブルトン」より、108ページ)

 さらには、映画監督のジャン・ルノワール。この監督の『ピクニック(Une partie de campagne)』という作品で、カルティエ=ブレッソンは助監督を務めていた。そして、なんとジョルジュ・バタイユ(!)といっしょに、出演までしているというのだ。

「いつ、どのタイミングでボール遊びを提案し、ボージョレの瓶を用意し、ピエール・レトランゲなどルノワールの友人たちを呼び出すのかを見計らうのも助監督の仕事だ。レンズの向こう側に立ったときの感覚がわかるようにと、助監督はエキストラにも駆り出された。ピエール・レトランゲ扮する神父が引率する神学生の散歩列に、ジョルジュ・バタイユと私がいるのはそのためだ。ぶらんこをこぐシルヴィア・バタイユのスカートの奥、ひらひらとはためく下着を目にしてぽかんと口をあけているのが私だ」(「ジャン・ルノワール」より、100~101ページ)

 バタイユ、なにやってんだよ! ちなみに女優のシルヴィア・バタイユは、その名から察せられるとおりバタイユの妻だった人物、1934年にバタイユと離婚し、1938年からはジャック・ラカンと生活を共にしていたという、おそるべき女である(ラカンとは1953年に結婚)。この女性、調べてみたらおもしろそうだ。すばらしい美人である(「Sylvia Bataille」と検索されたし)。

 カルティエ=ブレッソンに戻ろう。書き忘れていたが、この本にはジェラール・マセという人物の手になる、すてきな「序文」が付されている。

「たしかに印象派の画家たちは彼より早く、朝露のようにきらめく光の下、川のほとりや野原にイーゼルをもちだしていた。けれど彼らが描く世界は、永遠に終わらないかのような日曜日の光景に似ている。いっぽう写真でなら平日の世界を見せられる」(ジェラール・マセ「いちばん身軽な旅人」より、17ページ)

「カルティエ=ブレッソンは墨で書く。墨は水に溶けない。冗漫を許さないインクだ。そしてファックス。写真でライカが果した役を、ファックスは彼の文体のために果している。手軽で早い、すなわち瞬間を捉えさせてくれるものであれば、彼は機械を厭わない」(ジェラール・マセ「いちばん身軽な旅人」より、20ページ)

 とても薄い本ながら、散文詩のように読めて、おおいに楽しめた。遅まきながら、友人に感謝と拍手を。

こころの眼―写真をめぐるエセー

こころの眼―写真をめぐるエセー