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Riche Amateur

「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

サリー・マーラ全集

配架-フランス文学 評価-★★★★☆(大満足) テーマ-ウリポ 動物園-クソガキ

 1947年の『皆いつも女に甘すぎる』と1950年の『サリー・マーラの日記』をまとめあげた1962年版『サリー・マーラ全集』。そのときに付け加えられた「序文」と、「もっと内密なサリー」について。

サリー・マーラ全集 (レーモン・クノー・コレクション)

サリー・マーラ全集 (レーモン・クノー・コレクション)

 

レーモン・クノー(中島万紀子訳)『サリー・マーラ全集』水声社、2011年。


 さすがにもう書くことはほとんどない。でも、この「序文」に触れずにはいられないだろう。1962年の『全集』は、ついに「レーモン・クノー著」として刊行された。とうとうヴェールを脱いだかと思われたクノーは、サリーの名のもとにこんなことを書いたのだ。

「架空とされている作者にとって、自分の全集の序文を書けるという機会はそう頻繁に与えられるものではない、その作品が、実在と自称する作者の名のもとにあるように見える場合にはなおさらそうだ。だからこそわたしは、そういう可能性をわたしに与えてくれた出版社ガリマールに感謝しなければならない」(「序文」より、9ページ)

 なんというかもう、メタフィクションだのなんだのという議論がばかばかしくなってくるではないか。この一文を見ただけでも、クノー愛してる! と叫ばずにはいられない。おまけに、巻末に載せられたアフォリズム集、フロベールの『紋切り型辞典』を彷彿とさせる「寄せ集め」である「もっと内密なサリー」は、この「序文」のなかで、著者サリーによって徹底的に否定されているのだ。

「わたしの抗議の叫びもむなしく、なすすべはなかった。ガリマール社は、断固としてこの無作法な言葉を詰めこんだ作品を、わたしが書いた本物のふたつの著作にくっつけることに固執した。この出版社の関係者であるクノーという人物(これはもう一人のクノーと同じ人物だろうか?)は、わたしにこう書いてよこした。「心配ご無用、未発表ものっていうのは、まさに重版をねらうためのものなんですよ、うちのお客さんは未発表ものが大好きなもんで」、それからこれと似たり寄ったりの愚かな文句をいろいろと」(「序文」より、10ページ)

 クノーがガリマールの社員であったことを思い出そう。いや、忘れたままでも十分におもしろい。その問題のアフォリズム集が、ほんとうにひどい代物なのでまた笑える。


 自分のことを話させるのに最も成功した非-存在」
(「もっと内密なサリー」より、429ページ)

スノビスム
 毎日曜日にいつも汚いシャツを着ていること」
(「もっと内密なサリー」より、429ページ)

野望I
 だじゃれを拷問のレベルにまで高めること」
(「もっと内密なサリー」より、429ページ)

語の使用について
 カマンベールを好きでも、カマンベールにこう言いはしない。「愛してるよ」とは」
(「もっと内密なサリー」より、430ページ)

 翻訳者、大変だったろうなあ、と思う。おびただしい訳注で説明された「おかしみのツボ」が泣き笑いを誘うではないか。こんなに翻訳者を困らせるアフォリズム集もそうそうないだろう。とはいえ、すばらしくうまい翻訳もあって、思わず息を呑んだ。

樹の二つの種類
 建材(顕在)と、非-建材(顕在)」
(「もっと内密なサリー」より、427ページ)
「Deux sortes d'arbres:
 Les hêtres et les non-hêtres.」

 原文の「hêtres」は「ブナ」の意。発音は「存在」や「顕在」を表す「êtres」と同様だ。すっげえ! 天才的な離れ業である。感動した。

 ほかにも、

哲学史への貢献
 ヒュームがヒューモアを発明したのち、ヘーゲルがその概念をゲル化した」
(「もっと内密なサリー」より、432ページ)
「Contribution à l'histoire de la philosophie:
 Après que Hume eut inventé l'humour,
 Hegel dégela le concept.」

 ヒュームはともかく、ヘーゲルがした「dégeler」は「解凍」または「溶解」である。「ゲル化」という原文から離れた意訳が光っている。ウリポを訳すならこうでなくっちゃ! 感動した(二度目)。

ユーモア
 ユーモアとは、偉大な感情から、そのばかさかげんを取り除く試みである」
(「もっと内密なサリー」より、434ページ)

 翻訳のすばらしさがここでも際立っていた。この『サリー・マーラ全集』が一冊の本として刊行されたということは、やはり2011年最大の大事件だったと思う。翻訳者には何度感謝してもし足りないだろう。何度も読み返したい。これぞ傑作、これぞ奇跡。

サリー・マーラ全集 (レーモン・クノー・コレクション)

サリー・マーラ全集 (レーモン・クノー・コレクション)