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「文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である」 ――フェルナンド・ペソア         

お伽草紙

古典や民話を題材にして中期の太宰が著した、新しいお伽噺の数々。

お伽草紙 (新潮文庫)

お伽草紙 (新潮文庫)

 

太宰治お伽草紙新潮文庫、1972年。


題材は井原西鶴の短編や日本の昔話、中国の『聊斎志異』などから採られている。以下、収録作品。

「盲人独笑」
「清貧譚」
新釈諸国噺
  「貧の意地」
  「大力」
  「猿塚」
  「人魚の海」
  「破産」
  「裸川」
  「義理」
  「女賊」
  「赤い太鼓」
  「粋人」
  「遊興戒」
  「吉野山
「竹青」
お伽草紙
  「瘤取り」
  「浦島さん」
  「カチカチ山」
  「舌切雀」

太宰の手にかかると、もはや再話ではなくなる。トルストイの民話を思い出した。再話という名の下の、紛れもない創作だ。

「七月六日。
たなばたの、うたにとて、よむ。
ひととせに。こよいあうせの。あまのかわ。わたらばいまや。水まさるらん。
あわぬが、よい。」(「盲人独笑」より、21ページ)

「同十二日。気が、さゑん。あんらくじにて、もりかねの、うたざらゑあり。ひるは、さらさら汗が出る。よるわ、ぞろぞろ雨がふる。はだしで、もどった。やぶれがさ。」(「盲人独笑」より、21~22ページ)

「盲人独笑」は葛原勾当という音楽家の日記からの抜粋だという。ひたすら、ゆるい。

「同二十七日。となりわ、ごしゆうぎ。よる、おほゆきとなる。ことしわ、めづらしきつみを、たんと、つくりたなあ。」(「盲人独笑」より、26ページ)

日記の合間に挿し挟まれる和歌が、どれもこれも妙に良い。仮名文も何となく、ゆるさを助長しているように感じられ、堪らない。

「清貧譚」も「竹青」も、素晴らしく美しい話だ。余計なものが一切無い。前者は『聊斎志異』から題材を採ったもの、後者には「新曲聊斎志異」と副題が付けられている。

「あなたは、ご自分の故郷にだけ人生があると思い込んでいらっしゃるから、そんなに苦しくおなりになるのよ」(「竹青」より、208ページ)

新釈諸国噺」に収められているのは、全て井原西鶴の創作が元になっている。太宰は西鶴を「世界で一ばん偉い作家である。メリメ、モオパッサンの諸秀才も遠く及ばぬ」と激賞している。成程、読んでみると、ストーリーが非常に面白い。西鶴の紡ぐ縦糸に、太宰の心理描写たる横糸が合わさり、一篇一篇が芸術となっている。

「川に落ちた銭は、いたずらに朽ちるばかりであるが、人の手から手へと渡った金は、いつまでも生きて世にとどまりて人のまわり持ち」(「裸川」より、122ページ)

それぞれ寓話性も強く、何らかの教訓が引き出せるようになっている。個人的には「貧の意地」「猿塚」「裸川」「女賊」「赤い太鼓」「粋人」が面白かった。「吉野山」なんて、もう上手すぎる。つまり、全部良い。

お伽草紙」の四編はいずれも日本人に馴染み深い作品が題材だ。それ故に、その変貌ぶりには、ただ驚かされる。浦島太郎の亀を、こんなにも憎たらしく描けるのは太宰だけだ。

「人生には試みなんて、存在しないんだ。やってみるのは、やったのと同じだ。実にあなたたちは、往生際が悪い。引返す事が出来るものだと思っている」(「浦島さん」より、247ページ)

「野心があるから、孤独なんて事を気に病むので、他の世界の事なんかてんで問題にしてなかったら、百年千年ひとりでいたって楽なものです」(「浦島さん」より、263ページ)

タイトルが良い。「浦島さん」。「浦島さん」って。

「言葉というものは、生きている事の不安から、芽ばえて来たものじゃないですかね。腐った土から赤い毒きのこが生えて出るように、生命の不安が言葉を醗酵させているのじゃないのですか」(「浦島さん」より、267ページ)

「カチカチ山」に至っては、もう原型を留めていない。元々のストーリーを踏襲しつつ、ここまで別個の作品を作り上げる才覚には、ただ脱帽である。

ギリシャ神話を描いたオウィディウスから太宰に至るまで、再話は幾度となく試みられている。神話や民話の持つ、圧倒的なストーリーの面白さが、これを可能にしているのだろうが、原作を越えるものを作るには、書き手の力が不可欠だ。まして、別個の作品にするには、どれだけの力が求められるだろうか。太宰の力量は計り知れない。

お伽草紙 (新潮文庫)

お伽草紙 (新潮文庫)

 

 

〈読みたくなった本〉
蒲松齢『聊斎志異

聊斎志異〈上〉 (岩波文庫)

聊斎志異〈上〉 (岩波文庫)

 
聊斎志異〈下〉 (岩波文庫)

聊斎志異〈下〉 (岩波文庫)

 

オウィディウス『変身物語』

オウィディウス 変身物語〈上〉 (岩波文庫)

オウィディウス 変身物語〈上〉 (岩波文庫)

 
オウィディウス 変身物語〈下〉 (岩波文庫)

オウィディウス 変身物語〈下〉 (岩波文庫)

 

井原西鶴『諸国噺』